第三話 覚悟
「あーあ……久々に泣いたわ」
「ああ、俺も昨日散々泣いたよ。今もだけど」
目と鼻を赤くした俺とカルヴァが、鼻をすすりながらコスタを囲む。
「で、なんで姉さんがスケルトンに? ペル兄、ネクロマンサーにでも転職したわけ?」
「はは、違うよ」
ネクロマンサーは死者や死霊を使役する職業で、世間からはあまり良いイメージを持たれていない。
中には亡くした大切な人を蘇らせるためにネクロマンサーになる人もいるらしいが、俺はコスタの安らかな眠りを邪魔する気にはなれなかった。まあ、結果的に全然安らかではなかったのだが。
「実はな……スケルトンを召喚したらコスタが出てきたんだ」
「……は?」
カルヴァの表情が途端に険しくなる。
「すごいだろう。記念すべき初召喚でいきなりだぜ。こりゃもう運命というか……あ、そうそう。昨日図書館で……」
「ちょっと待って。召喚って……いつの話?」
「……二日前だ」
俺がそう言った瞬間、カルヴァが勢い良く立ち上がり、両手をテーブルに叩きつける。
「馬鹿っ!! 今すぐ召喚を解きなさい!!」
突然の大声に驚いたコスタの鎖骨が跳ね上がる。
「ペル兄! わかってるの!? そのままだとあなた……」
「……ああ、わかってる。これでも一応召喚士の端くれだからな」
召喚士は、自身の魔力を消費して召喚獣をこの世につなぎとめる。
普通の召喚獣なら魔力が切れると同時にその姿を消すが、アンデッド系の召喚獣は魔力がなくなってもこの世にとどまることができる。
魔力の代わりに術者の【生命力】を消費して。
生命力。すなわち、寿命。
恐らく、コスタを召喚している間、俺の寿命はすごい勢いで減っていってるのだろう。
今日体調がすぐれないのもその影響だと思う。
「一度召喚を解いて、また魔力がある時に喚べばいいでしょ」
「知ってるだろ。召喚で同じ個体が出てくることなんて滅多にないってことを。俺はもう二度と、コスタを失いたくないんだ。それに、図書館で読んだ本にも書いてあった。人間のようなスケルトンの召喚を解いたら、その後二度と会うことはなかったとね」
「……なんていう本よ、それ」
「大特集! この世の七十七不思議……」
「……馬鹿」
顔に手をあてたままカルヴァが崩れ落ちるように椅子に座る。
「……もういいわ。ペル兄はもう……覚悟ができてるってことよね」
「ああ」
「だったらあたしは何も言わないわ」
「……すまん」
「姉さんは知っているの?」
「いや」
「ちゃんと言わないとだめよ。二人の問題なんだから」
「そう、だな」
俺はコスタに向き直ると、今起きていることを説明した。
説明を終えると、コスタは席を立ち俺の横に来ると、首を横に振りながら俺の手を強く両手で握りしめた。
「ペル兄に死んでほしくないってさ。……ちなみにあたしも同意見よ」
「……」
「あとどのくらい時間が残されているのかわからんが……。コスタのいないまま生きる百年より、コスタと共に過ごす一週間の方が俺には価値のあるものなんだ。だからどうか、このまま俺と共に死ぬまで一緒に居て欲しい」
俺が言い終えると、カルヴァがため息をつきながら肩をすくめる。
「まあ、普通に生きてても百年どころか二十年も怪しいけどね。相当荒れた生活してたし」
「うっ……」
俺が酒におぼれ、自暴自棄になっている姿をカルヴァには全て見られてきただけに、何も言い返すことができない。
「で、姉さんはどう? 愛する夫の命をかけたわがままを聞いてあげられる?」
俺の手を握ったまましばらく考えた後、コスタは小さく頷いてくれた。
「……ありがとう。二人とも」
「やれやれね。それじゃあたしはもう帰るわ。色々と仕事ができちゃったし」
「もうすぐ夜だし、泊まっていけばいいじゃないか」
「そんな暇ないでしょ。ペル兄の寿命が残ってるうちに、姉さんを召喚の呪縛から解く方法を探さないと」
「ああ……君ならきっと、原因を突き止めてくれると思う。なんなら俺も手伝うけど……」
「ペル兄は古文書とか読めないでしょ」
「う……」
カルヴァは召喚士の中でもかなり上位のクラスに属しており、スケルトンよりもはるかに強力な召喚獣を使役することができる。
加えて研究者としての顔も持っており、王都の研究施設ではかなり名の通った存在である(本人談)。
「そういうのはあたしに任せて、お二人は気兼ねなくいちゃついてなさい。どうせそんなに長生きできないんだから」
「おいおい」
カルヴァの軽口が、沈みかけた俺の気持ちを引っ張り上げてくれる。
一体どれだけ俺はこの子に助けられてきたのだろう。全く感謝の言葉すら出てこない。
「カルヴァ。もし間に合わなかったらこの家の売れそうな物を……」
「やめてよそんな話。いい? 多分膨大な時間がかかるだろうから、姉さんを救う方法を見つけるまで絶対に死んだら駄目よ。絶対だからね」
「ああ……善処するよ」
「ん。それじゃ姉さんまたね。そこのくたびれたおじさんをよろしく」
そう言われたコスタは俺の顔をじっと見つめた後、カルヴァに向けて小さく頷いた。
どうやらくたびれたおじさんというのは否定できなかったらしい。少し悲しかった。
馬の走り去る音が遠ざかっていき、再び二人の時間が訪れる。
「……ごめんなコスタ、黙ってて。俺さ……」
言いかけたところで、コスタの人差し指に俺の口がふさがれる。
「……」
そしてそのまま俺の膝の上に乗り、肩に手を回してきた。
「はは、懐かしいな。そういえば君はこうして、俺の膝の上に乗るのが好きだったね」
あの頃に比べると随分と軽くなってしまったものだ。
でも、これくらいの体重ならずっと乗せていても足がしびれなくて良いかもしれない。などと言ったら俺も鼻をつつかれてしまうことだろう。
「……」
コスタの顔が近くにある。そして、なんとなくだが目を瞑っているような気がする。
「……コスタ」
そのまま俺たちは、短い口づけを交わした。
♢ ♢ ♢ ♢
次の日のお昼頃、村に行商にやってきた商人から、荷物を渡された。
積み上げられた平たい五つの木箱の中には、紫色の液体が入った小瓶が十二本敷き詰められている。
「差出人はカルヴァか。……おいおいまさかこれ、マナポーションか?」
マナポーション。それは飲むと魔力が全回復する高級薬だ。
俺がこれを一本買うためには、一か月間寝る間も惜しんでがむしゃらに働く必要がある。
そんな代物が木箱ひと箱につき十二本。つまり……これを全て売れば五年間は働かずに暮らせるということだ。
「……」
一瞬頭の中をよぎった邪な考えを見透かしたかのように、コスタが俺の顔を覗き込む。
「……これを飲めば、もっと君と長く居られるよ。本当にカルヴァには、頭が上がらないよ」
ありがとうカルヴァ。俺なんかにかまけていなければ、君は今頃もっと上のクラスにいけただろうに。
「では、早速いただこうか」
木箱の中から手のひらサイズの瓶を一本取り出そうとしたが、箱の中に一枚の紙が入っていることに気づく。その紙には一言こう書いてあった。
『出世払いね』
……本当に良い妹を持ったものだ。
気を取り直し瓶を手に取ると、軽く詰められた小さなコルクを外す。
すると中から甘い匂いがただよってきた。
「俺、初めて飲むんだよな。匂いは悪くないが、どんな味がすると思う?」
「……」
さぁ? と言った感じにコスタが首をかしげる。
「だよな。飲んでみないとわからんよな。……んっ!」
腰に手を当て、グイっとポーションを飲み干す。
「おっ……意外と甘くておいしいぞ。ちょっと薬っぽさもあるけど」
そういえば原料はメルプラントの蜜だもんな。それに、飲んだ直後から少し体調が持ち直したように感じる。
ちゃんと修行を積んで、魔力の蓄積量を上げておけばこのマナポーションの利点をもっと生かせたものを……つくづく自分が情けない。
「……」
コスタが飲み干したマナポーションの空き瓶をじっと見ている。
……もしかして、甘いという感想に惹かれて、飲んでみたいのだろうか。
「ちょっと待っててな」
俺は瓶に残った液体を右手の人差し指の上に垂らすと、コスタの顔の前に差し出した。
「……」
少し考えた後、コスタが口を開き、俺の人差し指を甘噛みした。
「……どうだ?」
「……」
俺の指を解放すると、静かに首を横に振る。どうやら味がわからないらしい。
コスタは肩甲骨を落としたまま、家の中に入っていってしまった。
その次の日も、その次の日も、俺たちは昔のように、当たり前の日常をかみしめる様に過ごした。
カルヴァのくれたマナポーションのおかげで、体調の悪化も無く、ただただ穏やかな日々が過ぎて行った。
そして、ポーションが底をついてから三日後。
ついに俺の体は限界を迎えた。