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第22章  孤立する魂(Severed Connection)


【2054年2月9日|04:52 JST|ネオ有明タワー・第72層 構造強化ブロック】


「……ッ!」

突然、ユイが短く悲鳴を上げ、膝をついた。

彼女の耳元の通信デバイスから、脳を直接焼くような激しい高周波ノイズが噴き出したのだ。


同時に、ハン・ロメロの視界(HUD)からも、全ての戦術情報が消失した。

地図、残弾数、敵の位置予測、そして――右眼に宿っていた「アイザックの導き(青い光)」までもが、砂嵐のようなホワイトノイズにかき消された。

《Alert: Wide-Area ECM Detected. Connection Lost.》

「ジャミングだ……! それも、特大のやつだ」

ハンは舌打ちし、自身の義眼を叩いた。反応なし。ただのアナログな視覚があるだけだ。


「ユイ、大丈夫か?」

「ダメ……外部と繋がらない。幻影回路ファントム・サーキットも遮断されたわ。ここは、完全な『電波の暗室』よ」

ユイは青ざめた顔で首を振る。彼女の最大の武器であるハッキング能力が封じられたのだ。

周囲は、建設中の迷路のような鉄骨とコンクリートのジャングル。

照明は落ち、非常灯の赤い光だけが、不気味に点滅している。

その闇の奥から、カツーン……カツーン……と、硬質な足音が響いてきた。

「お出ましだ。……センサーも幽霊も使えねえ。頼れるのは自分の目と耳だけか」

ハンはユイを太い鉄骨の陰に押し込み、指で「静かに」と合図した。

彼はアサルトライフルを背中に回し、コンバットナイフだけを抜いた。


敵はSaintsの「狩猟部隊ハンターキラー」。自律行動に特化した、群れで獲物を追い詰めるタイプだ。彼らはジャミング下でも、独自の有線リンクやハンドサインで連携できる。

(数は3……いや4か。音響センサーの感度は最大のはずだ)

ハンは足元に転がっていたボルトを拾い上げた。

そして、自分たちがいる場所とは反対側の、遠くのダクトに向かって全力で投擲した。

カアンッ!

乾いた金属音が響く。

闇の中の気配が、即座に反応した。赤いセンサーの光が、音の発生源へと向く。

「……かかった」


ハンはその隙を見逃さなかった。

音を殺して疾走。

背後から、最後尾にいた敵兵士に忍び寄る。

ナイフを逆手に持ち、装甲の継ぎ目――脇の下の放熱スリットへ突き立てる。

「……ッ!」

敵が声を上げる暇もなく、ハンはナイフを抉り、動力パイプを切断。そのまま音もなく崩れ落ちるボディを支え、床にそっと置く。

(残り3)

だが、敵のAI学習速度は速い。

仲間の信号途絶ロストを感知した瞬間、残りの3機が即座に「背中合わせの円形陣形」を組み、全方位への射撃体勢を取った。

隙がない。近づけば蜂の巣だ。

「チッ、機械仕掛けにしちゃあ、賢いじゃねえか」

ハンは柱の陰で息を潜めた。


正面突破は不可能。飛び道具も、銃撃音で位置がバレるためリスクが高い。

ユイが震える声で囁く。

「ハン……どうするの? 私のジャックが使えれば、彼らの視覚を誤魔化せるのに……」

「いいや、今の俺たちには『最強の武器』がある」

ハンはニヤリと笑い、足元にあった消火用スプリンクラーの配管を見上げた。

「……アナログ(物理)だ」

ハンは腰のポーチから、プラスチック爆薬(C4)の小さな塊を取り出した。

起爆装置は無線が使えないため、時限式の信管をセットする。設定時間は5秒。

彼はそれを、敵の頭上を通るスプリンクラー配管へ向かって放り投げた。

爆薬は磁石で配管に吸着。

ハンはユイを抱え込み、伏せた。


「耳を塞げ!」

5、4、3、2、1。

ズドン!!

爆発が配管を引き裂く。

だが、噴き出したのは水ではない。

このブロックは建設中のため、配管には「高圧蒸気スチーム」が通っていたのだ。

シューーーーッ!!

猛烈な白煙と熱気が通路に充満する。

Saintsの兵士たちの熱感知センサー(サーモグラフィー)が、突如として発生した高温の蒸気幕によって真っ白に塗り潰される。


《Visual Error: Whiteout.》

「今だ! 奴らは今、目隠しされた状態だ!」

ハンは蒸気の中に飛び込んだ。

敵は闇雲に発砲するが、熱源だらけの蒸気の中では照準が定まらない。

ハンは記憶していた敵の位置へ、迷いなく肉薄する。

一機目の脚をローキックで粉砕し、バランスを崩したところへナイフを首に突き立てる。

二機目が反応して銃口を向けるが、ハンはその銃身を手で掴み、自分ごと回転させて敵の懐へ飛び込む「体術」で投げ飛ばす。

三機目は、投げられた仲間と激突し、転倒。


ハンはその上に馬乗りになり、ナイフではなく、ナックルで敵のメインカメラを何度も殴打した。

ガンッ! ガンッ! バキィッ!

「センサーに頼るから! 自分の目が! 曇るんだよ!!」

レンズが砕け、オイルが飛散する。

最後の敵が沈黙したとき、ハンは荒い息を吐きながら立ち上がった。

蒸気が晴れていく。

そこには、ハイテク兵器の残骸と、オイルに塗れた一人の「人間」が立っていた。

「……ハン」

ユイが柱の陰から出てくる。


「やったのね。……アイザックの助けなしで」

「ああ。……アイザックの奴、俺が一人でやれるか試したんじゃないだろうな」

ハンは皮肉っぽく笑い、血とオイルを袖で拭った。

「だが、これでわかった。俺の身体は、俺のものだ。アイザックのデータがなくたって、戦い方は身体が覚えてる」

ハンは、自身の胸を拳で叩いた。


そこにある鼓動は、データではなく、熱い血潮によるものだった。

「行こう。このジャミングの元凶を叩く。……そうすりゃ、またあのお節介な幽霊とも話せるだろ」

二人は、静寂を取り戻した通路を、上層へと向かって歩き出した。

彼らの背後には、物理的な罠と、原始的な闘争本能によって破壊された最新鋭ロボットの山が残されていた。


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