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芥子~間違われた薬の正体~

 執政の寝室前では、暴徒化した市民の声を聞きながら、カエムワセト率いるゲリラ隊は策戦の一部変更を余儀なくされていた。


「このままじゃ市民に死傷者が出るかもしれない。まずは暴動を止めなければ」


 城の兵士たちは市民の鎮圧に集まるはずである。そこで市民とのぶつかり合いを止めさせなければ、犠牲者が出る事は明らかだった。


「止めるったってお前・・・すげえ勢いだぞ。下手に前に出たら潰されちまうんじゃねえか?」


 アーデスが言った。

 聞こえてくる声は、それだけで凄まじさが感じ取れるほど闘志に燃えたものだった。あんなものの前に出るのは、暴れる象の大群の前に飛び出すようなものである。

 城の門を破られるのは時間の問題であり、もはや小競り合いは避けられない。


「それなら・・・」とカエムワセトは思考を巡らせた。


「――それなら、市民と兵士の前で制圧を宣言する!」


 そこで兵を投降させ武装解除を促せば目標は達成される、とカエムワセトは断言した。


「ネベンカル。アーデスと共に執政を門前のバルコニーまで運んでくれ」


 捕えた執政とヒッタイト司令官を前に出し、ダプール城の制圧を表明する方法をカエムワセトは説明した。

 カエムワセトが指示したバルコニーとは、集まった市民に王族が手を振る場所である。そこから呼びかければ、小競り合い中の暴徒たちにも声が届くはずだと踏んだ。


「テティーシェリ。私と二人でシャルマをバルコニーまで運ぼう」


 残りのライラとヘレナ、ダリアはエイベルの捜索と確保へと回らせた。エイベルがヒッタイトと通じているなら、この騒ぎを聞きつけヒッタイトへ逃亡される恐れがある。


「では皆、急いでくれ。時間が無い」


 指揮官の声掛けで、そこにいた面々はそれぞれの役割を果たす為散会した。


――――――――――――――――――――――――

 シャルマの部屋の前まで来たカエムワセトとテティーシェリは、扉が少し開いている事に気付いた。慌てて駆け寄り扉を開けた二人は、目の前の光景に絶句する。


 誰もいない。


 シャルマを縛っていたであろう紐は床に散乱していたが、縛られていた本人は忽然と姿を消していた。


「どうして・・・。薬で眠らせたのに」


 テティーシェリが茫然と呟いた。


 パシェドゥの睡眠薬を飲んで数時間で目覚めた人間は、今までいないという。

 シャルマを縛って転がしておいた敷物の上まで走ったテティーシェリは、ぐるりと部屋を見回した。

 やはり、シャルマはどこにもいない。


「早く探しましょう!」


 急いで部屋を出た時、月明かりに照らされた廊下の奥で人影が動いた。続いて、低い笑い声が聞こえる。


「おどりこ・・・よくも・・・何を飲ませた・・ヒヒ・・」


 不気味な笑い声を上げるその人物は、怒っているようにも楽しんでいるようにも見えた。ふらふらとした足取りでこちらに歩いてくるその人物に、窓から差し込む月光が当たる。


 剣を持ったシャルマの姿が月の光の下に顕わになった。


「おかしいです。睡眠薬でこんな反応をする人は初めてです」


 スカートをひるがえし、両腿に括りつけた短刀を抜いたテティーシェリが言った。


「・・・そもそも睡眠薬ではなかったとか?」


 剣の柄を握り、自分も抜剣したカエムワセトが睡眠薬以外の可能性を示唆した。そして不自然なほどの陶酔感に溺れているシャルマを前にしたカエムワセトは、以前、神殿の医療書から得た知識と実際目にした一人の薬物中毒者の症状を思い出す。


「あれはまるでアヘンの多量摂取者だ」


 アヘンは鎮痛薬として古代エジプトで用いられていたが、同時に人を死に至らしめる危険な薬物であるという認識もされていた。


「アヘっ――!」と、テティーシェリは驚きに目を見開いたが、調薬者がパシェドゥであった事を思い出すと、頭を振って大きくため息をつく。


「もう!座長ってば管理がずさんなんですから!」


 最近までパシェドゥの部下だった踊り子は、様々なルートで妙薬から劇薬まで手に入れる忍の頭領の管理不行き届きを可愛くぼやいた。


「すでに城のヒッタイト兵は動かした・・・。貴様ら。もう逃げられんぞ・・・」 


 徐々に距離を詰める男から漂う、陶酔感に混じる強烈な殺気。

 どことなく焦点が定まっていない目で近づいてくる男とともに迫り来る異様な気配に、カエムワセトとテティーシェリは思わず後ずさった。


 テティーシェリ。と剣を構えシャルマを注視しながら、カエムワセトが隣の踊り子に呼びかける。


「城の頂上を目指している弟達を探してくれ。嫌な予感がする」


 テティーシェリも両手の短刀を構えシャルマに注意しながら、横目でちらりとカエムワセトを見やった。


「いけません。殿下一人でシャルマの相手をすることになります」


「私なら大丈夫だから」


「嘘です」


 じりじりと後退してシャルマとの距離を測りながら、二人は言い合う。


「時間が無いんだ。二人で逃げて弟達の元にあいつを連れて行くよりずっといいだろ」


 カエムワセトのこの言い分に、テティーシェリは反論しなかった。

 タイミング良く、シャルマが重心を前に傾ける。


 来る。と二人は察した。


「―― 行け!」


 カエムワセトに後ろへ押しやられたテティーシェリが走りだすのと、シャルマが突っ込んでくるのはほぼ同時だった。


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