鍬は武器ですか?
※物語の随所に災害を連想させる描写やセリフが出てきます。
苦手な方はブラウザバックお願いします。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・場所・出来事などは、すべて架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。
畑の土から出てきた異様な魔物……”ワーム”。それをおじいちゃんは鍬で瞬殺した。
おじいちゃんに上半分を吹き飛ばされたワームは、しばらくして完全に動きを止めた。
(……なんだアレ!なんだよアレ! 怖いよ怖すぎるよ……!)
俺はこの体に生まれてから、感情が抑えきれない事が多くなっていた。
大人なら耐えられることでも全然耐えられない。
『怖い!』って思ったら号泣してしまう。
赤ん坊の体の喜怒哀楽がそのまま表れてしまうんだ。
・・・・・・だけどあの魔物は、大人だった時に見たとしても泣いてたかもしれない。
・・・・・・間違いなくちびってると思う……
タクシーの運転手が魔物を”駆除”した時は、いつの間にか撃墜していたり、座席の影で見えなかったりしていた。
自分の目で魔物を見たのはこれが初めてだった。
「もう、お父さん! 親がいるの知ってたなら先に言ってよ! カイくん泣いちゃったじゃない!」
「カイ君、ごめんな、怖かったなぁ……昨日も親を潰したんだけどなぁ。まさかまだ居たとは……」
しょんぼりするおじいちゃん。
俺は母の腕の中で号泣し続けていた。……あれは無理だ。泣くのもやむなしだ。
それにしても、あんな魔物を一撃で倒すおじいちゃんって、なんなんだよ!?
傍で警戒していたマリはいつの間にか、収穫した野菜を袋に入れて持ち帰る準備をしていた。
そういえばマリが戦ってる所って見たことが無い。
タクシー運転手が中型を駆除した時も普通に座ってたし、今回も自分から戦おうとする様子はなかった。
(……斬馬刀も仕舞ったままだったな……)
泣きすぎてぼんやりしながらそんなことを思った。
結局、おじいちゃんが赤と紫のスイカをとってきてくれて、帰ることになったり、ジョンに乗って帰ってきた──
「海人ちゃん、怖かったねぇ。可哀想にびっくりしたねぇ。
お父さんたらもう! 先に全部のワームのお掃除してから海人ちゃんにスイカ取りさせてあげれば良かったのに!」
おばあちゃんがプリプリしながら言う。
・・・・・・お掃除って……おばあちゃん……
玄関先の落ち葉を掃くみたいな言い方してるけど、魔物だよ、あれ。
がっつり牙とかも生えてたよ……
おじいちゃんは腕を組んで、少し考え込んでから口を開いた。
「いや……な。あのな、ワームの親は昨日もその前も潰したんだよ。ワームは卵が孵ったら、自分の魔力と体を餌として子供に与える。だから親ワームは産んで日が経つほど小さくなるもんだ。だが……昨日の個体も今日の個体も、どっちも七メートルは超えていた」
おじいちゃんはそこで一旦言葉を切り、俺たちを見回す。
「七メートルってのはな、卵を産む直前か、産んだ直後の大きさだ。それが連日同じ場所で出るのはまずおかしい。ワームは縄張りがあって、別の個体が産卵してる場所には入り込まない。普通なら、同じエリアで二日連続で“親級”の大きさが現れるなんてありえん」
おじいちゃんの口調は淡々としているけど、その内容は妙に生々しい。
そして、少しだけ声を低くして続けた。
「ユウキ君も急に出社になったんだろ? 多分、魔物の活動が活性化してるか乱れてる。
ユウキ君が長めに滞在しろと言ったのはそういう事だ。夏菜、安全が確認できるまではここにいた方がいいな。」
──まるで天気の話みたいな口調だけど、言ってる内容は全然穏やかじゃない。
◇◇◇
ーーー多分、魔物の活動が活性化してるか乱れてる。ーーー
そんな不穏な言葉を聞いた翌日、俺は水に浸かっていた。
「カイくーん、お水遊びしようか♪」
朝から母とおばあちゃんが俺のためにプールを用意してくれていた。
おばあちゃん家の庭には子供用プールが設置され、その上にタープのような布が張られ、日陰が作られている。
プールには黄色いアヒルさんの人形と真っ赤な金魚さんの人形がぷかぷか浮かんでいた。
マリがタオルと飲物の準備をしておばあちゃんの横に控えていた。
縁側にはおばあちゃんがニコニコしながら座って
「ジョン、いい感じで水足してあげてね」
とジョンに指示をする。
ジョンはホースをくわえ、水を注いでいた。
(……地味によく働くな、ジョン)
母がアヒルを俺に持たせて、「なかよし~」と言いながら金魚をアヒルにくっつける。
「夏菜、これもどう?」
おばあちゃんが取り出したのは、卵型のフォルムに六本足がついた謎のキャラクターだった。中央には大きな目がひとつ、端っこにはでかい口。
「最近、魔物をデフォルメしたおもちゃが出てるのよね……正直、かわいくないんだけど」
(え、これが魔物のデフォルメ……? どっちが上なんだ……? 口が上?尖ってる方が口? )
母は「まぁいいか、これもなかよし~」と言いながら、金魚とアヒル、そして謎の六本足をくっつける。
(……どんな魔物なんだこれ? ビジュアルからは何も分からねぇ……)
その後も、俺は水に浸かって謎のビジュアルの人形をいじくりまわしていた。
お昼になり、水遊びは終了。シャワーを浴びて着替えると、母とおばあちゃんが昼ご飯を用意してくれていた。
食後、おばあちゃんが絵本を手に持ち、笑顔で言った。
「海人ちゃん、おばあちゃんが絵本を読んであげようね」
「わぁ、この絵本、懐かしい! 私、小さい時、この本みたいなお姫様になりたかったのよ」
へぇ、勇者とお姫様の物語か。そういう物語があるのって、元の世界と似た世界観だな、と俺は思う。
おばあちゃんがゆっくり読み始める。
「ーーーそうして、勇者が後ろで応援し、お姫様は魔物を倒したのでした」
(……その物語、勇者いらなくね?)
優しく抱っこしてくれる母と笑顔で絵本を読むおばあちゃん。
その傍らで洗濯ものをたたんだり、お茶の用意をしたりと淡々と働くマリ。
魔物が活性化しているかもしれないという、不穏な言葉が頭をかすめるけれど、日常の光景はあまりに平和で、ちょっとシュールに感じられた。