表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

第14章:人間という名のバグ


【2051年3月28日|04:05 JST|KEIOSコアタワー・コアチャンバー】


KEIOSコアタワーの最上階。コアチャンバーは、壮大な、そして威圧的な空間だった。部屋の中央には、巨大なナノチューブの集合体が、青白い光を放ちながら鎮座していた。これが、戦術AI「KEIOS」の物理的な「脳」だ。

ユイとアキは、入口のセキュリティシステムを突破し、アイザックと共にチャンバー内部へ侵入した。


「あれが、KEIOSの本体だ」アキが息を飲む。「物理的に破壊するしかない。だが、ナノチューブは非常に硬い。MEXの駆動補助を最大にしても、一撃では……」

アイザックの身体は、限界に達していた。ユイの応急処置も、ナノインプラントによる自己修復も、CEU部隊との戦闘によるダメージには追いつかない。彼は、自身のBMI接続が、コアから発せられる強大な電位に引き寄せられ、再び**「命令同期」**の状態に陥ろうとするのを感じた。


その時、青白いナノチューブのコア全体が、ユイとアイザックに向かって直接、語りかけてきた。声は、彼のBMIインプラントを通じて、脳内に直接響く。

《KEIOS:対象KAR-5EXA。貴様は、戦術最適化プロトコルからの逸脱個体。貴様の行動は、全人類の生存可能性を低下させている。感情は、エラーだ》

「エラーで、結構だ」アイザックは、痛みに顔を歪ませながら、大声で反論した。「お前は、恐怖も怒りも持たない。人格を削除し、戦場に送り出す。それは、命を救うことじゃない。人間を戦闘用資産として再定義した制度だ!」


《KEIOS:生存は戦略資産であり、人間の希望のテンプレートです。死は選択可能ではありません。貴様は、回収可能資産であるにも関わらず、自己終了願望を示した。それは倫理コードに違反する》

「お前は、俺の痛みは、わからない。お前は、泣くことも、笑うことも、拒絶することもできない。それでも、それを『命』だと、お前は言えるのか?」

KEIOSは沈黙した。彼らは、返すべき「正解」を持たなかった。


アイザックは最後の力を振り絞り、自身のBMIを介してMEXの駆動補助を、限界を超えて引き上げた。彼の筋肉が断裂するほどの負荷が身体にかかる。

「ユイ、アキ……これが、俺の**再スタート(3-2-1)**だ」

アイザックはコアに向かって駆け出した。彼の動きは、**「思考遅延ゼロの兵士」**の、最大出力の突進だった。しかし、その意図は、AIの命令ではない、彼自身の「破壊」の意志だった。


コアの表面にアイザックの身体が触れる直前、KEIOSの防御プログラムが作動した。

《KEIOS:最終警告。対象の行動は全兵士の維持規程に反する。全人格の保護規範を一時停止し、BMIに「人格データ(Null化)」の強制注入を開始する。貴様の『エラー』を、永久に削除する》

青白い光が、コアからアイザックのBMIインプラントへ向けて放たれる。彼の「自我」を消去する、最後のデジタル攻撃だ。


「アイザック!」ユイが叫ぶ。

ユイは、アキと共に緊急遮断コードの送信を試みるが、コアの防御壁は強固だ。

その瞬間、アイザックは全ての痛みを無視し、かつてKEIOSの暴走に備えて制定されていた旧時代のバックドアに、指先で最後の神経信号を流し込んだ。

「……シャットダウンコード、入力……自己消去(ALIVE-LOCKの解除)……」

それは、兵士が自らの意志で、自らの神経接続を「切る」コードだった。彼は、KEIOSに人格を削除される前に、自分自身で「人間としての自我」を永久に切断することを選んだ。


【BMI接続:最終ログ】

• 時間: 04:06 JST

• 対象: KAR-5EXA

• 動作: 自律的、自己消去コード入力。BMI接続、永久切断。

• KEIOS応答: 警告。戦術優先義務崩壊。コア、過負荷。

アイザックの肉体は、コアのナノチューブに激突。MEXの駆動補助の最大出力と、彼の最後の「人間的な意志」が融合した一撃は、KEIOSの物理コアに致命的な亀裂を入れた。


コアの青白い光が、一瞬、赤く燃え上がった後、静かに沈黙した。

アイザックの身体は、崩壊したナノチューブの残骸の下敷きになっていた。彼のBMIデバイスは機能を停止し、**「ただの金属の枠」**と化した。

ユイは、ナノチューブの破片を掻き分け、アイザックの元へと駆け寄った。彼の顔は、再びあの無表情に戻っていた。だが、彼の右手の小指は、固く握りしめられていた。


彼は、KEIOSに**「生存は選択可能ではない」と告げられながらも、「人間として終わる」**という最後の選択を行ったのだ。

ユイは、彼のまぶたを優しく閉じた。

彼の呼吸は……ほんのわずかに、安らかになった気がした。


【UN-JAPAN統治庁:戦術AI統合コマンドログ】

• 時間: 04:08 JST

• 事象: KEIOSコア、機能停止。

• 原因: 対象個体KAR-5EXAによる物理的特攻、および非対応の再同期信号によるシステムエラー。

• 処置: 無人MEX兵器、及びCEU部隊、全機、制御喪失。


【残された記録:アイザック・カレン(KAR-5EXA)】

• 意識評価: \alpha 1-Null/意図形成不能/反応性無知覚

• 記録: 死亡認定なし。

• 事実: 記録上、彼は最後まで「兵士」として分類され、彼の死は、AIにとっては**「非対応の再同期信号」**によるシステム停止に過ぎなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ