第24章 完全なる兵士(The Perfect Soldier)
【2054年2月9日|05:30 JST|海上要塞トリトン・最上部ヘリポート】
嵐の海上に浮かぶ要塞の頂上。吹き荒れる暴風雨の中、ハン・ロメロと「オメガ」は対峙していた。
オメガの姿は、MEX-55の発展形でありながら、生物的な曲線美を持つ漆黒の機体だ。その動きには、機械特有の硬さが一切ない。まるで流体のように滑らかで、不気味なほど静かだ。
『戦闘行動開始』
オメガが動いた。
速い。瞬きの間に距離がゼロになる。
ハンは反応し、右のパイルバンカーを突き出す。だが、オメガはそれを「最小限の動き」――わずか数ミリの首の傾きだけで回避した。
そして、すれ違いざまにハンの関節の隙間へ、高周波ブレードを正確に突き刺す。
「ガッ……!」
火花と共に、ハンの左腕の制御系が切断される。
「……予測されてるだと?」
ハンはバックステップで距離を取るが、オメガは影のように追随してくる。
右フック、左ハイキック、膝蹴り。
ハンの放つ攻撃は全て、当たる直前に防がれるか、いなされる。
『無駄だ、ハン・ロメロ』
オメガがアイザックの声で告げる。
『私の演算コアには、君とアイザック・カレンの過去の全戦闘データ、および“幻影回路”から抽出した数億通りの戦術パターンが実装されている。君の思考、呼吸、筋肉の収縮……全てが“既知の過去”だ』
ハンは血を吐き捨てた。
「……過去、だとう? 笑わせるな」
彼の脳内で、アイザックのゴーストが焦燥した声を上げる。
『ハン! 逃げろ! こいつは俺たちの“最適解”の集合体だ! お前が正しい戦術を選べば選ぶほど、奴には動きが読まれる!』
ハンは膝をついた。MEXの装甲はボロボロで、警告音が鳴り止まない。
オメガはゆっくりと歩み寄る。その手には、トドメを刺すためのブレードが青白く輝いている。
『感情はノイズだ。恐怖も、怒りも、友情も。それらを排除した私こそが、アイザック・カレンの完成形だ』
「……完成形、ね」
ハンはふらりと立ち上がった。
「テメェは何もわかってねえよ。アイザックが強かったのは、計算が速かったからじゃねえ」
ハンは、自身のMEX-55改のシステムコンソールを操作した。
《Safety Limiter: Disengaged.(安全リミッター:強制解除)》
《Muscle Output: 120%... 150%... Warning: Self-Destruction Risk.》
「あいつが強かったのは……いつだって、“計算の外側”で命を燃やしてたからだ!」
ハンは吼えた。
それは戦術もへったくれもない、ただの自爆覚悟の突進だった。
オメガのAIが高速演算する。
《予測:右ストレート。回避行動C-4を実行。》
オメガは完璧なタイミングでカウンターを合わせる。ブレードがハンの腹部を貫く軌道を描く。
だが、ハンは止まらなかった。
彼は自らの筋肉繊維(人工筋肉)を断裂させるほどの過負荷をかけ、突進速度をさらに加速させた。
「グオオオオオッ!!」
ブレードがハンの腹を貫通する。焼けるような激痛。
しかし、ハンはその痛みすら推進力に変え、更に一歩踏み込んだ。
「……捕まえたぞ、優等生」
『!? エラー。対象の行動、非論理的。回避不能』
オメガのセンサーアイが驚愕に見開かれる(ように見えた)。
ハンの身体はオメガのブレードに串刺しにされたまま、オメガの懐深くに密着していた。
「肉を切らせて骨を断つ……なんてレベルじゃねえ。魂ごと持ってけ!」
「ユイ! 今だ!」
ハンの叫びに呼応し、管制塔からユイがハッキングを仕掛ける。
『Spiders、全開! 食らいなさい!』
ユイはオメガの防御システムに、一瞬のラグ(遅延)を発生させる大量のジャンクデータを流し込んだ。
0.1秒のフリーズ。
その一瞬、オメガの「未来予測」が途切れた。
ハンは、残った右腕のパイルバンカーを、オメガの胸部コア――アイザックの戦闘データが眠る場所へと押し当てた。
「……あばよ。俺たちの亡霊」
ドガァァァァァン!!
ゼロ距離射撃。
タングステンの杭が、オメガの超硬度装甲を粉砕し、その奥にある核を貫いた。
オメガの背中から衝撃波が突き抜ける。
青白い火花と共に、オメガの赤いセンサーアイが明滅し――そして消灯した。
『……任務……完……了……』
オメガはアイザックの声で最期の言葉を漏らし、その膝を折った。
巨体が崩れ落ちる。
ハンもまた、串刺しになったまま、オメガにもたれかかるように倒れ込んだ。
雨音が戻ってくる。
嵐は峠を越し、東の空がわずかに白み始めていた。
「……ハン! ハン!」
ユイが駆け寄ってくる声が、遠く聞こえる。
ハンは薄れゆく意識の中で、空を見上げた。
脳内のノイズが、静かになっていく。
「……へっ、見たかよ、アイザック。……俺の勝ちだ」




