オネエもどきの座長 パシェドゥ
「それじゃあ、私はこれから兄上に用があるので」
カエムワセトが四人の忠臣に新しいメンバーを託して去ろうとした時、どこからか叫び声が聞こえた。
「テ、ティ、イ、シェリー~!!!」
どんどん大きくなってくるその声は、カエムワセトの新しい忠臣の名を呼びながら、暗闇から華やかな男の姿となって形を表す。
タ・ウィの座長は驚くべき速度で走って来ると、砂埃を上げてスライディングしながらカエムワセト達の前で静止した。
目を丸くしている面々をよそに、テティーシェリの顔を左右から両手で圧し潰した彼は、甲高い声で興奮気味にまくしたてる。
「あんた座長のあたしに挨拶もなしにさっさと消えるんじゃないわよぉ!いくら第四王子との再会を待ちわびていたからって、ちょっと白状じゃな~い!」
「すみません。パシェドゥ座長は王様に呼ばれていらっしゃらなかったので、まず殿下の臣下の方にお目通りを、と思いまして」
カエムワセトと忠臣達が呆気にとられている中、頬を潰されたテティーシェリは慣れた調子でパシェドゥに答えた。
座長には改めてご挨拶に行こうと思っていたのです。
棘を全く感じさせない柔らかな声色で、テティーシェリは座長に微笑む。
緊張を解き、上ずりもどもりも無くなったテティーシェリの声は、甘い花の香の様だった。
「あ~らそうだったの?」
落ち着きを取り戻したパシェドゥは幾分声を低くして、テティーシェリの頬から両手を放した。ふうう、と一息ついた彼は、「ダダ走って汗かいちゃったわ」と服の襟をぱたぱたさせて胸に風を送る。
「すみません、パシェドゥ座長。私がテティーシェリに声をかけて連れて来たんです」
カエムワセトはパシェドゥに、座長の断りもなく団員を連れて出た事を詫びた。
パシェドゥはカエムワセトが居る事にこの時初めて気付いたらしく、目をパチクリさせると「あらやだ!」と口元に手を当てた。
手早く身なりを正すと、彼は宴会場でファラオにしたように、団員の主となった第四王子に恭しくお辞儀する。
「改めてはじめまして。座長のパシェドゥと申します。お会いできて光栄ですわ」
ただし、口調は休業中のままだった。
「こちらこそ、会えてうれ―― !」
うれしい、と言いかけたところで、カエムワセトは両頬をむんずと掴まれ度肝を抜かれてしまう。
掴んだのはパシェドゥである。第四王子の頬を遠慮なく摘まんだ怖いもの知らずの座長は、18歳のピチピチした頬を弄ぶようにぐりぐりと回転させた。
「んもう~。テティーシェリが毎日呪文みたいに殿下殿下殿下殿下煩いからどんな男前かと楽しみにしてたら、可愛い坊やじゃないの~。あたし拍子抜けしちゃったわよぉ」
言い終わると同時に王子の頬を解放したパシェドゥは、続けて あっはっはっ! と城下町のご婦人がよくやっている手を上下に払う仕草で、豪快に笑った。
「はあ、どうも」
これまで出会った事のないタイプの男に、カエムワセトは戸惑いながらも、とりあえずの愛想笑いで対応する。
「こらまた強烈なのが出て来たなぁおい・・・」
人生経験が豊富なアーデスまでが、面倒くさそうに渋面を作った。
塵旋風が如く現れ周囲を引っかきまわしていくオネエ言葉の優男の登場に、その場の面々は完全に気圧されてしまっている。
だが、ジェトだけは己のパーソナリティが担う役割を忘れず、突然現れて戯れが過ぎる所業と共に主人をけなしてきた男に文句を付けた。
「俺らの主に向かって坊やはねえだろうが。そういうあんたはお姉さんかお兄さんどっちなんだよ」
果敢にも喧嘩をふっかけてきた少年に、パシェドゥは口と目を三日月形に変えて にま、と笑った。
「あ~ら。ボクぅ。その三白眼はお飾りなの?あたしはどっからどう見てもカッコイイお兄さんでしょう――が!」
最後の一文字とともに、三白眼の上にある額に強烈なデコピンをかます。頭が後ろに倒れるほどの威力で放たれたデコピンは、16歳の少年の足元をよろめかせた。
「さっ、さんぱく―― !」
眼つきの悪さを気にしているジェトは、デコピンされた額を押さえながらショックで固まる。
「大丈夫っすよアニキ。最近ちょっとマシになってきてるっス!」
カカル拳を握り、大真面目であまりフォローになっていない声掛けをした。
突然、パシェドゥが「あ~っ!」と甲高い悲鳴を上げ、カエムワセト達はびくりと体を震わせる。
パシェドゥは皆を驚かせた事などお構いなしに、忍び足でその場から立ち去ろうとしていた赤毛の女兵士の背中に人差し指を向けた。
「あんた、ライラじゃない!」
満面の笑みで名を呼ばれたライラは「ひいっ」と悲鳴を上げて背中を反らせると、今にも泣きだしそうな顔でそろそろと振り返る。
ライラの顔を見たパシェドゥは、「やっぱりぃぃ!」と頬に手をあてて大喜びした。
「あたしのライオンちゃーん!会いたかったぁ!」
目をキラキラさせ大歓喜で飛びかかって来たパシェドゥに、ライラは鳥肌を立たせてぶるっと体を震わせると脱兎のごとく逃げ出した。鳥肌を立たせてから逃げだすまでの所要時間はほんの一秒足らずである。
「いやああ!来ないで消えてあっち行ってー!!」
「いやぁん、逃げないでよお!」
甲高い叫び声を上げながら逃げ惑うライラを、パシェドゥは両手を広げて執拗に追いかける。
「ライラ、知り合いなのか?」
運悪く石に蹴躓いてがばちょと捕まり頬ずりされ始めた忠臣に、カエムワセトは呆気にとられながら質問した。
自他共に認める忠臣の鏡であるライラは、危機的状況にあっても主に「はい」と返事を返すのを忘れなかった。だが、その声は抱擁から逃れようと必死なため、濁音だらけである。
「私が入軍したての頃に、少しの間行動を共にしたのです。彼はラメセス将軍の、密偵ですから――ひいっ!」
説明の最後に再び悲鳴を上げたライラは、「どこ触ってんの変態!」と自分の胸を掴んだパシェドゥの頬を思いきり張り飛ばした。
「「「密偵!?」」」
ライラの説明に驚いたアーデス、ジェト、カカルの三人が仲良く合唱する。
「はい」とテティーシェリが頷いた。
「私達タ・ウィ一座の本業は、ラメセス将軍の忍なのです。旅芸人を装っているのは、それが一番怪しまれず方々に動きやすいからで」
アーデス達に説明したテティーシェリに、パシェドゥはライラを羽交い絞めにした状態で「あ~ら、あたしはどっちも本業だと思ってるわよ」と振り返った。
今日も王様からご褒美がっぽり~。
鼻の穴を膨らませて親指と人差し指で丸を作った名のある芸人一座の座長は、歌うように言う。
先程、元軍人のライラに力いっぱい張り倒されたはずなのだが、パシェドゥはダメージを負っているようには見えなかった。元気溌刺で、猛獣の如く暴れるライラを笑顔で押さえこんでいる。ただし、張り倒された左頬は正直で、真っ赤に腫れあがっていた。
自身も何度かライラの平手打ちを喰らって目を回している豪傑のアーデスは、『バケモンかこいつ』と内心で毒つきながら、別の指摘を口にする。
「密偵にしちゃあ賑やか過ぎねえか?」
「やあねえ、忍ぶ時にはちゃんと静かにできるわよ」
喧しいという自覚はあるようだ。
アーデスは小さく唸って黙った。
「ライラ、あんた髪痛んでるじゃない。肌も乾燥気味だし。オイル塗ってあげましょうか?」
「余計なお世話よ早く放しなさい!」
猫が嫌がって前足で突っ張るような格好でパシェドゥを押し返すライラを見ながら、ジェトが「すげえ。ライラが圧されてるぜ」と感嘆のため息を漏らした。
「とんでもねえオバハン男が現れたもんだ・・・」
無駄に関わるな、という本能からの警告を感じたアーデスは、同僚に助け船を出す気すら起きなかった。
「あんな嬉しそうな座長、久しぶりに見ました」
まるで犬とじゃれている者を眺めるかのように、テティーシェリは温かいまなざしを座長とライラに向ける。
「あれ?殿下、大丈夫スか?」
カカルが先程から一言も発しない主に気付き、近づいて気遣わしげに見上げた。
今度はカエムワセトが、幼馴染とオネエ言葉の男の大騒ぎを前に、放心状態になっていた。




