第20章 多脚戦車の悪夢(Spider Tank)
【2054年2月9日|04:18 JST|ネオ有明タワー・第50階アトリウム】
「警告:接近弾、多数! 回避行動を推奨!」
ハン・ロメロの視界(HUD)が、赤一色の警告色に染まる。
轟音。
毎分4000発の速度で回転する20mmガトリング砲が、アトリウムの白い大理石の柱を豆腐のように粉砕していく。
「チッ、品のないバラ撒き方だ!」
ハンは床を滑るようにスライディングし、粉砕される柱の残骸を盾にして駆け抜けた。
頭上を曳光弾が通過し、背後の壁が蜂の巣になる。
敵はMAMCO製自律多脚戦車『タランチュラ(Tarantula)』。
重戦車並みの装甲を持ちながら、4本の脚で壁や天井を自在に移動する、市街地制圧の悪夢だ。
【タランチュラ視点(AI処理ログ)】
《Target: Hostile Cyborg x1. Type: High Mobility.》
《Action: Missile Pod Launch. Pattern Delta.》
タランチュラの背部ポッドが開く。
シュババババッ!
小型誘導ミサイル(マイクロミサイル)6発が発射され、白い煙の尾を引いてハンに殺到する。
「ユイ! ハッキングはどうだ!? このままじゃミンチだぞ!」
ハンは叫びながら、腰のマウントから「チャフ・グレネード」を引き抜き、足元に叩きつけた。
銀色の金属片が煙幕のように広がり、ミサイルのレーダー誘導を攪乱する。
爆発、爆発、爆発。
衝撃波がハンを吹き飛ばすが、MEX-55改の姿勢制御スラスターが空中で作動し、彼は猫のように着地した。
【アトリウム隅・サーバールーム陰|片倉ユイ視点】
ユイは物陰に身を潜め、震える指で携帯端末を操作していた。
彼女の意識は、タランチュラの制御系(FCS:火器管制システム)にダイブしている。
「硬い……! こいつの防壁(ICE)、軍艦並みよ!」
仮想空間の中で、タランチュラのAIは巨大な鋼鉄の蜘蛛として具現化していた。ユイが放つウイルスコードを、蜘蛛の足が次々と踏み潰していく。
「停止させるのは無理。でも……処理落ち(ラグ)させることなら!」
ユイは戦術を変えた。
制御を奪うのではなく、膨大なジャンクデータを送りつけ、敵のCPUに過負荷をかける「DDOS攻撃」だ。
送り込むデータは――かつてZone-K8で収集した、Null兵士たちの「叫び声」の音声データ数万時間分。
「食らいなさい! 私たちの痛みを!」
【現実空間・アトリウム】
タランチュラの動きが、一瞬だけ鈍った。
ガトリング砲の追尾が、ハンの動きよりワンテンポ遅れる。
「……今だ!」
ハンはその隙を見逃さなかった。
彼は逃げるのを止め、壁に向かって走った。
磁気吸着ブーツの出力を最大へ。
「重力なんて知ったことかよ!」
ハンは垂直な壁を駆け上がり(ウォール・ラン)、天井に張り付いているタランチュラと同じ高さまで跳躍した。
敵AIが反応する。
《Error: Targeting Delay 0.5s. Recalculating...》
遅い。0.5秒の遅延は、近接戦闘(CQC)においては永遠に等しい。
ハンは空中で身体を捻り、タランチュラの装甲の上に飛び乗った。
「ここなら大砲は撃てねえだろ!」
タランチュラが暴れ、脚を振り回してハンを振り落とそうとする。
ハンは左手の義手でセンサー・アンテナを鷲掴みにし、しがみつく。
そして、右手の「切り札」を構えた。
右腕のアサルトライフルをパージ(強制排除)。
その下から現れたのは、建設機械用の油圧杭打ち機を転用した、対戦車用パイルバンカー(Pile Bunker)。
射程距離ゼロメートル。だが、その貫通力は戦車の装甲をも穿つ。
「ユイ、ロック解除!」
『リミッター、オールグリーン!』
タランチュラの「単眼」センサーが、至近距離でギョロリとハンを睨む。
ハンはニヤリと笑った。
「眼科検診の時間だ」
ドォォォォォォォォォォォン!!
炸薬式のカートリッジが起爆。
超硬タングステンの杭が、音速で射出される。
タランチュラの強化ガラス製のセンサーアイが粉々に砕け散り、その奥にあるメインCPUユニットごと貫通した。
「ギ……ギギ……」
巨体が痙攣し、駆動音が断末魔のように高音になる。
ハンは杭を引き抜き、タランチュラの背中から飛び降りた。
ズズーン!!
天井から剥がれ落ちた多脚戦車が、アトリウムの床に激突し、黒煙を上げた。
「……ふぅ」
ハンは着地し、肩のアクチュエータからシューッと排熱蒸気を吐き出した。
《右腕損耗率:45%。パイルバンカー弾数:0》
ユイが物陰から駆け寄ってくる。
「ハン! 大丈夫!?」
「ああ。だが、派手にやりすぎた。館内の警備兵が総出で来るぞ」
ハンは残骸と化したタランチュラを見下ろした。
「だが、道は開いた。……行くぞ、このタワーの心臓部へ」
彼は瓦礫の中からアサルトライフルを拾い上げ、まだ熱い銃身に新しいマガジンを叩き込んだ。
その背中で、タランチュラが小規模な爆発を起こし、完全に沈黙した。




