第5章 魂なき兵士たち
【2050年10月21日|05:39 JST|セクター9再編戦術準備区画】
コンテナリグ8号棟内部。
プレハブ式の戦術準備棟。薄暗い照明、AI処理室のノイズ音、空調は切れている。
兵士たちは次の掃討任務に向け、MEX-55のチェックを終え、順番に“命令同期手順”へ進んでいた。
そこに、ひとりの兵士が静かに並んでいた。
アイザック・カレン
階級:一等兵(戦術復帰再認定)
識別:個体コード【KAR-5EXA】
※人格認識レベル:Null-α(Emotionless)
「おい……あれ、カレンじゃねえのか……?」
「嘘だろ、あいつ……あいつって……」
「まるで、生きてる人形じゃねえか……」
中隊員たちは動きを止めた。
アイザックの顔は、まったくの無表情だった。
目は動かず、口は開かず、肌には血色がない。
だが、彼のMEXスーツは正常に駆動していた。
BMIとの接続値も「0.94」――**“問題なし”**と表示されている。
《兵士KAR-5EXA、戦闘適格性:確認済。戦術指令への従順性:100%。人格介在的変数:0%。》
「……人格、変数……ゼロって、なんだよ」
誰かが呟いた。
【司令部視点|戦術AI統合コマンドログ】
内部ログ記録:CONFIDENTIAL / Level-9 Access Required
•カレン一等兵は、“完全反応同期型”の**Command-Echo Unit(CEU)**へと認定再分類。
•CEU個体は感情・意思・自主判断を欠くため、**“思考遅延ゼロの兵士”**として、特定作戦に優先配備される。
•利点:恐怖・倫理・記憶・迷いといった干渉因子なし。
•欠点:社会的共感・チーム協調性の欠如。
•処置方針:人格回復措置は保留。非公開規約により公表不可。
【戦場:セクター7工業区|掃討任務中】
アイザックは、前方の遮蔽物を滑るように越えていった。
敵が隠れている場所は、AIがすべて提示していた。
彼は何も言わない。ただ、敵を視認した瞬間に“殺す”動作だけが実行された。
仲間が負傷しても、叫んでも、叫ばれても、彼は振り返らない。
「カレン! 援護を――!」
(反応なし)
AIが補足する:
《兵士KAR-5EXAの優先ルーチンには“仲間の状況変数”が設定されていません。行動最適化を維持中です。》
「……これが最適化かよ……!」
【終章の断片|再起動された戦争倫理】
2051年、UN-JAPAN統治庁は極秘に「PDP法案(Post-Damage-Personnel Operational Doctrine)」を起案。
人格の喪失・変質を伴う兵士に関し、以下を公式化した:
•「身体が生存しており、行動可能である限り、その個体を“兵士”として再認定できる」
•「人格の不存在は、軍事的意思決定上の“欠陥”とは見なさない」
•「社会復帰困難者は、MEX連携戦術群の中で、人格不要な“兵器単位”として再定義可能」