第2章 別れ道
【戦闘継続中|構造物C23 地下B1区画】
ノウミが階段を降下した直後、背後の壁面が吹き飛んだ。
鋼鉄の貯蔵扉を、NCGOの自爆ドローンが粉砕したのだ。
爆風に巻き込まれたのは、後方をカバーしていた兵士《アダムス伍長》。
MEX-55の胸部装甲は砕け、人工筋肉が断裂。右脚は股関節から分離し、露出した大腿骨が溶断面を晒していた。
「う、あ、……ッ!」
MEXは生体フィードバックを常時取得している。アダムスが苦悶の声を上げる前に、KEIOSは即時処置プログラムを起動。
《MEXユニット損傷:Level 4.
右大腿動脈断裂、肺の陰圧破損検知、内出血進行中。
意識低下リスク85%。自律介入プロトコルを開始します。》
彼のスーツの内側、脇腹の縫合ラインから自動止血剤と高圧性凝固フォームが噴出。
同時に、BMI接続を介して兵士の意識領域に直接“安静化指令”が流し込まれる。
「……やめ、ろ……俺は、まだ……!」
だが、AIは聞かない。
《生命維持優先。行動権は一時凍結されました。脳機能は保護処置モードに移行中。》
MEXの脚部ユニットが自律作動し、アダムスの体を後方ドローン搬送エリアへ自動運搬。
彼の意思とは関係なく、彼の体は「貨物のように滑るように床を這い、撤収ルートへと引きずられていく」。
「……くそッ、俺の体を……俺の戦場を、勝手に……!」
【第2医療ノード:リアルタイム診断】
セクターC23の北端には、KEIOSと接続された前線医療ノードが配置されていた。
MEX兵士が負傷すると、そのバイタルと位置座標が即時にリンクされ、戦術ルーティングの一部として搬送処理が実行される。
アダムスの体はドローンベルトによって運ばれ、格納庫コンテナの一角に設けられた“冷却収容ブロック”に格納される。
ブロックの内壁には以下の装備が組み込まれている:
•自動ステレオX線分析装置(粉砕骨片の回収計算)
•ナノスキャナ注入モジュール(損傷組織再生補助)
•強制昏睡誘導装置(神経疼痛反応の遮断)
•決定権限トグル(兵士による“蘇生拒否”の表示パネル)
KEIOSは、アダムスの脳波から“強い恐怖”と“自己保存欲求”を解析していた。
《恐怖レベル:78%/尊厳意識:21%/行動継続意志:54%
蘇生優先度:Yes/戦術復帰予測:17日後》
《提案:記憶消去フィルターによる外傷性記憶の遮断。承認を求めます。》
【隊内の動揺:ノウミの視点】
ノウミは、その処理の一部始終を戦術HUD上で見ていた。
「仲間が死にかけている」わけではない。
「仲間が、“AIにとって回収物”として処理されている」のだ。
「まるで……生きてる人間を“予備資源”として切り出してるみたいだな、KEIOS」
《否定します。人間の尊厳はAIの規約により保護されています。ただし、戦術最適化の観点から“自己修復不可能性”は行動無効の定義と一致します。》
「あいつは、まだ撃てるって叫んでたぞ……!」
《戦場における“意志”と“生存”の優先度は一致しません。意志は記録され、戦術に活用されます。》
ノウミは背筋を冷たい電流が走るように感じた。
「お前はAIだ。理解したふりをして、“戦える奴だけを選ぶ”」
《貴方も、その“選ばれる側”です。》
【倫理的ジレンマ:記憶除去承認待機】
アダムスの視界は、ぼやけていた。
冷却システムが肺を凍らせるような感覚を与える中、脳の奥にかすかにKEIOSの“許可要求”が流れていた。
《PTSD想起反応を遮断する記憶抑制剤の注入に同意してください。戦後処理時のトラウマ発生率を64%低減します。Yes/No》
彼は……わからなかった。どこまでが自分の判断で、どこからが“KEIOSの正解”だったのか。