【閑話】不穏な気配
※物語の随所に災害を連想させる描写やセリフが出てきます。
苦手な方はブラウザバックお願いします。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・場所・出来事などは、すべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。
──海人がおばあちゃんの家に行く、二日前の夜明け前──
ザンバ刀を手にしたメイド服の女性が、中型魔物の骸の前に立ってい
た。
「……駆除完了」
短くそう告げると、足音も立てず静かに移動を始める。
決まったルートを巡回し、駆除対象の魔物がいれば駆除する。
そして、時間までに家へ戻る――それが彼女の日課だった。
「マリ、データ送信が終わったら武器の回路を調整するぞ」
「はい、了解しました」
この国では、魔物を駆除したら、その情報を行政へ送信する決まりになっている。
行政は駆除した魔物が放置可能なタイプか、衛生面や交通のために回収が必要かを判断し、必要なら民間処理会社へ委託して撤去させる。
魔物の中には、駆除後に骸が残らず蒸発するように消えてしまうものもあれば、放置すると毒素を発生させるものもいる。
また、多くの魔物は駆除後に魔石を残す。
これらは回収され、社会インフラに利用されていた。
郊外や都市シールド近くに出没する魔物は、日常生活に支障が出ないよう、夜明け前の時間帯に定期的な「間引き」が行われている。
これら”巡回間引き”はセキュリティ会社が担当する作業になっており、マリが来てからはデータ収集と性能テストを兼ね、彼女も巡回に参加していた。
「ユウキ様、データ送信完了しました」
「分かった。じゃあ武器を出してくれ」
魔術回路の点検や調整は魔術技師の仕事だ。
社内モニター機であるマリの回路調整や、送信データの解析はユウキの担当だった。
行政への駆除情報送信と同時に、データは会社にも送られる。
ユウキはこれまでの出没情報と照らし合わせながら、ここ数週間での魔物の種類の微妙な変化や、空気中の魔力の揺らぎに不穏な兆しを感じ取っていた。
「……これは、出社かなぁ」
ため息まじりにデータを確認する。そういえば、夏菜が海人を連れて実家に行くのは二日後だったか。
その頃には、この乱れがもう少し大きくなるかもしれない……。
「お義父さんに連絡、入れておくか」
義父は早朝から畑へ行く人だ。もう起きているだろう。
ユウキは電話をかけた。
「おー! ユウキ君、久しぶりだな! 元気か!」
「お義父さん、ご無沙汰しています」
受話口から響く大きな声に、ユウキは思わず電話の音量を下げる。
「そちら、何か“変化”はありませんか?」
「……地中の魔力がおかしいな。空気中の魔力もだ。どこかに大きな魔力溜まりができてる。しかも普通の魔力だまりじゃない。流れが歪だ。」
――さすがだ。主語がなくても話が通じる。
8年前、義父が定年間近に発生した災害指定レベルの大型種による都市シールドの破壊。
あの魔物を屠ったのが義父と義父の率いる部隊だった。
父の部隊の到着が少しでも遅れていたら一つの都市が壊滅しかねない状況だった。
即座に魔物の特性を見極め、
「有終の美を飾る!」と言って、災害指定レベルの魔物に突っ込んで行った切り込み隊長は、やはり魔物の気配を嗅ぎ分ける鼻が鋭い。
「夏菜と海人を、少し長めに預かっていただきたいのですが」
「いくらでもいいぞ! なんならこっちに住んでもいい!」
「……それは遠慮させていただきます」
「はっはっはっ! つれないな! でもまあ、こっちの方が安全だろう。
昨日もワームを潰したばかりだ。柵も補強してある。ジョンのシールドもレベルを上げた。
・・・・・・ただなぁ、魔力の流れがこれだけ歪んでると何が出ても不思議ではない。」
「変異種ですか……?」
「変異種が出るか、数が出るか、その両方か分からん。ただの魔力だまりで終わるかもしれんしな。だが魔力の流れが気に入らん。落ち着くまで夏菜とカイ君はこちらであずかろう。
・・・・・・そういえば、カイ君、まだ言葉は出てないんだったな。初めての言葉が “ジージ” になるかもしれんなぁ」
義父の楽しそうな笑い声が受話器から響く。
( ”数が出る” って事はスタンピードの可能性もあるって事か……)
少しイラッとするが、魔物関連でこれほど頼れる人はそうはいない。
今現在の魔科学の総力を挙げた分析よりも早く、魔力の流れから魔物の特性を即座に見抜くその能力は他に類を見ない。
魔法師でもないのに、魔力を纏わせた石を投げ飛行する魔物を打ち落とす。
ただの身体強化にとどまらず、魔物を屠るその技量は、かつて所属していた特殊魔物殲滅部隊においてても、今なお伝説して語り継がれている。
定年後は指導者として請われていたが、「ゆっくり過ごす」と言って田舎に引っ込み畑仕事に勤しんでいる。
……だがその実力は健在だ。
「……なるべく早く迎えに行きます。夏菜と海人を、よろしくお願いします」
(……本当に “ジージ” が最初の言葉になったら、正直へこむな……)
ユウキはそう胸の内でつぶやき、妻と息子を妻の実家に預け、自分は仕事をすることに決めた。