スタンピード発生
※物語の随所に災害を連想させる描写やセリフが出てきます。
苦手な方はブラウザバックお願いします。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・場所・出来事などは、すべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。
おじいちゃんが魔装具を振り回してた日から、2日目の朝
テレビでは特別報道番組が流れていた。
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【スタンピード発生警報発令中】
53年ぶりの大規模発生
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画面の隅に赤い帯が点滅し、地図に色の付いた範囲が表示される。
見たことない地形だ……でも島国なのか。
北海道をもっと長細くしたような地図が映し出されていて、
その一部が赤い線で囲われている。
【警戒区域】
・チグレ地方一帯
・ヒナカミ市
・シズナギ市
・トオアメノ市
【準警戒区域】
・ウサキ市
・レイガ市
テレビではアナウンサーが、硬い声で繰り返し呼びかけていた。
『外出は絶対にお控えください。シールド管理局の指示があるまで、屋内で待機してください。繰り返しますーーー』
「警戒区域にはいってるけど、都市シールド内だから問題ないわよ。
地下避難指示が出たら地下シェルターに入ればいいだけだからね。」
おばあちゃんが湯呑み片手に、ニコニコしながら言う。
……この家、地下シェルターがあるのか……
どうやらシールドっていうのは、本当にそう簡単には破れないらしい。
今までの歴史の中で、魔物に破られたのは数回だけ――だという。
(……いや、数回は破られてるんじゃん!)
原因はだいたい特殊個体--変異種ーーらしい。
本来、そんな事は滅多にないとのことだが、数十年に一度はそういう事が起きてシールドが破られるのだそうだ。
俺はちょっと遠い目になった。
(「数十年に一度」は “絶対に来ない” とは違うんだよな……)
縁側では、おじいちゃんが座布団に腰を下ろし、遠くを見ている。
座布団の横にはおじいちゃんの魔装具がおかれ、背筋がまっすぐ伸び、腕は膝の上で組まれている。
ただ座っているだけなのに、妙に「戦う前」の雰囲気が漂っていた。
「夏菜さま。窓をしめます」
背後から落ち着いた声がした。マリだ。
「都市シールド内ではありますが、危険度の高いものが来ます。家全体にJA-10235koのシールド強化を施します」
ジョンは庭に出ると、前足でザクザクと地面を掘るような動きを始めた。
……確かあれ、威嚇行動だったよな。
都市シールドの中にいて、家そのものにも別のシールドを張って、それでもなお警戒するなんて……。
おじいちゃんが小さくつぶやいた。
「……来たな」
その低い声に、背筋がぞくりとする。
(何が来たの? 本当に、何が? 何も見えないよ?)
しばらくすると、遠くの空がゆっくりと黒く染まりはじめた。
空に墨汁をたらしたような異様な黒。
ただ、濃く、重く、塗りつぶすように黒い。その黒は風に流されることなく、逆に広がっていく。
空の端から端へ、じわじわと滲むようにそらが黒くなっていく――。
タイミングよく、テレビ画面にも拡大映像が映し出された。
『こちらは発生した山の上空の様子です』
画面には、翼を広げた鳥のような影。光を反射する羽を持つ巨大な虫のようなもの。
皮膚の光沢が爬虫類のようなトカゲ型まで混じっている。
形も大きさもバラバラな影たちが、まるでひとつの巨大な波のように飛び交い、空を覆い尽くしていた。
(なにこれ、なんだよこれ、こんなのが来るの?! これ本当に大丈夫なの?!)
そのざわめきが、まだ遠くなのに耳に届く気がした。
おじいちゃんは縁側から一歩も動かず、ただその黒がある方をにらみつけていた。
その横顔は、何かを測っているように静かで、そして、ちょっと――怖かった。
やがて山の空全体が黒で塗りつぶされ、その状態のまま数時間が過ぎた。
「さあさあ、お昼ご飯にしようか。マリちゃん、配膳手伝ってね」
母とおばあちゃんはそうめんをゆでて、マリが配膳してくれた。
「ほらほら、海人ちゃん卵いっぱい上げようね」
(わーい卵いっぱいくれた! ・・・・・・じゃなくて!)
おじいちゃんは全く動かない。静かに遠い空の”黒”をにらみつけていた。
「あれ駆除できるのよね……?」
テレビ画面を見て母が不安そうにつぶやいた。
「スタンピードは夏菜、初めてよね。昔あった時にはねぇ、学校内の地下シェルターに入ったんだけど、今より非常食がおいしくないし、途中で電気が切れちゃってねーーー」
おばちゃんが小学生の時にあったスタンピードの発生の時の事を母に話し始めた。
魔物の大群が通り過ぎるのをシェルター内で待っていた、都市シールドも破られなかったので建物も壊れなかった、という内容だった。
日が落ちて夕食の時間になってもテレビは報道特番を流し続けている。
そしておじいちゃんも全く動かず、空をにらみ続ける。
「寝る前にちょっとお茶でも飲もうか」
おばあちゃんが立ち上がろうとしたとき、テレビ画面に「地下避難指示」の赤い文字が表示された。
対象は【ヒナカミ市】【シズナギ市】【トオアメノ市】。
「あ、地下避難指示だ……ここも、”うち”も入ってるわ。」
母がつぶやく。
テレビの中ではアナウンサーが硬い表情で警戒を呼び掛ける
『該当区域の方は即座に地下シェルターに避難してください。
ご自宅に地下シェルターの無い方は、お近くの指定シェルターへーーーー』
そのとき、おじいちゃんが立ち上がった。杖を手に、縁側から庭へと一歩踏み出す。
「ちょっと行ってくる」
声は低く、普段よりも短い。
「ちょっ、お父さん! 地下避難指示出てるのよ!! お母さん、お父さん庭出て行っちゃったけど?!」
「……いいのよ、大丈夫よ。」
おばあちゃんは何事もないようにお盆にお茶のセットとお菓子の準備を始めた。
(いやいや、何が “大丈夫” なんだよ……。どこ行ったんだよ、おじいちゃん! あの魔物の大群を見てて、大丈夫で済む状況じゃないだろ……!)
「夏菜様。地下への移動の準備を。海人様をおつれします。」
マリが静かに言う。
「お母さん……!だって、お父さん帰ってきてないんだけど……っ」
母の声が震える。
「大丈夫だから。ほら、海人ちゃん、お人形も持っていこうか」
オヤツも持っていこうね、と言いながら、おばあちゃんはお茶のお盆と謎の6本足人形を抱えて家の奥へ歩き出した。
(いや、大丈夫じゃねぇだろ。おじいちゃん帰ってきてないよ……!)
母は不安そうな顔をしながらマリの手から俺をうけとると、地下シェルターのある奥の部屋へ向かう。
俺を母に渡すと、マリの背に斬馬刀が現れた。
・・・・・・中型が近くにいても出す事の無かった武器をマリが出した・・・・・・
祖母が子どもの時に起きたスタンピードは、都市シールドを破られなかったって言っていたはずだ。
(おばあちゃんはシェルターに入ったけど、魔物が通り過ぎるのを待ってただけって言ったよね?
なのになんでマリもジョンもあんなに警戒してるんだ……?)
奥の部屋へ向かう途中。廊下の窓にふと目をやる。――視界の先に夜空を切り裂くように、白い光の筋が遠くの”黒”に下から斜めに突き刺さっていくのが見えた。
(……流れ星……じゃない。流れ星なら上から落ちてくるよな。あれは……下から飛んでいってる?)
白い痕跡を残しながら、何かがものすごいスピードで魔物の群れに飛んでき黒い塊に吸い込まれ、見えなくなった。
(誰かが攻撃したのか? ……でも、あの数に一発だけって、意味あるのか……いや、わかんねぇな)
おばあちゃんに連れられて、キッチン奥の納戸のドアを開ける。
そこは階段になっていて、下へ降りていくと金属製の重そうなドアがあった。
おばあちゃんが手をかけると、ドアは静かに開いていく。
「夏奈様、ドアを閉めます」
そういうとマリは中へ入らず外からドアを閉めた。
地下の部屋は、壁には折りたたみベッド、小さめのキッチンやテレビ。
狭いけれどトイレも水洗で、シャワーまで付いている。まるで狭小物件の一室みたいだ。
「夏菜もいざという時に地下シェルターのメンテナンスはちゃんとしておくのよ?
いつ使う事になるか分からないんだから。」
と言いながらおばあちゃんと母が折りたたみのベットを出したりと部屋を使う準備をしていった。
しばらくしてテレビをつけるとアナウンサーの興奮したような声が響いてきた。
『こちらは空の映像です! 無数の魔物に空が覆われています! 大群は速度を上げながら、ヒナカミ市上空へと迫っています!』
画面には上空の様子が映し出さた映像に俺は息をのんだ。
大きさも形も違う無数の魔物が奇声を上げながら空を覆っている。
そのあまりの悍ましさに地獄絵図ってこういうのを言うんじゃないか、と俺は思った。
「ほら、海人ちゃんはもうねんねのお時間でしょ」
こんな状況でも、食事をして夜になると眠気が一気にやってくる。
この体になってから、睡魔に勝てたことなんて一度もない。
抱っこされて背中をトントンされたら、俺の意識はすぐに闇に落ちていった。
◇◇◇
翌朝。
目を覚ますと、もう地下の部屋ではなく普通の部屋に戻されていた。
寝ている間に運ばれたらしい。
「カイくんおはよう。お着替えしようね」
母に着替えさせてもらい居間に行くと、マリとおばあちゃんがテーブルに朝食と並べており、おじいちゃんが座って、何事も無かったかのように茶を飲んでる。
(ちょっ?! おじいちゃん?! 無事だったんか! ってか昨日、どこに行ってたの?! ってか普通にくつろいでるし……!)
テレビでは朝のニュース番組が流れていて、昨日の様子が繰り返し放送されていた。
今現在、警報はまだ解除されていないが、地下避難指示は解除されたとの事だ。
空は嘘のように晴れ渡り、昨日の黒い集団が夢の中の出来事だったかのように思えてしまう。
テレビでは専門家とMCがスタンピードについて解説をしていた。
『――ですので、今回のスタンピードは旧噴火口からの発生という事で間違いはありませんか?』
『間違いないでしょう。上空からの映像でも、噴火口が割れて飛び出してきているのが確認されています。今回はほぼ飛行種ですが、そもそも飛行種は――』
画面下には【地下魔力だまり活性化の可能性】というテロップが流れていた。
『スタンピードの進行方向は地中魔力の流れに沿って移動します。ですから、その流れさえ分かっていれば被害は最小限に抑えられます。魔物の集団の進行方向からそれるように移動すればよいわけです』
どこぞの大学の准教授だという魔物研究家が、うんちくを述べている。
「通過するのすごく早かったわね。」
母がテレビを見ながらつぶやく。
「スタンピードはそんなもんだ。」
おじいちゃんが答えた。
「魔力だまりが魔物を吐き出し切ると、一斉に移動を始める。進行方向に食うものが無ければそのまま全速力で駆け抜けていくんだ。建造物があれば破壊しながら進んでいくし……食うものがあれば一瞬で食い尽くされる」
「スタンピードって、どうして起こるのかしら?」
と母が首をかしげる。
「わからん。魔力だまりから発生するという事くらいしか分からんが、進行方向にいる生命を食らいながら真っすぐ進んで、しばらくすると今度はお互いに食らい合いをして数を減らす。数が減ったら駆除して終わりだ」
おじいちゃんが淡々と言った。
「……物騒な生態ねぇ」
母が顔をしかめながら言うと、おじいちゃんは笑いながら言った。
「飛行種でよかったな! 陸路を行くタイプだったら、シールドに真っすぐ突っ込んでくるからな!」
「……それって、笑ってる場合じゃないんじゃない?」
母が呆れの混じった声で言うと、おじいちゃんは肩をすくめた。
「まあ、ここに居る限りは大丈夫だ。誰も怪我はさせん」
(おじいちゃん、なんかカッコイイな……!)
昨日、杖を横に置き、遠くの空をにらむ横顔は“戦う男”そのものだった。
長い間戦ってきた覚悟と自信が見えた気がした。
「さて、ちょっと畑を見に行くかな……」
「お父さん! まだ警報解除されてないでしょ! ダメよ!」
「いやもう、通り過ぎたし大丈夫だろうと――」
「お父さん!!」
母にピシャリと叱られて、おじいちゃんはしょんぼりと肩を落とす。
ーーーさっきまでのカッコイイおじいちゃんは、いったいどこへ行ったのか。
──ほどなく警戒は解除された──
「夏菜! 今年の芋は期待していいぞ! 今年はワームがたんまり出たからな!」
おじいちゃんがやけに嬉しそうに母に話している。
(ん? ワームが出ると芋が豊作になるの?)
「そういえば、ワームって肥料になるんだっけ?」
と母。
「おう! 親ワームを潰せば、子や卵は栄養満点の畑の肥料だ。シールド外農法の基本だぞ!」
胸を張って言うおじいちゃん。
「今年は豊作だ~!」
と畑へ小走りで向かっていった。
まさかの肥料枠だったのか?! ワーム?!
――益獣いや、魔物だから益“魔”獣か?!
この世界の生態系、ほんと分かんねぇよ!
★シールド外農法★
1.親ワームが卵を産む前に林に留まる習性を利用して、畑の傍に雑木林を残しておく
2.親ワームが卵を産んで、1週間以内に親ワームを駆除する
【メリット】
・天然の肥料を使った美味しい野菜が採れる
・採れた野菜や果物の日持ちが良くなる
・親ワームが出す忌避物質で害虫が付きにくくなる
【デメリット】
・親ワームが卵を産んだ1週間以内に駆除しないと、子ワームが大繁殖。畑の土がひっくり返される。
・駆除できる手段が無い場合は危険を伴なう。