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LittleApple 後編


 あの日から二日後、私は事務所のドアを開けた。


 けいちゃんはいつも通りパソコンに向かっている。


「京華ちゃん。練習は?」


 練習をサボったのはその日が初めて。


 私はけいちゃんの質問を無視し、話を切り出した。


「けいちゃん、私に演出教えて」


「どうしたの、いきなり」


「私はあの子をもっと輝かせたいの」


 けいちゃんはあの子が誰なのか言わなくてもわかっていた。


「一緒に舞台に立つんじゃなくて?」


「劇団を移るのはダメだった」


 母に劇をやるならどこでも同じだと説得を試みたが失敗に終わっていたのだ。


「…まぁとりあえず座ろうか」


 私とけいちゃんは向かい合うようにソファーに座った。


 くどくどと説得が始まりそうだったから私はけいちゃんよりも先に切り札を切った。


「けいちゃんって雨宮礼一の息子でしょ」


「そんなわけないよ」


「嘘。考える時の仕草が一緒」


 あまりにキッパリと言ったのが良かったみたい。けいちゃんは観念したように溜め息を付いた。


「女の子は鋭いね。でも僕は脚本家を目指してるから演出は…」


「先生にくっいて勉強してるのに?」


「どこまで知ってるの?」


 本当はたまたま二人が一緒に居る所を見ただけ。


 だけど私は不敵な笑みを作る。


「女の子は鋭いんでしょ」


 けいちゃんは苦笑する。


「わかった。僕の知識でよければ、教えてあげる」


「ありがとう、けいちゃん!」


「だけど、条件がある。次の作品で主役を演じること」


「…本気で言ってるの」


 私は万年脇役で、しかも主役を毛嫌いしていた。


「主役になれたら、京華ちゃんの気が済むまで教えてあげる」


 けいちゃんが私を試している事は明白だ。


「…約束、忘れないでよ」


 事務所を出ていこうとした時、けいちゃんの言葉に引き止められる。


「同じ劇団が無いように、主役も同じとは限らない」


「当たり前じゃん」


 


 そう言い残して、私はあっさり事務所を出た。



 


 次の公演作品は白雪姫を題材にした物だ。しかし、ただの白雪姫ではない。


 「口の悪い白雪姫」だ。


 容姿は美しい姫だが、照れ屋でつい口が悪くなってしまう。


 だけど本当は可愛らしく、優しい姫。


 本当の姫の姿を知った王子と邪魔する王妃。


 そんな物語。 



 オーディション当日。


 部屋に入ると雨宮礼一がひとり長机に座っていた。


「こんにちは、雨宮先生」


「こんにちは、京華君。主役を希望するのは初めてだね」


「はい」


「心境の変化でもあったかね?」


「息子さんに弟子をしようといたら、条件として主役を演じろと言われました」


「ほう、息子に弟子入り。脚本に興味があったとは知らなかったね」


「いえ、演出です」


「ほぉ、それはそれは。是非とも弟子入りしてもらいたい。けれどそれとオーディションとは関係ないよ。みんなチャンスは平等だからね」


「はい」



 


 オーディションの結果、私は主役に選ばれた。

 

 周囲は戸惑うと言うより、驚愕した。万年脇役だった私が主役に選ばれるはずがないと決めつけていたからだ。

 

 ヒエラルヒーの壊し方は実にシンプル。


 一番下だった者が一番上に立てばいい。それが下克上であり革命だといー兄が言っていた。

 

 そして、けいちゃんは私にそれを求めた。

 

 しばらくして、あるグループが私に近づいてきた。主役経験者や重要人物をやってきたグループだ。


「今日から仲間入りね」


 グループに入れることを光栄に思えと言っていた。元々一匹狼だった私には裏切りもなにも存在しない。向こうは来るのが当然のように思っている。

 

 その時初めて私は本当に嫌っていた物が見えたような気がした。私はこんな小さな人達のプライドに振り回されていたのか。

 

「ねぇ、なんでそんなに主役がいいの?」


「はぁ?当たり前じゃない、実力者だけが主役になれるのよ」

 

 そうだ、この場にいる全員がそのことを知っている。けれどあの子はきっとそんな事知らない。

 

「じゃあ、知ってる?主役一人だけじゃ、劇はできないんだよ」

 

 それは、そこにいた誰もが知らなかったこと。

 

「楽しく劇を作りたいよ。みんなで」

 

 あの子みたいに。

 

 


 休憩中、私は数人の女の子と一緒に隅っこに座っていた。


「京華ちゃん。もっと照れなきゃダメだよ」


「十分照れてるだろ」


「まだまだ」


 スッと目の前に影が落ちた。


「随分楽しそうですね」


「雨宮先生」


 先生はにこにこと笑っている。


「この前までぴりぴりしてたのが嘘のようだ。やはり、信頼できる仲間は居た方がいい」


「気づいていたなら、どうしてやめさせなかったんですか」


「陰湿なイジメに発展したので口を挟むのをやめました」


 笑顔が苦笑に変わる。それがどれくらい前の出来事だったのかは聞かないでおいた。


「それと、京華君。お友達の言うようにもっと照れた方が可愛いですよ」


「雨宮先生!」


  

  


 私はいつものように事務室のソファーの座っていた。


「約束憶えてるよなぁ」


「…京華ちゃん、口悪いよ」


「役柄のせいじゃねぇ」


「そっか。心配しなくてもちゃんと憶えてるよ」


「これからよろしく、憬胡先生」


「先生はやめてほしいな」


「なら、憬胡さん」


「それで、お願いします」


 


 私は中学生になるとスッパリ劇団を辞め、ずっと憬胡さんの所に通い詰めた。


 中学で劇団を辞める林檎を(憬胡さん情報)高校か大学で演劇に引っぱり込んで、私の演出で劇を作ろうと私は計画していた。


 しかし、思いがけず同じ高校、同じクラスに林檎がいた。


 私は直感した。これが最初で最後のチャンスだと。


 最初はどうなるかと思った。でも全ては順調に進み、本番。


 林檎達はキラキラと輝いていた。


 あの頃から変わらない林檎。終わった後に泣くクセも変わっていなかった。

 


 弁当を食べ終え、二人は放送で流れている曲の話をしている。


「林檎、今日ヒマ?」


「ん?ヒマだよ」


「司郎は?」


「俺は用事がある」


「そっか。じゃあ林檎帰り付き合え」


「うん。いいよ」


 


 学校の帰り、私は林檎を連れて小さな喫茶店に入った。


「いらっしゃい。京華ちゃん」


 そこは憬胡さんが住み込みでバイトしているお店。


「今日は友達連れてきたんだ」


 私は当たり前のように憬胡さんの目の前のカウンターに座る。


 林檎もつられるように私の隣に座った。


「…もしかして、けいごさん?」


「林檎ちゃん?へぇ〜随分と綺麗になったね」


「うわぁ、懐かしいです。変わりませんね、けいごさん」


 既に話しに花を咲かせつつある二人に割り込む。


「憬胡さん。コーヒーと…ココア」


「OK。…京華ちゃん、読みたがってた台本、上にあるよ」


「本当!」


 私は慣れた手つきでカウンターに入り、奥の階段を上った。


 


 だから私は下で二人がどんな会話をしていたのか知らない。



「はい、ココア」


 林檎の前にココアが出される。


「ありがとうございます」


 林檎の視線はココア・憬胡・階段へと移り、また憬胡に戻る。


「二人って付き合ってるんですか?」


「いいや」


「でもけいごさん。京華のこと好きでしょう」


 腕をカウンターにのせ、身を乗り出す姿はとても女子高校生らしい。


「好きだよ」


「友達とか人間的じゃなくて、恋愛としてだよ」


 憬胡はその質問に答えなかった。


 代わりに優しく笑う。


 


 林檎は少々不満そうだったが、それ以上追求はせず、大人しくココアを飲んだ。


 


 私が台本を持って下りると、林檎の姿が消えていた。


「林檎は?どうしたの」


「用事があるって、帰っちゃったよ」


 変だな。ヒマだって言ってたのに。不思議に思いながらカウンターの座る。


「それにしても遅かったね」


「部屋が汚いから時間かかったんだよ」


 探し出した台本は机の上の書類の山に埋もれていた。


 いつもの事だとわかっているが、紙の中から紙を探すのは未だに慣れない。


「それは悪かったね」


 特に悪いと思っている様子は無く、私の前に白いカップに入ったブラックコーヒーが置かれる。


 それを当たり前のように口をつける。


「林檎、変わってないでしょ」


「本当…いつまでも真っ直ぐな子だよ」


 困ったように笑う憬胡さん。


「何を話してたの?」


「話っていうより、質問攻めだったね」


 それはまぁ…。


「大変そう」


 そこで一度、会話は途切れた。


 ゆったりとした曲に身をゆだねる。先に口を開いたのは憬胡さんだった。


「京華ちゃん。これからどうするの?」


 私の夢はこの秋に叶ってしまった。


「どうしようかな。林檎はもう演劇やる気ないみたいだし。案外、普通に大学行ってOLやってるかも」


 もう具体的な目標はない。


「京華ちゃんはまだ高校一年なんだから、ゆっくり考えればいいよ」


「…でもここに来るのはやめないから」


 ここに来る理由は憬胡さんに教えてもらうためだ。


 文化祭も終わり、もう教えてもらう必要がなくなってしまった。


 


「別に…なんでやめなきゃいけないの?」


「だって…」


「友達の所に遊びに来るのに理由がいる?」


 こういう時、理由のこだわってる自分がとてつもなく子供のように感じる。


 


「そっか、そうだよね」


 


 私は笑った。憬胡さんも笑った。


 


 もう少しだけ、この時間が続けばいいなと思う。


 


 


 私はコーヒーを飲みながら、憬胡さんとたわいもない話をする。

一応、京華ちゃんが本物のリンゴにこだわった理由が書けました。

思いがけず、口が悪くなったことまで。

憬胡さんの父は息子に演出を目指して欲しかったんです。だから京華ちゃんが弟子入りした時、息子が演出を目指してくれないかと期待したり。


次は司郎視点で学校生活を書こうと思います。(やっと司郎君が書ける)


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