やっぱり今日も対魔タクシー
※物語の随所に災害を連想させる描写があります。
苦手な方はブラウザバックお願いします。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・場所・出来事などは、すべて架空のものであり、実在のものと一切関係ありません。
俺は斎藤 海人。
ぷにぷにボディの1歳児だ。
30代サラリーマンだった前世の記憶がある。
「カイくーん、お出かけですよ~。おばあちゃんの家にいきましょうね♪」
母・夏菜が笑顔で黄色い帽子をかぶせてくる。
耳付きである。
(今日は俺が熊さんになるのか……)
この世界は一見、前世の日本と変わらない。
食べ物も、着るものも、テレビ番組も生活様式も、見た事がある様な日常も変わらなかった。
テレビではバラエティ番組や幼児番組、ニュースや国会中継が放送され、街に行けばビルやマンション、ショッピングモールもある。
ただ、この世界には魔力があって、魔物がいて、魔物と日常的に戦う戦闘ロボットが存在している。
ーーーつまりここは前世の日本とそっくりな、だけど明らかに別の世界なのだーー
(……まあ、まだ国名すら知らないけど……)
今日は母と一緒に、田舎のおばあちゃんの家に行く予定らしい。地名は知らないし、位置もピンとこないが、とにかく長距離っぽい。
ほんと地名とか全くわからん。
「マリ、荷物お願いね」
母が声をかけたのは、我が家の戦闘支援型家事ユニットーーーメイドロボットの”マリ”だ。
「はい、夏菜様。すでに全て玄関にまとめてあります。タクシーが到着次第、積み込みます」
きっちり仕事を熟すマリ。表情は余りないけど声はいつも落ち着いている。
マリは家事全般をこなすメイドロボットだが、魔物と戦う戦闘ロボットでもある。
「あ、夏菜、ちょっと」
父が母に話しかけた。父は”魔術技師”って言う魔術系エンジニアで眼鏡が似合う理系男子だ。
……まあ、俺が知ってるのはリビングで緑茶すすってる姿くらいだけど。
「なに? ユウキ、どうしたの?」
「いや、あのさ、何日くらい向こうに滞在する予定だった?」
「うーん……5日の予定だけど……」
「滞在、延ばせるかな? いや、おれ、もしかすると会社から呼び出しかかるかもしれないんだ。
そうしたらしばらく帰れないかも。
夏菜と海人だけじゃ何かあった時に心配だからさ。お義父さんとお義母さんがいれば安心だろ?」
「滞在自体はいくらでも伸ばせるけど……何かあったの?」
「職務上知った情報だから、まだ、言えないけど……とにかく実家でしばらくゆっくりしてきなよ」
「ん~分かった。じゃあ、ゆっくりしてくるね」
母が言った。どうやら父は急ぎの仕事が入ったらしい。会社からよびだしとか大変だなぁ。
「夏菜様、タクシーが到着しました」
マリが告げる。
母が俺を抱っこして玄関に出ると、そこには ”対魔仕様車” のステッカーを貼った、メタリックブルーの車が静かに停まっていた。
光沢のある車体、車高のやや高いフォルム。
真夏の強い日差しが車体に反射してちょっとまぶしい。
「今日はよろしくお願いします」
「本日はご指名ありがとうございます。安全運転で行きますので、よろしくお願いします」
運転手は穏やかな笑みを浮かべて会釈した。
俺が以前、一歳児検診に行った時に乗ったタクシーの運転手、早乙女さんだ。
(やっぱり! 今日も対魔タクシー!)
この世界では、タクシー運転手ですら魔物を退治する。
今日の運転手さんは、対魔一級っていう、中級魔物まで“駆除”できる人だ。
マリが荷物を積み込んでいる間に、運転手が母に走行計画を説明し始めた。
「本日は都市シールド内から有料道路を経由して移動します。
有料道路内では魔物関係のトラブルはほとんどありません。しばらくは有料道路で行きます。
目的地の近くで一度有料道路を降りて林道にはいりますが、そこで若干の警戒が必要になります。なるべく安全で静かな道を選んでいく予定です。」
「助かります。カイくん、魔物の声にびっくりしちゃうので……」
「はい、お子様のことも考慮して、ルートを選びました。走行から2時間ほどで一度SAで休憩を予定しています。もしSAに入れない場合は、次のPAでーーー」
母と運転手が話をしているが、俺は運転手の左手に装着されている謎の機器にくぎ付けだった。
スーツの袖の上から装着された金属製の輪っかが3個。
時計よりすこし大き目で、ただのアクセサリーには見えない。
(前にこの運転手さんの車に乗ったけど、こんなの付けてたっけ? 3つもついてる……ナニコレ)
俺が凝視している間にも、説明は続いていた。
「ーーー次のシールドのある道路に入るまでは、セキュリティ設定を2ランク上げて走行します。一応、魔装具を装着していますので、中型魔物まででしたら即時対応可能です」
( ”魔装具” って……ってなんだ? 腕のそれか?!)
「実は今朝の朝礼で、空気中の魔力が不安定になっている事との通達がありました。
全対魔タクシー運転手に魔装具の追加装着が指示されています。
ですが、現時点で魔物の異常増加情報は来てませんので通常通りの走行が可能になっています。」
「あ、そうなんですね。だからユウキ、出社になったんだぁ……」
(……空気中にも魔力ってあるのかぁ。知らんかった。)
(空気中の魔力が不安定になると魔物が増加する可能性があるって事……? 空気中の魔力が不安定になるとパパン出社になるの? セキュリティ的な何かが必要だって事だよね。)
運転手の説明が終わるころには、荷物も積み終わり、俺もベビーシートにジャストフィットで準備完了!
「それでは、出発いたします」
タクシーが静かに発進した。
近くのインターから有料道路に乗り込んだ。
風景はどこまでも広く、道路は整備されている。
けれど、ちょっと見慣れない警告マークや看板があった。
(魔物注意区域? 変なイラストにバツマークついてる。何のイラストだ?あれ)
そして予定通り最初のSAに到着した。ここでいったん休憩して昼食をる予定だ。
タクシーのドアが開き、母が俺を抱き上げて外に出た。
「はいはい、カイくん、お外だよ~。ちょっと外の風にあたろうね」
サービスエリアは、どこか観光地っぽい雰囲気もある。
小さな売店、フードコート、芝生スペース。
母が座ったフードコート席の隣のグループの会話が耳に入ってきた。
「ねえ、聞いた?昨日あの山道で中型の魔物が出たって」
「うそ! あそこってシールド内でしょ」
「出たのはなんかシールドとシールドの間らしいけど。最近中型多いらしいよ、特に山道とか林道とかでーーー」
母から小さく切ったうどんを口に入れてもらいながら、耳に入ってくるのは他の旅行客たちの魔物トーク。
(マジか……やっぱりそんなに出るもんなのか……)
すると、館内放送が響いた。
「お客様にお知らせいたします。
現在南部林道エリアにおいて中型魔物の目撃情報が複数寄せられています。
周辺地域をご通行のお客様は、対魔認可車両での移動をお願いいたします。引き続き魔物情報にご注意の上ーーーー」
「やっぱり最近多いわよねぇ……」
母がため息をつく。
(……事故情報とか渋滞情報みたいに、魔物情報が流れるんだな……)
食事を終えた母は俺を抱き上げて、お土産屋へ入って行った。
棚には地域限定のお菓子、ぬいぐるみ、そして玩具が並んでいる。
「カイくーん、どれがいいかな?」
そういいながら母が手に取ったのは、ボタンを押すと「ブッブー」と可愛く音が鳴るおもちゃ。
「音が出るやつなら、カイ君も飽きないで遊べるよね♪」
とレジを済ませた母が俺に持たせてきた。
(遊ばないとダメだよな、これ。遊ばないとがっかりするやつだよな…?)
手に取ってボタンを押す。笑顔を作って押しまくる。
「うふふふ、気に入ったのね。良かった~」
その後、再びタクシーに乗り込んだ。
「それでは、出発いたします。」
再び出発。やっぱりかなりの長距離移動だ。
(これ、前世だったらどれくらい料金かかるんだ……)
この世界のタクシー料金がどのくらいなのか全く分からない。
前を見ようとしたけど、俺のベビーシートの角度じゃ料金表とか全く見えない。
(結構頻繁に使ってるっぽいし、意外と安いのか?
それとも政府の補助とか……いや、わかんねぇな)
……そのうち俺は、途中で寝落ちしてしまった……
しばらくして目を覚ますと――
「あ、カイくん、起きたのね」
母の優しい声が聞こえた。
(あれ? 道が……変わってる?)
周囲が木々に囲まれていて窓から入ってくる強い日差しを遮っている。どうやら、もう有料道路ではないらしい。
しばらく進んだところで、タクシーは大きな木の生えた側道に寄せて、静かに停車した。
「お客様、申し訳ありません。ちょっとタイミングを見て、駆除いたします」
運転手が申し訳なさそうに言った。
「マリ?」
「夏菜様、ご心配なく。脅威レベルは低いモノです。」
「そう? 分かったわ」
運転手が左腕の輪っかにそっと右手で触れると、輪っかが赤く発光した。
次の瞬間、彼は音もなく、するりと車から降りた。
(え? 今、なんかした? 腕のやつ赤く光ってたけど……?)
車の向こう、木々の間に、なにか影のようなものがチラチラ見える。
(あっ、座席が邪魔で良く見えねぇ!! 今、外はどうなってんの!? 解説プリーズ!!!)
隙間から動く何かが見えた……その瞬間。
――ズンッ!!低く、腹に響くような振動が走った。
最初の2話公開後、週一での更新となります。