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林檎アレルギー前編

この作品はお題小説です。お題元は「確かに恋だった」様です。

 そこは深い森のさらに奥、小さな小さな小屋の前。


 そこに美しい少女と醜い老婆がおりました。


 


「お嬢さんにはこの赤いリンゴがよく似合う。これをあげよう」


 老婆は少女の前に赤々としたリンゴを差し出しました。


「そんな、お婆さん。…悪いわ」


「水をくれたお礼だ。受け取っておくれ」


 美しい少女は老婆を見て、にこやかな笑みを浮かべました。


「ごめんなさい、お婆さん。…私、リンゴ嫌いなの♪」


 


 そして童話は崩壊する。


 


 


 


 


「ふざけんな!」


 一人の女の子がズカズカと二人の間に入って行く。


 彼女は京華(キョウカ)ちょっと口の悪い女の子。


「ふざけてないよ!」


 実を言うとそこは森の奥ではなく、それに小さな小屋も無い。


 そこはただの教室で、ここはただの高校で。


「白雪姫がリンゴ喰うわねぇと話進まねーだろ!」


 彼らは夏休み中にもかかわらず、扇風機もない教室に集まり、文化祭に向けて劇の練習をしている。


 少々口の悪い女の子、京華はこの劇の責任者。


 彼女は発案者であり、文化祭役員であり、演出である。


「だって、しょうがないじゃん。私リンゴアレルギーなんだもん」


「お前、林檎だろ!」


 白雪姫役の女の子。容姿は白雪姫のように美しい。


 


 名前は林檎(リンゴ)


 林檎なのにリンゴアレルギー。


 


「そうよ、林檎がリンゴ食べるなんて共食いよ!かわいそうよ」


「レプリカだっつぅの!!」


「ツッコむ所、違うだろ」


 言い合う女の子二人の間に一人の男の子が割って入る。


 彼はもう一人の文化祭役員。正司郎(セイシロウ)


 略して、司郎。


 司郎がパンと手を打ち、教室の視線を一気に引き寄せた。


「はい!10分休憩」


 この男


「二人共、頭冷やせ」


 極めて冷静。


 いつも言う事が正しいため、京華さえも口答えさせない強者。


「林檎、来い」


 司郎は林檎を風通しの良い、四階の渡り廊下に連れ出した。


 最上階なので屋根が無く、日差しは強いがその分、風通りがよく青々とした空の下で実に気持ちがいい場所だ。


 しかし、林檎はそれどころではない。


 あ~あ、説教される。


 林檎はさっきの事で司郎が怒っていると思っていた。


 だが、司郎は林檎が予測していた事とは違う事を口にした。


「本当にリンゴアレルギーなのか?」


 今まで、林檎は自分がリンゴアレルギーだとクラスメイトに話した事が無い。


 話さなくても日頃の生活には支障なかった、今までは。


「あっ…うん」


「本当か?」


 なので、林檎がリンゴアレルギーだと発覚したのはつい先ほどの、あの場面。


「なんで疑うの!」


「いやな、まだ俺ら一年だし、林檎は主役だろ……正直、逃げたくなってもおかしくない」


 そう、彼らはまだ高校一年生、青春真っ盛りにはちょっと早い、ピカピカの一年生なのだ。


「それは無いから安心して」


 キッパリと言いきる林檎を司郎は怪訝な目で見る。


「私ね、中学まで児童劇団みたいなのに入ってたの。だから逃げたりしない」


「…そうか」


 そう考えると司郎はいろいろと腑に落ちる所があった。


 京華も林檎とは違うが、児童劇団に所属していた。もちろん、その頃から林檎のことを知っていた。


「だから、京華はあんなにもやる気なのか」


 京華は、かなりやる気である。


 彼女は乗り気じゃなかったクラスメイトを巧みな話術で引き寄せ、さらに林檎に主役を引き受けなければならないように追い込んだ。


 そして、今は演出として劇全体を総括している。


 


 少々(?)口が悪いが、目的の為なら手段を選ばない女の子。


 


 彼女の思惑通り、林檎は主役を演じている。




「それにしても、レプリカにも触れないのか」


 小道具を全て揃えて練習したのは、さっきが初めてで。


 林檎の前にリンゴ(レプリカ)が現れたのもさっきが初めて。


「久しぶりに近くで見たから…。慣れれば大丈夫、所詮ニセモノだし」


「あっ、それじゃダメかも」


 


 司郎はふと、思い出した。


 


「京華、本番は本物使う気でいるし」


「ちょっと待ってよ!」


 林檎の顔がみるみるうちに青くなる。


「私、赤ちゃんの時リンゴ見ただけで泣いたし、離乳食で食べたら熱出すし、それに触っただけでジンマシン出るのよ!」


 あまりに必死に言うので、林檎の息が少し荒い。


 そんな林檎を気にかける訳でもなく、司郎はさりげなく腕時計を見る。


 


「10分経った。休憩終了」


 


 正司郎。略されて司郎。


 彼の体内時計は実に正確だ。陰では歩く時計とも呼ばれている。


 スタスタと歩き出す司郎の後を追って林檎は隣に並ぶ。


 ただ、林檎の頭の中はどうやって本物を阻止するかで一杯になっていた。


「ねぇ、司郎。どうすれば本物を使わなくて済むと思う?だって私、ジュースとかお菓子類もダメなんだよ」


「京華にアレルギーの事言えばいいだろ。流石に無理強いはしないよ」


「うん、そうだよね」


教室に戻り、林檎は京華を探した。


が、それより先に京華が林檎の腕を掴んだ。


 


「えっ?」


「林檎、来い」


京華はそのまま林檎を引きずるようにして教室から離れた。


「ちょっと、練習は…」


「指示は出してある」


スタスタと歩く京華は突然、掴んでいた林檎の腕を乱暴に離した。


そこは人気の無い、廊下の真ん中。日差しが入らない廊下はどこか暗く、ひんやりとしている。


京華は林檎に背を向けたまま、口を開く。


「あんな冗談、私には通じねーから」


心無しかいつもより低く聞こえる京華の声。


「あの…あれは…実は…」


「なにが不安か知んねーけど、林檎はすげーよ。昔っから…今もそうだけど」


京華…。


林檎は気づいた。京華は怒っていない。


「だから…自信持てよ、変な理由つけて逃げようとすんな!」


京華も司郎と同じように心配していた。


「…ありがとう、京華。心配してくれて」


「心配なんてっ…まぁいいや。…あっ!」


京華は気づいたように振り向き、林檎と向かい合う。


「先生が本番、本物のリンゴ使っていいって許可出してくれたんだ」


その言葉に林檎の顔が引きつる。


京華は本物のリンゴを使う事にこだわっている。その理由を知るのは京華本人だけだが。


「ここまで、本物志向でやってんだ。これで気合いも出るだろ」


「……うん。そうだね」


あまりに嬉しそうに話すので、林檎は話を切り出せなかった。


「じゃあ、戻って練習だ」


あ~ぁ、完全にタイミング失っちゃったよぉ~。林檎はため息をついた。


教室に戻り、うちわ片手に(取りあえずリンゴ無しで)本格的に練習を再開した。


 


 


「おーい。みんな喜べ」


段ボールを抱えた司郎が教室に入る。


「担任からの差し入れだ」


どさり、と教卓の上に段ボールを置き、みんなに見せた。


段ボールには「果汁100%ジュース」とある。


生徒の口々から歓喜の声が上がった。


「誰か、道具作ってる奴ら呼んでくれ」と司郎が指示を出す。


小道具や大道具は別館の図工室で作業しているのだ。


「私、行ってくる」


林檎は軽やかに動いた。


「おいっ、ちょっ…」


司郎が止める間もなく、林檎は教室を飛び出してしまった。


まったく…あいつが一番疲れてるのに…。


「なんだ紙パックか」


「箱買いしやすかったんだろ」


次々と教卓の周りに人が集まりだす。


「欲しい物の前に一列になれ。種類は右から、オレンジ・リンゴ・ミックスだ」


司郎はテキパキと群がる人をさばく。


ほどなくして、道具組も合流し、段ボールの中も残り少なくなった。


司郎は雑然とした教室を眺める。


練習のスペースを作る為に教室の後ろはまるでバリケードのように机が積み上げられている。


椅子も多くは重ねて隅に追いやられ、生徒は床にそのまま座っている状態。


隅に何も持たない林檎が暑さにうなだれているのが司郎の目についた。司郎が言いかけた言葉を京華が横からかすめ取った。


「林檎、何がいい?」


「なんでもいいよ」


林檎は微笑んだが、流石に疲労の色は隠せない。


京華はよく見ずに段ボールに手を紙パックのジュースを取ると、何の躊躇いもせずに投げた。


紙パックは綺麗な弧を描いて無事林檎の手に収まる。


「ナイス」


「ありがとう」


「投げるな!危ないだろ」と司郎は京華を小突いた。


しかし、京華は特に反省する様子もなく「あっ、悪い」と言って自分のジュースに口を付けた。


溜め息をつきながら司郎は段ボールの中に視線を落とす。


「…林檎!」


「へっ?なに…」


林檎はおいしそうにジュースを飲んでいた。その手には桃色のパッケージのミックスジュース。


「……いや、なんでもない」


司郎はリンゴジュースを段ボールから取った。それが最後の一個だった。


 


 


翌日、林檎はリンゴ(レプリカ)に触れるようになっていた。


練習が始まるまで林檎は椅子に座って、窓の外をぼんやりと眺めていた。


外は空が濃く、深く、白い雲が浮かんで見える。


司郎は教室に入ってすぐに林檎を見つけた。


「おっ!もう触れるようになったんだ」


林檎の手には赤いリンゴ(レプリカ)があった。


司郎は空いている椅子を引き寄せ、当たり前のように林檎の隣に座る。


「まぁね、もう意地よ。これはリンゴじゃない、ジャガイモだーって感じ」


「自己暗示って事か。すごいな、よっ役者の鏡!」


「からかわないでよ。こっちはすっっっごい必死なんだから」


「素直に褒めてるんだよ」


「そんな風に聞こえないっ」


「そうだ」と言って司郎はおもむろにズボンのいポケットに手を突っ込んだ。


不思議そうに林檎は司郎を見る。


カランカランと音をたてて取り出したのは飾りっけの無い小さな丸いシルバーの缶。


「頑張り屋な君に」


蓋を開けると、蜂蜜色の丸々とした飴が入っていた。林檎はそれを見て首を傾げた。


「これはただの飴じゃない。…魔法の飴だ」


「本当?」


あまりにもかわいい林檎の反応に、司郎はくすっと笑いを零した。


「ウソ。只の、のど飴だよ」


「ホラ、やるよ」と司郎に缶を差し出され、林檎は飴を一つ取る。


「ありがとう」と言ってから林檎は飴を口に含んだ。


「あっ、おいしい」


「のど飴のわりにうまいだろ」


司郎は嬉しそうな顔をしていた。


「うん…」


しかし、林檎の方は浮かない表情だった。


「どうした?」


「…なんか司郎。今日は優しい」


何かあるんじゃないかと、疑いの眼差しを司郎に向ける。


「…今日は、ってなんだよ。俺はいつでも優しいだろ」


「前より構ってくれるもん」


「…う~ん、まぁ主役だし」


「前から主役だった!」


「林檎の前ってどっからだよ」


「パンパン!」と京華が叩く手の音で二人の会話は中断された。


「練習始めるぞー」と大声で呼びかける京華の声に自然と二人は椅子を隅に片付ける。


「じゃあ、またな」


「うん」


二人は軽く手を振って、司郎は教室の外へ。林檎は京華の所へと歩いていった。


 


林檎はいつの間にかのど飴が無くなっている事に気づいた。元々小さい飴だったからすぐに溶けてしまったのだろう。


しかし、林檎の口の中にはまだ爽やかな甘さが残っていた。


その甘さからか、林檎の顔は自然と緩んだ。


「コラ、ボーとすんな」


「あっ、ゴメン」


京華に叩かれて林檎は目の前の練習に集中した


 


だけど林檎は分かっていなかった。のど飴の爽やかな甘さの意味を。

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