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最終話 解放

 霞む視界に、蝋燭の明かりに照らされたコスタの顔がぼんやりと映っている。

 乾ききった喉からは、もう声を出すこともかなわない。

 はっきりとわかるのは、横たわる俺の左手を握るコスタの手の感触だけだった。


 ありがとう。愛してる。そんな言葉はこれまでに何度も伝えたが、まだまだ伝えきれていない言葉がたくさんあるような気がする。


 なあ神様よ。コスタを失ってから、俺はずっとあんたを恨み続けてきたが……あんたが最後に与えてくれた奇跡、悪くなかったぜ。

 ただ、あと一日でもいいから、コスタと同じ時を過ごしたかった。これは、俺のわがままなのだろうか。

 もし、コスタがこのまま召喚獣としてこの世にとどまり続けるならば……俺も召喚獣になって一緒に戦ったりしたら楽しそうだよな。

 なあ神様よ。まだ俺たちの物語に興味があるなら、考えておいてくれ。

 どんな形でもいい。また俺とコスタと……そしてカルヴァと三人で一緒に……。


 ぼやけた視界の中のコスタが、青白い光に包まれる。

 これは召喚を解き、元の世界に還る時の……そうか、もう、終わりなのか。


「あ……し……て……」


 最期に一番伝えたい言葉をなんとかしぼり出そうとしてみたが、やはりうまく出すことが出来ない。

 しかし、これだけで十分伝わったのか、最期にコスタは静かに唇を重ねてきた。

 

 互いの存在が消えるまでのごくわずかな間。けど、俺たちにはそれだけで十分だった。




♢ ♢ ♢ ♢




 一体あれからどれ程の時が流れたのだろう。

 目まぐるしく季節が廻る中で、あたしはずっと研究に明け暮れた。


 最初の目標は、召喚獣の固定。

 【主従の指輪】という魔道具を召喚獣に装着させることにより、完全に固定化に成功させる。

 この研究には指輪の調達も含めおよそ十年かかった。


 そして次に(おこな)ったのが、姉さんの捜索。

 自分でも何度もスケルトンを喚び出してみたけど、姉さんどころか元人間っぽい個体なんて一向に出てこなかった。

 仕方がないのでペル兄から聞いていたゴシップ本の情報を頼りに、新人の召喚士達の協力を仰ぎ、初めてスケルトンを召喚する場面に立ち会わせてもらう。


 数十回の立ち合いを重ねた後、先に出てきたのがスケルトンとなったペル兄だったのは僥倖だった。


 あたしが【主の指輪】を、ペル兄が【従の指輪】をつけることにより、いつでもペル兄を喚び出せるようになる。本当は呪いの魔道具なんだけどね、これ。

 召喚獣がこちらの世界の物を持ち帰ることは本来できないはずなんだけど、一度つけると外せなくなるという呪いが召喚獣にも適応されるとは意外だった。


 なんとなく予感はしてたけど、ペル兄まで召喚獣になるなんて……ほんと、バカよね。


 他にも元人間らしきスケルトンが何度か出てきたけど、うまく意思疎通ができない事が多く、召喚士にとっても危険なので仕方なく召喚を解かせた。


 それからさらに立ち合いを重ね、とうとう姉さんにも会うことが出来た。

 指輪をつけてもらい、いよいよ対面の時。


 最高位の召喚士にしか使えない秘術、【二重召喚】で、同時に二体のスケルトンを召喚する。

 喚び出したのはもちろん姉さんとペル兄。

 お互いの姿を確認するなり、抱き合って歯をカチカチぶつけ合っちゃって見ちゃいられなかったわね、全く。

 ここに至るまで、さらに十年かかってしまった。


 そして最終段階。二人の魂を召喚獣から解放する研究を開始。


 研究の傍ら、魔力の許す限り二人を喚び出してはイチャイチャさせてあげた。

 二人とも、お礼にと料理や掃除なんかをしてくれた。

 ペル兄に召喚獣の世界の事を聞いてみたが、どうやらそんな世界は存在しないらしく、召喚を解かれている間の事は記憶にないみたい。

 

 三人で過ごす時間は鬱陶しくもあるが穏やかで楽しくもあり、このままの方が幸せなのかな、とも思ったりした。

 だけど、あたしが死ぬまでにこの研究を完成させなければ、おそらく引き継いでくれる人はいないと思ったので、頑張ることにした。

 基本的に召喚士は、召喚獣を戦闘の道具としてしか見てないからね。……実はあたしもそうだったんだけど。


 この研究にはやたらと時間がかかり、気付くとあたしは八十歳のおばあちゃんになっていた。

 泣く子も黙る召喚士の最高権力者、サモンマスター。それが今のあたしの肩書だった。


 やれやれ、もっと面白おかしな人生を送る予定だったのに、あの二人のせいで随分と割を食ったわね。それなりに楽しかったからいいけどさ。さて……。


 無駄に広い屋敷の、無駄に広く無駄に装飾された自室。

 無駄に豪華なローブを身にまとい、そこにあたしは立っていた。


 本当はペル兄の住んでいたあの小屋でやりたかったけど、大分前に朽ちてボロボロになっちゃったのよね。

 こんな豪華な部屋より、質素なあの家のほうがずっと居心地がよかったわ。


 派手に装飾された杖を構え、姉さんとペル兄を召喚する。

 二人は互いに見つめ合った後、寄り添い、手を握り合う。


「前回説明した通り、今から二人の魂を解放するけど……大丈夫? 後悔はない?」


 その言葉はまるで、自分に言い聞かせているようだった。


 三人で過ごす時間はあたしにとってかけがえのないものだった。

 それが、長年の研究であみ出した、回復魔法と召喚魔法を混ぜた特殊な魔法を唱えることで、一瞬で終わってしまう。

 

「……」


「どうしたの? ペル兄」


 ペル兄が右手を動かし、何か書く物はないか、というような動きを見せる。


「ああ、それなら後ろの机に置いてあるわ」


 そう教えると、ペル兄が机の上に置いてある便箋にサラサラと文字を書き始めた。

 ひとしきり書き終えると、あたしの前までやってきて、便箋を掲げて見せる。


『カルヴァ。長い間、本当にありがとう』


「何よ今更。お礼ならもう散々受け取ったからじゅうぶんよ」


 続けて二枚目の便箋を見せつけてくる。


『苦労をかけすぎて、君も俺たちのような見た目になってしまったね』


「……やかましいわ、この!」


 召喚士の杖でペル兄の頭を叩くと、ポコンと小気味の良い音が部屋に響いた。


「ったく。顔も首も手もしわしわ。抜け毛も増えちゃってさ。女ざかりにも研究研究で結婚もせず。二人のおかげで人生踏み外したわよ」


 そう言うと、二人ともしゃれこうべを垂れてしゅんとなる。


「冗談よ。あたしが本気でそんな風に思っているとでも?」


『うん』


「こいつ!」


 ポコンッ


「なんであらかじめ『うん』なんて文字を用意してあるのよ……まったく」


 今まで数えきれない程こんなやりとりをしてきたけど、これが最後なのかと思うと涙腺が緩む。


『君のおかげで、俺たちはたくさんのかけがえのない時間を過ごすことが出来た。本当に感謝してもしきれない』


「あたしもそれなりに楽しかったわよ。はっきり言って、自分の人生にそれほど後悔はしていないわ」


 気づくと、いつの間にか姉さんがペル兄の右隣りに立ち、こちらに向けて便箋を掲げている。


『まってる カルヴァを わたしたち むこうのせかいで』


 便箋にはたどたどしい文字でそう書いてあった。

 そう、姉さんはわずかな時間を使って文字を勉強し続け、簡単な読み書きができるようになったのだ。


「むこうのせかいってあの世の事よね。あたしもさっさと死ねって事かしら」


 ちょっと意地悪く言うと、姉さんが慌てて首を勢いよく横に振る。


「……今の冗談はちょっと良くなかったわね。ごめん。でもまあ、遅かれ早かれよね」


 そう言うと、二人ともどう返すべきかわからずおろおろしている。


「ふふ。……それじゃ、お二人さん。そろそろお別れの時間よ。少し離れて、あたしの正面に立ってちょうだい」


「……」

「……」


「どうしたの?」


 そう問いかけると同時に、二人があたしに抱き着いてきた。


「っとと……ちょっと、気を付けてよ。あたしもう足腰弱ってるんだから」

「……」


 あたしたちは、そのまましばらく抱擁を続けた。

 感触は冷たいけど、この世のどんなものよりも温かな抱擁を。


 


「あたしの大好きな人たちの魂を、召喚の呪縛から解き放ちたまえ。……リベタス――」


 呪文を唱えると、手を取り合った二人の体が淡い白光に包まれる。

 普通に召喚を解いた場合、青い光が出るので呪文は成功したとみて良いだろう。


「さよなら、姉さん、ペル兄。もう召喚獣になっちゃだめよ」


「……」

「……」


 困ったように頬をかき、やがてこちらに向けて小さく手を振りながら、手を取り合った二人の姿は光に溶けて静かに消えて行った。

 それと同時に二つの指輪が床に音を立てて転がる。

 

「ふぅーーー……終わった、わね」


 これまで過ごしてきた人生の中で、最も深いため息をつき、近くにあった無駄に豪華なベッドの上に仰向けに倒れ込む。

 

「やれやれ……。後任も決めてあるし、思い残すことはもうないわね。……あまり二人を待たせるのも悪いし」


 のそりと身を起こすと、虚空に杖を構え、呪文を唱える。


「……我が呼びかけに応え、深淵の闇よりその姿を現せ。出でよ……スケルトン」

 

 魔法陣と共に、召喚獣スケルトンが現れる。

 こちらを見ているのか見ていないのかわからない様子で、その場に立ち尽くしている。

 

「一応聞いてみるけど、あなた元人間じゃないわよね?」

「……」


 こちらの問いかけに反応することなく、命令を待つ人形のように静かにゆらめいている。

 どうやら本来の召喚獣で間違いないようだ。


「悪いけど、しばらくそのままでいてちょうだい。じきに魔力も切れるから」


 再びベッドに身を横たえ、目を閉じると、これまでの記憶が鮮烈によみがえってくる。

 

 妻を失い、自分をも見失った馬鹿な男をなぐさめているうちに、その男を好きになってしまったこと。

 何度かアプローチしてみたが、男の中の姉の存在が大きすぎて諦めたこと。

 愛する二人の為に、自分の人生の全てを捧げた馬鹿な女がいたこと。

 

「……あたしって、けっこう一途だったのかしら」


 全身からゆっくりと力が抜けていくのを感じる。

 三十歳のペル兄と八十歳の自分ではさすがに生命力の残り具合が違うようだ。


「……神様。来世というものがあるなら今度こそ……二人を幸せに……。ついでに……あたし……も……一緒に…………」


「…………レディトス!!」


 横たわったまま呪文を唱え、スケルトンの召喚を解く。


「……危ない危ない。こんなのあたしらしくないわよね。歳食うと身も心も弱るから嫌だわ……」


 あたしにはまだ出来ることがあるはず。

 もし、未練なんて残して逝ったらあたしもスケルトンになってしまうかもしれない。

 そうね……残りの人生を使って、未練を残して召喚獣になっちゃった人達をなんとかしてあげましょうか。

 

「今ので貴重な寿命をどれくらい使っちゃったかしら……まったく、ばかばかしいったらないわね」




 ――ぶつぶつとつぶやきながら、カルヴァはおぼつかない足取りで自室を後にした。


 その後、八十八歳でその生涯を閉じるまで、召喚獣の研究や、後進の育成に熱心に取り組み続けた。

 カルヴァ亡き後、その意思を継いだ召喚士達により解呪の魔法が広められ、元々人間だった召喚獣の解放運動が各地で行われ始めたという。


 自身をペルヴィス、コスタ、カルヴァと名乗るスケルトンに遭遇したという記録は残っていない。



ーおわりー

お読みいただきありがとうございました。

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