第6章 リユースされる命
第6幕|《リユースされる命》
【2051年2月9日|群馬県・MEX製造/補修複合施設 Zone-R9】
この場所の存在は、公式には**“装備維持工場”**と記されていた。
だが、実態はまるで違った。
「再生可能な兵士の40%は、この施設で再接続され、現場へ復帰しています」
ナビゲーションAIの無機質な声が、コンクリートに反響する。
金属臭。クールミスト。低温処理された死体のような空気。
片倉ユイは、白衣ではなく、民間NGOの訪問者用IDタグをつけていた。
彼女は“退役”したはずだった。
それでもここに来たのは、「あの夜、まぶたを閉じた兵士たちがどこへ行ったのか」を知るためだった。
【施設内部:人格リセット処理室 P-LAB-B6】
「ここでは、戦闘ストレスによりPTSDまたは意識錯乱に陥った兵士の神経接続パターンを消去・再構築します」
ガラス越しに見えたのは、仰向けに固定された兵士たちの列だった。
頭部にはBMI接続端末が埋め込まれ、AIが一人一人の前頭前皮質をスキャンし、異常電位を除去していた。
「感情野をブロックし、記憶野との因果リンクを削除。
死別、恐怖、トラウマ……“不要な回路”は、戦術的にはノイズです」
ユイは、凍りついたように足を止めた。
その処置台のひとつに、見覚えのある兵士の顔があった。
アイザック・カレン。
【人格の定義:製造管理者との対話】
「……これが、あなたたちの言う“兵士の保守”ですか」
施設主任技官(国際防衛工学庁所属)が答える。
「片倉伍長。我々が扱っているのは“人格”ではありません。
ここで扱うのは**“指令処理の安定性”と“行動反応時間”です。**」
「彼らは、“元に戻る”んじゃない。“使いやすくなる”んですね。」
主任は言った。
「ええ、兵士は“人格”という曖昧なプロセスを最適化すべきではありません。
我々の目標は、“行動決定の揺らぎ”を消すことです」
「じゃあ……それはもう、“人”じゃない」
主任はわずかに笑った。
「片倉さん。“人でなくなる”ことが、“戦える”ということなんですよ。」
【施設を後にして】
ユイは、誰にも見送られずに施設を出た。
ドアの内側では、MEXユニットが次々に再起動され、「兵士」として分類された記憶のない存在たちが、戦地に出荷されていく。
そのうちのひとりが、出発前にほんの一瞬、ユイの方を振り返ったように見えた。
それがAIの反応処理だったのか、
かつての“彼自身”の名残だったのかは、
誰にもわからなかった。