第1話 選ばれる資格がない
※本作は
「選ばれる資格がない世界」で、
それでも“選び続ける人がいる”物語です。
・ヒーローは最初から最後まで一途
・他の女性に揺れません
・引き裂かれ要素はありますが、未遂です
・ハッピーエンド保証
安心して、ゆっくりお読みください。
その知らせを聞いた瞬間、胸の奥がひどく静かになった。
泣くほどの衝撃も、声を失うほどの驚きもない。ただ、音がすべて遠のいたような感覚だけが残る。
「――次の月で、レオン様は婚姻登録の年齢に達します」
淡々と告げられたその言葉は、王都では祝福に等しいものだった。名門貴族の嫡男が、いよいよ正式な婚約者を迎える。社交界にとっては、次の季節の話題を一つ確保した、という程度の出来事だ。
けれど、私にとっては違う。
「そう、ですか……」
返事は、驚くほど普通だった。
自分でも驚くくらい、声が震えなかったから。
私は平民だ。
王都記録院で補助官として働く、ただの女。貴族の血も、後ろ盾もない。生まれつき、婚姻登録の候補にすら上がらない存在。
――選ばれる資格がない。
この国では、それは事実であり、常識だった。
婚姻登録とは、恋愛の延長ではない。未来を確定させるための制度だ。家格、血統、政治的価値、将来性。すべてを加味したうえで、国が認めた相手とだけ、結婚が許される。
そこに「想い」は含まれない。
だから私は、最初から分かっていたのだ。
彼の隣に、私の居場所はない。
「リナ?」
呼ばれて振り返ると、そこに彼がいた。
レオン・アルヴェイン。
名門公爵家の嫡男で、将来を嘱望される貴族。長身で、整った顔立ちをしていて、王都では知らぬ者のいない人物だ。
そして――私が、ずっと好きでい続けてしまった人。
「どうした? 顔色が悪い」
「いえ、大丈夫です。ただ……少し考え事を」
嘘ではなかった。
ただ、その考え事の中心に、あなたがいるだけで。
彼はいつもと変わらない。私に向ける視線も、声音も。まるで、先ほどの知らせなど存在しないかのように。
それが、余計につらかった。
「今日はもう上がれ。無理をするな」
「……ありがとうございます」
その優しさが、刃のように胸に刺さる。
どうして、こんなにも自然に接してくれるのだろう。
どうして、何も変わらない顔で、私を気遣うのだろう。
――あなたは、知らないのだろうか。
もうすぐ、自分が「選ぶ側」になることを。
そして私は、その選択肢に最初から存在しないことを。
記録院を出た帰り道、夕暮れの空はやけに赤かった。
歩きながら、私はようやく、自分の中で何かが終わった音を聞いた気がした。
期待してはいけない。
希望を持ってはいけない。
分かっていたはずなのに。
「……潮時、よね」
誰に聞かせるでもなく呟く。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
その夜、私の部屋の扉が叩かれた。
こんな時間に訪ねてくる相手など、一人しか思い浮かばない。
「レオン様……?」
扉を開けると、やはり彼が立っていた。外套も羽織らず、どこか急いで来たような様子で。
「聞いた」
それだけで、何の話か分かってしまう。
「婚姻登録の件だ」
胸が、ぎゅっと締め付けられた。
「……おめでとうございます」
精一杯、平静を装った言葉だった。
彼は一瞬、目を見開き、それから信じられないものを見るような顔をした。
「何がだ」
「公爵家として、正しい未来を選ばれるのでしょう? それは……祝福されるべきことです」
言い切ったつもりだった。
でも、声は少しだけ掠れていたかもしれない。
沈黙が落ちる。
次の瞬間、彼は一歩、距離を詰めた。
「リナ」
低く、はっきりとした声。
「俺は、誰を選ぶかなど、迷っていない」
その言葉に、心臓が跳ねる。
「……冗談は、おやめください」
「冗談じゃない」
彼は、逃げ場を塞ぐように、まっすぐこちらを見る。
「この制度がどうあろうと、周囲が何を言おうと――俺は君を選ぶ」
頭が真っ白になった。
「そんなこと……出来るはずがありません」
思わず、強い口調になってしまう。
「私は平民です。資格がない。あなたの未来を、壊すわけには――」
「未来は俺のものだ」
きっぱりと、彼は言った。
「誰に登録されようが関係ない。俺の人生で、隣にいるのは君だ」
その瞬間、胸の奥で何かが崩れた。
嬉しい。
怖い。
信じたい。
信じてはいけない。
感情がぐちゃぐちゃに絡まって、何も言えなくなる。
「……お願いです」
やっと絞り出した声は、震えていた。
「これ以上、優しくしないでください。私は……選ばれない存在なんです」
彼は、少しだけ悲しそうに笑った。
「それでも選ぶ」
迷いのない声音。
「選ばれる資格がない世界なら、俺が間違いになる」
その言葉が、胸に深く沈み込む。
――この人は、本気だ。
だからこそ、私は。
「……少し、距離を置きましょう」
そう言ってしまった自分を、すぐに後悔した。
彼の表情が、一瞬だけ凍る。
「それが、君の選択か」
「はい」
嘘だった。
本当は、逃げているだけ。
「分かった」
短くそう言って、彼は踵を返す。
去り際、振り返りもせずに、ただ一言だけ残した。
「だが、覚えておいてくれ」
低く、確かな声で。
「俺は、何度でも君を選ぶ」
扉が閉まった後、私はその場に崩れ落ちた。
選ばれない世界で、
選び続ける人がいるなんて――
そんな恋は、きっと、許されない。
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