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《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ  作者: ヴァンドール


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1話

アルファポリスさんにも投稿させて頂いてます。

 朝の光が窓辺に差し込む書斎で、エドモント・ポーレット侯爵家嫡男、彼はまるで芝居の台詞でも吐くように、鼻で笑いながら言う。


「お前が悪女だという噂は、社交界でも有名だったからな。そんな女と、どうしてこの俺が婚姻したと思う?」


 机の上には、昨夜飲み散らかしたワインの瓶と、半分残ったグラス。空気には酒と香水の混じった、どこか不快な香りが漂っている。


「そう言われましても、そうですわね」


 わたくしは椅子に腰をかけたまま、軽く首を傾げながら口角を上げた。


「悪女を妻にすれば、堂々と身分違いの愛人を作っても世間が同情的に見てくれる、そんなところでしょうか」


 彼は一瞬、目を丸くしたが、すぐに得意気な顔をした。


「おお、わかっているじゃないか。まあ、それでも俺は寛大だからな。時々はお前とも夜の相手くらいはしてやるよ」


 そんな下衆な言葉を吐きながら、何とも言えぬ笑みを浮かべた。

 

「お前の継母には高い援助金を支払ったんだ。せいぜいこれからは楽しませてもらうさ。もっとも、俺の心はマーガレットのものだからな。お前とは身体の関係だけだ」


 全く、なんて、下劣な言葉を吐くのかしら。

 この男の、相手を見下すこの笑みが、不思議なほど滑稽に見えた。


「悪女にも、選ぶ権利はございますのよ。それに、その援助金とやらは、わたくしが頂いたわけではありませんので、悪しからず」


 そう告げてから、静かに礼をして部屋を出た。

 背後で、怒声と共に何かが扉に叩きつけられる音が響いた。


「悪女のくせに、生意気言いやがって! お前に男を選ぶ権利などないことを、これからわからせてやる! 今に見ていろ!」


 まったく、なんて品のないこと。

 わたくしは廊下に出ると、大きな溜息をひとつ漏らした。


『わたくしが悪女、ですか? まあ、それはそれで結構。悪女と呼ばれて困るほど、今さら純情ではございませんもの』


 わたくしは軽く笑ってみせる。しかし、その笑みの奥には、絶望感よりも、むしろ愉しみがあった。『今に見てなさいよ。本当の絶望がどんなものか、これからゆっくりと教えてあげるわ』


 そんなひとりごとを呟きながらふと思う。

 今更、実家の伯爵家に帰るなんてできないし、帰りたくもない。

 だったらここでお飾りの妻を演じながら、快適なわたくしの居場所を作らなければ。

 それには今ここで彼を追い詰めるのは得策ではないわね。

 まあ、時間はたっぷりあるのだからあとで考えるとしますか。


ーーーー


 父が亡くなってから二年。

 その間、わたくしは社交界を遠ざかっていた。


 その間に、継母と異母妹がどんな物語を作り上げたのか、聞けば、わたくしは冷酷で非道、男好きで、嫉妬深い悪女になっていた。

 まるで流行小説の悪役令嬢そのものですわね。


 だけどその評判こそが、この婚姻を成立させたのでしょう。


 エドモント・ポーレット。

 クイーンズ侯爵家の嫡男にして、平民の恋人で八つ年上の女、マーガレットを手放せない愚かな男。

 両親に『結婚しないなら侯爵位は継がせない』と迫られ、仕方なく形式だけの妻を探していた。

 つまり、世間体を保つためだけのお飾り。


 そうして彼が白羽の矢を立てたのが、わたくし。伯爵家の肩書きを持ちながら、悪名高い立派な悪女。

 粗雑に扱っても世間が同情しない妻。

 ああ、なるほど。実に合理的な選択ではございませんの。


 おそらく、継母の助言もあったのでしょう。

 『悪女と評判の娘なら、粗末に扱っても非難されない』とでも吹き込まれたのですね。

 そして、彼女はその助言料として、金品を受け取った。実に理にかなった取引でございますこと。



 そんな皮肉を胸に抱いていると、旦那様がふたたび姿を見せ、彼は鼻で笑いながら近付いてきた。


「お前の住まいは離れだ。元使用人夫婦が住んでいた小屋がある。もう何年も使ってないが、自分で掃除してそこに住め」


 わたくしは冷たい瞳を向けてから一礼した。


「承知しました。ではそのようにいたします。ところで、お食事の方はどうすればよろしいのでしょうか?」


「食事くらいは食わせてやるが、使用人たちと一緒の賄いだ。食えるだけでも感謝しろ」


 吐き捨てるように言い残し、彼は去っていった。


 わたくしはその後ろ姿が幼く見えた。まるでわたくしが惨めになるほど喜びを感じているようでその捻くれた心が返って哀れにも思えた。



 離れに向かうと、そこは予想以上の荒れようだった。

 蜘蛛の糸が天井から垂れ、床には埃の絨毯。

 壁紙は剥がれ、窓は曇り、まるで人の気配を忘れたかのような部屋、部屋というより物置に近かった。

 そして何故か、ガラスの瓶や試験管のような物が床に沢山転がっていた。


『これは何に使われたのかしら?』


 なんとなく気にはなったが


『まあ、物置のような部屋ですものね』


 わたくしは、考えることを辞めにした。


『取りあえず、今夜休む部屋だけでも片付けましょうか』


 そう呟き、裾をたくし上げてほうきを手に取る。

 わたくしの婚礼初日の作業が、まさか掃除になるとは、人生とはなんと趣があること。


『あら? ベッドはあるけれど、寝具がないわね。お布団は、メイド長に頼んでお借りしますか』

 わたくしは溜息をつき、本宅へ戻った。


「すみませんが、お布団をお借りできますか?」


 そう声をかけると、メイド長が驚いた顔をして振り向いた。


「奥様、どうなさいましたか?」


 事情を話すと、彼女は眉を吊り上げ怒ってくれた。


「奥様に対して、そんな酷いことを言うなんて!」


 その憤りが、まるで自分のことのように感じられて、わたくしは思わず口元を緩めた。


「だけど、あの旦那様に何を申し上げても無駄ですよね」


 そう言ってメイド長が肩を落とした。

 わたくしもその言葉に同意した。


「これが、このお屋敷の日常なのですね」


「申し訳ありません。はい、残念ながら、これが現実でございます」


 そこへ執事のトーマスさんが現れ、事情を聞くや否や、すぐに布団を運ぶよう指示してくださった。

 二人は揃って、深々と頭を下げてくれた。


「旦那様をお止めできず、申し訳ありません」


 わたくしはあくまで平静を装った。


「覚悟はしておりましたので大丈夫です。それに、お二人の責任ではありませんもの」


 その言葉に、トーマスさんが目を伏せ、すまなそうな顔をした。


「お食事は後ほどお運びいたします」


「いいえ、旦那様が賄いを食べるようにと仰っていましたし、よろしければ皆さんとご一緒させていただけますか?」


 するとトーマスさんは一瞬、息を呑んだ。


「奥様に、なんてことを」


 それでもわたくしはニッコリと微笑んだ。


「一人で食べるより、大勢で食べる方が好きなのです。後で呼んでくださいませ」


 そう告げて離れに戻った。


 夕刻。

 取り敢えず、寝室となる部屋の掃除をどうにか終えた頃、メイド長が呼びに来てくださった。


「奥様、お食事のご用意ができましたが、本当に私どもと一緒でよろしいのですか?」


「先ほども申し上げた通り、問題ありませんわ」


 そうして案内された使用人用の食堂は、こぢんまりとしていたが、温かみがあった。

 テーブルの上には、野菜のスープと焼きたてのパン。

 決して豪華ではないけれど、温もりに満ちた食卓の雰囲気はとても落ち着いた。


「奥様にこんな物しかお出しできず、申し訳ございません」


 メイド長が恐縮して言うので、わたくは笑顔を向けた。


「今まで伯爵邸で食べていた物より、ずっと温かく、心がこもったご馳走だわ。では、いただきますね」


 そう言ってから手を合わせた。


 食事をしながら、わたくしはふと尋ねてみた。


「こちらの侯爵邸の使用人の皆さんは、何処におられるのですか?」


 メイド長が少し顔を曇らせた。


「お恥ずかしい話ですが、この五人が全員でございます」


「まあ、この広いお屋敷をたった五人で?」


「はい。以前は多くの使用人がおりましたが、今の旦那様が仕切るようになってから財政難となりまして」


 そうメイド長が語ると、執事のトーマスさんが苦い顔をした。


「旦那様は領地の運営を私一人に押し付けて、毎日遊び歩いてばかり。領民からの要望書にも、一切目を通されません。このままでは……」


 彼の声が、途中で途切れる。

 その沈黙が、すべてを物語っていた。


「領地にいらっしゃる旦那様のご両親には、相談なさったのですか?」


「大旦那様は、大奥様のご病気のことで頭がいっぱいで、他のことにはまるで関心をお持ちでないのです」


 わたくしは、思い出した。

 そういえば、わたくしたちの結婚式も『病のため』と欠席された。

 あれは、わたくしを軽んじたからだけではなかったのですね。


 こんな状況でありながら、わたくしの継母に金品を渡したのですから、このお屋敷の財政難にも、さらに拍車がかかってしまったわけですね。


 わたくしは、またひとつ、長い長い溜息をついていた。




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