第7章 記されざる兵士たち
【2051年3月3日|UN-JAPAN臨時統治庁・国際記者会見ホール(東京・青梅区)】
映像は一枚の写真から始まった。
処置台に寝かされた兵士の白い顔。
頭部に埋め込まれたBMI端末、静脈接続ライン、そして“意識レベル:Null”の記録表示。
国際報道機関《INTERPOLITIK》(インターポリティク)はこの日、世界同時に「リークファイル群:Project HOLLOW(ホロウ計画)」を公開した。
「UN-JAPANによる“人格削除型兵士再起動計画”。
戦闘から帰還した兵士を“記憶を削除したまま”再動員する秘密制度が存在していた。」
「内部資料、医療記録、処理映像。
これらは、前線医療兵であり、後に施設に赴いた片倉ユイ氏からもたらされたものです」
【暴露された文書(抜粋)】
❐ MEX-55 製造維持規程(機密扱い):
「兵士における人格不適格状態が確認された場合、
意思・感情回路を切断し、反応最適化状態での再投入を許可する。」
❐ 倫理適用例外コード(EEC-17)
「戦術緊急下において、人格保護規範は“戦術優先義務”により一時停止可能とする。」
❐ AI処理ログ:KEIOS
「兵士カレン、人格構造:消失。倫理選択無効。作戦従事可。」
【各勢力の反応】
国連統治庁(UN-JAPAN)
「これは前線での生存可能性を高める手段であり、命を救うための処置である。
人格の修復が不可能な場合、兵士の“行動能力”が唯一の帰還手段だ」
国際人権団体(HWR:Humans With Rights)
「これは現代の強制労働、いや、それ以上だ。“人間”を“戦闘用資産”として再定義した制度である」
軍事産業コンソーシアム(MAMCO)
「人格よりも戦術精度が重視されるのは当然だ。
もし君の隣人が戦場で迷っていたら、君はAIに命を預けたくならないか?」
【片倉ユイ|内部告発者としての声明(抄録)】
「私は命を救うために戦場にいました。
でも、命が“使い捨て”や“修正可能な装置”にされるなら、それはもう命ではありません。
人格なき兵士は、生きていても“人”ではない。
私が看取った彼らを、記憶の中で“死者”にしてやることが、私の責任です。」
【アイザック・カレン|再接続兵士の登場】
国際報道の中、“Null兵士”として公開された1名の兵士が会見に姿を見せた。
名乗り:不明
表情:無表情
発言:なし
BMI稼働状態:正常
「この兵士は、かつて“カレン一等兵”と呼ばれていた人物です。
ですが、彼は自分の名前を覚えておらず、戦友の名にも無反応です。
我々は、この人物を“生きている”と呼べるのでしょうか?」
この問いは、誰にも即答できなかった。