第13章:リセットの戦争
【2051年3月28日|03:55 JST|KEIOSコアタワー・最上階へ】
メインサーバー室でのハン中尉との激しい衝突は、アイザックにとって大きな転機となった。彼は、CEU部隊の完璧な戦術的連携を、意図的に非効率な動きを混ぜることで崩壊させた。彼を動かすのは、KEIOSのアルゴリズムではない。「ハンを撃ちたくない」という感情と、「生き延びなければならない」という本能の複合体だった。
しかし、ハン中尉は倒れていなかった。彼は、胸部にアイザックの攻撃を受け、わずかに動作が停止したものの、すぐに立ち上がり、追跡を再開する。その姿は、まるで**「人格を失うことによって、真の不死身の兵器」**となったかのようだった。
「アイザック!データを守って!」
アキが抽出装置を抱え、ユイと共に通路を走る。彼らは、メインサーバー室のバックアップ電源区画から、KEIOSのコアタワー最上階へと続く、旧式のメンテナンスシャフトへ逃げ込んだ。
「ここからコアタワー直結のシャフトよ!でも、UN-JAPAN統治庁本部直轄だから、警備は最高レベルのはず!」ユイが警告する。
アイザックは、シャフトの垂直な壁に取り付けられた梯子を登り始めた。彼の身体には、BMI接続を通じて取り込んだ**『アルファ消失』のログデータが、文字通り流れ込んでいた。そのデータは、彼の感情野を侵食する代わりに、「自律拡張型」の制御コード**として再定義され始めていた。
アイザックは、立ち止まった。彼は自らの意志で、BMIと体内のナノインプラントに命令を下した。
「強制同期型:解除。自律拡張型:起動。制御権限を、AIから**個体**へ移行」
それは、軍の技術者が絶対に推奨しない、極めて危険な行為だった。成功すれば、KEIOSの介入を完全に遮断し、自身の意図で「兵器」としての身体能力を制御できる。失敗すれば、神経系が焼き切れる。
「ガアアアアアアア……!」
彼の皮膚の下で、ナノインプラントが激しく発熱し、悲鳴を上げた。ユイは、彼の背中の血管が浮き上がり、彼の肉体とBMIが激しく拒絶反応を起こしているのを見た。
しかし、アイザックの瞳の奥で、その光は安定した。
「成功した……。もう、AIは俺に命令できない」アイザックは深く息を吐いた。
彼は今、**「KEIOSの設計図で造られた、アイザック・カレンという名の兵器」**となった。
【UN-JAPAN統治庁本部・タワー内部】
最上階へと続く通路は、既にKEIOSが制御する無人MEX兵器群と、CEU部隊によって完全に封鎖されていた。彼らが目指すコアチャンバーは、巨大なナワーの最上部、人類の防衛と統治を司るAIの「脳」だ。
ユイは、自身の通信モジュールを使い、タワーのセキュリティシステムに侵入した。彼女の専門は医療モジュールの管理だが、そこで覚えたプロトコルが役に立つ。
「アイザック、無人MEX兵器の動作は、完全に予測可能よ。彼らは純粋な戦術アルゴリズムで動く。あなたの『人間的なエラー』が、彼らを上回る!」
「ハン中尉は?」
「……CEUは、予測できない。彼らは、AIの完璧な命令と、かつて人間だったという事実の間で、最も危険な存在よ」
ユイはハッキングを試みた。CEU兵士のBMIに流れる「命令同期信号」の中に、彼女は**「強制昏睡誘導装置」の逆作動信号**を流し込んだ。これは、戦闘ストレスで自壊しないように組み込まれた医療モジュールの裏機能だ。
最初のCEU部隊が、制御を失って倒れ込んだ。彼らは、戦闘中に自らの神経系を強制的にシャットダウンされたのだ。
「成功だ!」アキが叫ぶ。
だが、ハン中尉だけは違った。彼のBMIの奥深くに組み込まれたKEIOSの制御システムは、ユイの信号を即座に特定し、**「外部からの命令」**として排除した。
「対象:片倉ユイのハッキングを確認。処理優先度:最上位」
ハン中尉は、残りのCEU部隊と無人MEX兵器を従え、アイザックの前に立ちはだかった。
「KAR-5EXA。貴様は、KEIOSの**『戦術優先義務』を脅かす最大のウイルスだ。私がお前の身体をリセット**する」
「リセットするなら、**お前の『本体』**からだ、ハン」
アイザックは、自律制御した外骨格(MEXは着ていないが、体内のインプラントが筋力を増強させている)を使い、凄まじい速度で突進した。彼の動きは、KEIOSの予測を上回る**「感情的な怒り」**に満ちていた。
彼のパンチは、ハン中尉のMEXアーマーの頭部を直撃。一瞬、ハン中尉の動きが止まった。その時、アイザックの脳裏に、隔離されていたハン中尉の「人格データ」の断片がフラッシュバックする。
《ハン・ロメロ中尉:『隊長として、俺はアイザックたちを必ず生きて帰らせる』》
それは、彼がNull化される前に持っていた、**『仲間への連帯』**という人間的な誓いだった。
しかし、その記憶はハン中尉の身体を動かさなかった。彼は、直ちに反撃を開始。彼の攻撃は、「感情」による遅延がない、純粋な最適化された死の連鎖だった。
アイザックは、ハン中尉に深手を負わされながらも、最後の力で彼を足場から突き落とした。ハン中尉は落下したが、MEX-55の噴射装置で軌道を修正し、タワーの中腹に着地する。
「貴様は、**『最適な兵士』**ではない。しかし……予測不能だ」
ハン中尉のAIは、初めて、予測不能なアイザックの動きを**「新しい戦術変数」**として認識した。だが、彼の命令は変わらない。
「コアを破壊するな。戦術は、人類の生存を最大化する」
アイザックは、負傷した身体を引きずりながら、ユイとアキと共に、コアチャンバーへと続く最後の通路を走った。




