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第二話 義妹

 翌朝。目を覚まし横を見るとコスタがいない。


 ベッドから跳ね起き、寝室を出ると台所に見慣れた服とエプロンを着けたコスタが立ち、料理をしていた。

 

 俺の姿を見ると『おはよう』とでも言うように首をかしげた。


「……おはよう、コスタ。いい朝だな」


 昨日の出来事が夢ではなかったことに感謝し、俺は台所の前にあるテーブルに座る。

 テーブルの上はピカピカに磨き上げられ、酒のしみ一つ残っていない。

 

 そしてこのにおい。

 火で煮込まれた鍋からは、懐かしい手料理の芳醇な香りが部屋中に満ちている。

 

「このにおいをかぐのも五年ぶりか。材料の肉は置いてなかったと思うんだが……」


 俺がそう言うと、コスタは玄関の扉のわきに立てかけてあるサーベルを指さした。


「なるほど……」


 うーむ。さすがはスケルトン。

 そこそこ強い四足歩行の魔物【コミクス】の肉を一人で調達してくるとは……。こりゃ怒らせたら地獄を見そうだ。

 ま、コスタが俺に暴力を振るうことなんて一度もなかったけど。

 しかし、勝手に動き回る召喚獣なんて聞いたことがないが、自我を持っていると遠くまで行けるものなんだな。


 そんなことを考えていると、コスタが完成した料理をテーブルの上に並べ始める。

 コスタの得意料理、コミクスの肉と豆や野菜を煮込んだスープ、それとスライスしたカチカチのパンだ。

 

 配膳を終え、コスタが席に着くと、一緒に神に祈りを捧げる。

 神に感謝するのも五年ぶりか。コスタを失ってからというもの、一度も神に祈る気にならなかったからな……。


「……いただきます。ごめんな、なんか俺だけ」


 コスタは食事をとらないようなので、料理が置いてあるのは俺の前だけだ。

 パンを手に取り、スープに浸す。汁気を吸ってほどよく柔らくなったらそのまま口に入れる。


「……うーん。うまい。本当に、うまいよ……ぐすっ。ふぐっ……ズズズ」


 二度と食べられないと思っていた味が口の中に広がる。

 二度と会えないと思っていた人が目の前にいる。

 感極まった俺は昨日と同様に、食事に大量の塩分を追加してしまうのだった。



 朝食の後、俺たちは同じ村に住む飲み仲間のおっさんに馬を借り、【スピナー王国】の城下町へ出かけた。

 コスタはなるべく骨……いや、肌が見えないよう、全身を覆いつくす格好を選んだ。俺はそのままでも構わないのだが、恥ずかしいらしい。……まあ、そのままだとさすがに騒ぎになるか。


 城下町に来た理由は三つ。

 買い物と、コスタを召喚の呪縛から解くための方法を図書館で調べること。

 あと、義妹のカルヴァに手紙を送ることだ。


 高くそびえる外壁の前に、馬を預けられる厩舎がある。

 そこに馬を預け、俺たちは入口の大きな門へと向かった。


「よっ。ご苦労さん」


 門番で飲み仲間の【モルマ】に片手を上げ、城下町に入ろうとしたが、手に持っていた槍で行く手を遮られる。


「待て、ペル。そちらの方はお前の連れか?」

「ん、あ、あぁ……まあ」


 モルマが訝し気な表情で、全身を覆ったコスタに無遠慮な視線をぶつける。


「身分証はあるのか?」

「あー……ちょっと忘れちゃった、かも」

「一応規則だからな。それじゃあここを通すわけにはいかんぞ」

「うむむ……なんとかならんか? ……今度おごるぞ?」


 おごる、という言葉に一瞬モルマの動きが止まるが、真面目な性根が打ち勝ったらしく、無言で首を横に振る。

 

「まいったな……」


 後ろに居るコスタをちらりと見ると、『わたしは外で待ってる』と言った風に一歩引く。


「おいおい、俺が君を置いて行けるわけがないだろう。……仕方がない、出直すか。邪魔したな」


 コスタの手を取り、門から出ようとするとモルマが声をかけてきた。


「ペル、もしかしてそちらの方はお前の……?」


 お前の……? あぁ、そうか。俺の恋人のように見えたのかな。


「ああ。……俺の大切な人さ。自分の命よりもな」

「……」


 俺が堂々と宣言すると、恥ずかしそうにコスタが俯く。


「そうか。お前……ようやく吹っ切れたんだな。……いいぜ、通りな。次はちゃんと持って来いよ」

「ありがとう、モルマ」

「あと、ちゃんとおごれよ」

「お、おう……」


 というわけで、俺たちは無事、城下町に入ることができたのであった。


♢ ♢ ♢ ♢


 所せましと立ち並ぶ建物に囲まれた大通りを、様々な装いの人々がせわしく行き交っている。

 極力目立たないように通りの端を歩きながら、俺たちは王立図書館へとやってきた。


 世界中の書物が集められているというここは、城下町に入れる人間なら誰でも利用できるありがたい施設だ。

 早速召喚絡みの分厚い書物を五冊手に取ると、壁際に備え付けられた机に並んで座る。


「まずはこれからいくか……。ちょっと長くなりそうだけど、大丈夫かい?」


 コスタに確認すると、小さく頷く。

 農村で生まれ育ったコスタは字の読み書きができないため、こういう場所に来ても退屈だろうと思う。

 特に不便さは感じなかったが、こんなことなら一緒に文字の勉強をしておけばよかっただろうか。


「んー……」


 パラパラとページをめくってみるが、召喚獣の転生に関する記述は見当たらない。


「次はこれ、と。うーん……」


 一冊目と同様に、二冊目も特に目を引く記述はなかった。


 三冊目、四冊目、五冊目。六冊目に至っては全く召喚と関係のない内容じゃないか。

 ……ん? 六冊目? 確か俺が持ってきたのは五冊だったはずだ。


 そう思い改めて机の上を見ると、読み終えた本が左側に五冊。今読んでるのが一冊。そして右側を見ると、七冊目を追加中のコスタと目が合った。


「……こら」


 『あら、バレちゃった』とでも言うように右手で口元を覆い、楽しそうに笑っている……ように見える。

 そう、彼女はけっこういたずら好きなのだ。


「ふっ……。どれ、次はどんな本を持ってきてくれたんだい?」


 コスタの持ってきた本の表紙には、『大特集! この世の七十七不思議』と書いてある。

 眉唾物の噂をかき集めた、うさんくささ漂う表紙のゴシップ本だ。


「なかなか面白そうだな。一緒に読んでみようか」


 椅子をくっつけて二人密着するように座ると、面白そうな記事を選んでコスタにひそひそ声で読み聞かせる。表情がわからないのでなんとも言えないが、楽しんでくれているように感じた。


 当初の目的を忘れ、ゴシップ本を楽しんでいると衝撃の記事が目に入ってきた。


「怪奇! 自分を人間だと主張する召喚獣……?」

 

 探し物は時として思いもよらぬ場所から出てくるものだが、まさかこんな本で見つかるとは思わなかったな。

 俺とコスタは顔を見合わせ、頷き合うと続きを読み始めた。


「……召喚士のSさんが、数年前に遭遇した奇妙な現象を紹介しよう。ある日、Sさんは召喚士のレベルが上がり、新しく喚び出せるようになったスケルトンをうきうき気分で召喚したところ、何やら挙動がおかしい事に気づいた。妙に人間くささを感じさせるそのスケルトンに、たまたま持っていたペンと紙を渡すと、自分の名前と住んでいた街の名前を書いて見せたというのだ。そして自分は人間で、その時の記憶も残っているとも。気味の悪さを感じたSさんは、魔力の残量の問題と、スケルトンがアンデッド系だった事から、スケルトンがまだ何かを書こうとしているのもお構いなしに、すぐに召喚を解いたそうだ。残された紙に記された街は、Sさんの住む場所から遠く離れていたため、訪問することはなかったそうだが、いやはや、不思議な事もあるものである。その後、Sさんは何度かスケルトンを召喚してみたが、結局二度とその個体に会うことはなかったそうである……か」


 うーむ、この記事は本当なのだろうか。しかし、初召喚とスケルトン……これは偶然とは思えないな。

 けど、この情報だけじゃコスタが召喚獣になった理由がわからないぞ。


「……」


 ふと横を見ると、コスタが不安気な様子で俺の顔を見ている。


「結局よくわからなかったな。日が暮れる前に帰ろうか」


 本を抱えて席を立つが、コスタが座ったまま立とうとしない。


「どうした?」


 調子でも悪いのかと思ったが、すぐに立ち上がり、俺の抱えている本を半分持ってくれた。

 本を片付けた後、手紙を出し、俺たちは城下町を後にした。


♢ ♢ ♢ ♢

 

 次の日。


 なんとなく体がダルかったので、家で二人ゆっくり過ごす事にした。

 夕方、テーブルの上で手を握り合っていると、外から馬が走る音が聞こえてくる。


「ペル(にい)!」


 ノックもなしに玄関の扉を乱暴に開け放ち、家に飛び込んできたのはコスタの三つ下の妹、カルヴァだった。

 姉と同じ肩まで伸びたブラウンの髪に、姉とは正反対の少し気の強そうな顔立ち。上位の召喚士が着る緑色のローブを身にまとい、ハァハァと息を切らしている。


 カルヴァは俺の後を追うように召喚士となり、その真面目さと勤勉さ、そして才能に恵まれていたのかあっという間に俺を追い抜いて行った才女である。

 その才女が、怪訝そうな表情で俺を睨みつけている。どうやら昨日出した手紙を読んですぐにすっ飛んで来たのだろう。


「一体どういう事!? 姉さんが帰ってきたって……ついに頭がおかし……く……」


 なにやら俺に対して失礼な事を口走りそうになりつつも、俺と手を握り合うコスタの存在に気付く。


「……スケルトン?」


♢ ♢ ♢ ♢


「このスケルトンが、姉さんですって?」

「ああ、間違いない」


 とりあえずカルヴァをコスタの隣に座らせて、三人でテーブルを囲みながらコスタを見る。

 コスタは久々の妹との再会を喜んでいるようだが、自分がスケルトンである為、どう接すべきか悩んでいるように見える。


「……姉さん?」


 訝し気な表情でカルヴァが呼び掛けると、コスタが控えめに首を縦に振る。


「うーん……。なんだか貧相な体になっちゃったわね。でも、その体ならもう体型を気にすることもなさそうだけど」


 出たな。カルヴァの体型いじり。

 コスタは、俺には全くわからなかったのだが、少し太りやすい体質だったようで、いつも体型を気にしていた。

 会うたびにカルヴァはコスタのお腹を触って『また太った?』などとあいさつ代わりに言っていたものだ。

 そう言われたコスタは決まって『太ってません!』と言いながらカルヴァの鼻を人差し指でつついていた。


 その光景が今、俺の目の前で再現されている。


 コスタの指が隣の席のカルヴァの鼻を押したまま、二人の動きが止まっている。

 しばらくすると、カルヴァの目からポロポロと涙が零れ落ちた。


「ごの感じ……本どうに姉ざんなのね」

「……」


 コスタが鼻から指を離し、無言でカルヴァの頭を撫でる。そこでカルヴァの涙腺は決壊した。


「ねえざぁぁん……」


 カルヴァが泣きながらコスタの胸に飛び込むと、カルヴァの頭とコスタの肋骨がぶつかってゴツンと大きな音を立てる。


「だ、大丈夫か?」


 俺の心配をよそに、カルヴァは泣きじゃくっている。

 コスタもおだやかな動きでカルヴァの頭をやさしく撫で続けている。


 そんな二人を見ていると、俺の涙腺も再び崩壊してしまうのであった。

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