プシュケと椿姫(3)
「あれ?小山さん、ボクくんを差し置いて友達作ったの?ズルいよ、」
しょんもりと肩を落とす、妖艶で胡乱な雰囲気を構えた青年が小山さんと椿木さんを見下ろしていた。
隈の濃い猫目の目元はぐったりと、気だるそうで、発される声色は淡々としていてハスキーでとても無気力そうで、今にも睡魔に呑まれ、まるでドミノの如く倒れてしまいそうな不安定さがある。
草臥れた涅色のゆるゆるなパーカーの袖から現れた手が目元を擦る。自身の寸法を考えていなかったのか、体の何回りと大きそうな物を着ている。その下には、ネクタイとシャツも伺えて、胸ポケットにある紋章からああ学校の制服の上にパーカーを着ているのだと分かる。
明らかに身長よりも高い丈のズボンから見ても、ズボラなのは如実である。
因みにパーカーの腰部分にはでかでかと「Cherry boy」とある。意味を教えてやった方がいいのだろうか。袖の、靴紐のように交差してるソレ、ちょっとダサいぞと指摘してやった方が良いのだろうか。
「ボク…くん?」
「あ、ごめん。ほら、自分を印象付ける事って、どんな場に置いても大事じゃん?だから一人称をね。ほら、小山さんも一人称「オジサン」でしょ?」
「は、はあ、そうか…」
「ん?なんだか呆れ気味だね?ボクくんからしたら、可愛い女の子を侍らせてハーレム作ろうとしてる君に呆れちゃうけど、最低…」
「はっ?ちがっ」
「やーい、女たらしのウドハラくん。」
「椿木さん!?」
その瞬間、通りすがりの風がやってくる。
ゆらりと朗らかそうに黒に青みがかった彼の、ショート気味の毛髪が風に吹き泳ぐ。風の川をなくして、伸びほうけた首まである髪はやっと降りて、少し不服そうに撓った
「…風?風なんて…一体何処から、」
「あっちの扉からだと思うよー?たぶん、なんかあるんだろうけど、怪しくって誰も近付けないんだよねー!」
大層な飾りが無限に彫られた巨大な扉が、舞台を降りて左に行った所に見えた。
彫刻の中心には葉と真っ赤な花が溢れた藁の袋を抱いている女がいる。一枚の長い服地の両端に肩の上を通らせ、腰に何重にも螺旋を作ったリングを付けて服としていた。
古代の神のような装いをしているのに、萎れ切りしなしなになった巨大な蓮の葉を踏み付けて、まるで仏のような振る舞いだ。彼女の目の前に居る民達は「あの花や葉が欲しい」とあれかしに願い地に伏して両手を天に掲げている。
「何あれ、何かの神を表してる…のか?」
「え、この距離から見えたの?凄いね。」
「いや、普段は視力も虫かってぐらい低くて…コンタクトを通してやっと見えるって程度なんだけど…何でだろう。」
「えー…嘘でしょ、虫くらいはひっっくくない?」
目に張り付いているコレが無くなれば、途端に世界は色呆けする。あっても、車数台分の距離にある扉の彫刻を細かく見れる訳じゃない。普段なら、
…ここは一体何なんだ?
不安の種が暗闇に撒かれる。繁殖力に非常に富んだそれは、たちまち住居を広げ地底にまで根を張る。
通行した恐怖の嵐が雨声を轟かせ不安を育み不安を木にも劣らない巨大な物とした、雑草ばかりの暗闇はいつしか、鬱蒼とした森林に姿を変えてしまったのだ。
今から手を付けようにも、どうにも出来ない。不安と言う人間の負の感情が心から消え去る日は永遠に無いのだから。頑張っても根からまた不安は生まれる。どうにも出来ない。
「…ウドハラくん、大丈夫?酷い顔色だけど、何処かで休む?」
「ああいや…お気になさらず、それより…そっちの人の名前は?」
「あっ、自己紹介がまだか。ボクくんは五月雨 詩和。えっと…趣味はゲームです、特別上手くないけど、FPSなら誰にも負けない自信があります。苦手なのは育成ゲーと放置ゲーです。」
「宜しく…あの、凄く眠たそうだけど大丈夫か?」
彼の目元には色濃い隈が有る、数日眠っていないととても出来ないような隈だ。恐らく眠っていないのだろう、降りる瞼を必死に弾いて目を開けているような挙動をしていたから、恐らく眠りに招かれている。それはもう、強く強く。
「ん?…ああ、気にしないで、ゲーマーに睡眠不足は付き物だから…イベランとかとか…レベリングとか…まあ、下手なりに上手くなろうと努力してんの、でもまあ、そのせいで昼夜逆転してて…」
「た、大変なんだな…」
「…あ、私は椿木スミレです。ヨロシク、そちらのオヤマさんも、ヨロシクね。」
「よろしく、小山だよ!」
「ん、俺は宇土原 明羽だよ。宜しくな、
所で、五月雨、聞いてもいいか?
そのヘッドホンの先、何に繋がってるんだ?」
五月雨 詩和
周りのキャラが濃いと感じ、一人称をボクからボクくんとした。パーカーもヘッドフォンも「ゲーマーキャラと言えばパーカー・ヘッドフォン・棒付き飴だよね!」と思いつけている。
甘い物は苦手なので飴は食べられなかったし、最近のゲーマーキャラはピアス付けているイメージも強かったのでピアスを開けようとしてみたが、怖くて断念した。犬が大好き、犬、ワンワン、わんちゃん。
負け犬だとか犬畜生だとかの言葉を作った人間を抹〇する事が人生の目標。
この現実世界はゲームの世界だと無理やり思い込んでいる。