踊り子の仕事とは
「この人はテティーシェリ。一座の踊り子をしていたんだが、私に仕えてくれる事になった」
「そ、そのぉ・・・。殿下に御恩返しがしたくて、是非とも従者に、と・・・」
よろしくおねがいいたしますぅ。
武器庫前。主からの紹介を受け、か細い声とともに頭をさげた華やかな踊り子の登場に、カエムワセトの従者四人の反応は見事に異なっていた。
「なーんでぇ。嫁じゃねえのかよ」
期待はずれの展開に、面白くなさそうにするアーデス。
「嫁でも従者でもいいけど、とばっちりで負傷するのはもう御免だぜ」
調子が狂いっぱなしの上官が起こす失敗の餌食に今後もなるのではないかと恐れるジェト。
ちなみに、ジェトの右足には剣を落とされた時にできた切り傷が数カ所見られる。
「美人っスね~」
単純に、目の保養になる仲間ができたことを喜ぶカカル。
「・・・・・・」
そして、放心状態で迎え入れるライラである。
とにもかくにも、嫁ができたというのはデマだったのだ。
驚くべきスピードで伝わった割にはどでかい尾鰭がついてしまった噂の真相を知ったアーデス、ジェト、カカルの三名は、
ま、そりゃそうだよな。
と納得した。
この国宝級にお行儀のよい王子が、出会ったばかりの踊り子に手を出すわけがない。
なにしろ、
「本当に申し訳ございません〜。わたしが紛らわしい言い回しをしたばかりに・・・」
そう言って両手で顔を隠し、己の失態を可愛く恥じ入る踊り子にも、
「気にしないで。噂なんてそのうち無くなるから」
と、実に爽やかな笑顔を返すほどのトウヘンボクぶりだからである。
もしここにあの第六王子が居たら、『清らか過ぎて反吐が出る』とか言いそうだな。とジェトは乾いた笑いを洩らした。
だが、やはり踊り子という職業には、如何わしい印象がついてまわるものだった。勿論全ての踊り子が芸と共に体を売っていたわけではないが、定着しているイメージというのはやはり共通の概念として世の中に広く知れ渡ってしまう。
「けどよ。踊り子さんにできる仕事っていやあ・・・なぁ?」
自身も何度か踊り子のお世話になった経験のあるアーデスも、踊り子と聞けば芸事のほかに夜のお仕事をイメージしてしまい、隣で何やら難しい顔をしているお年頃の少年に同意を求めた。
ジェトも16歳。元は盗賊団に居た事もあり、そういった大人の世界はよく知っているだろうと見越して求めた同意であった。
「なあってなんだよ」
常識人を気取っている割にちょいちょい迂闊な発言をする中年の護衛仲間に、ジェトは呆れながら聞き返した。
アーデスとジェトの会話の内容を、『芸人に従者の仕事が務まるのか』という健全な問答に解釈したカエムワセトは、下世話な話をしていた二人にいつものように上品に微笑んだ。
「テティーシェリは普通の踊り子じゃないんだよ。詳しくは本人から聞いてくれたらいい」
そして、とりあえず新人の処遇は親衛隊隊長のライラに頼もうと赤髪の忠臣に目を向けた所で、カエムワセトはやっと彼女の異変に気付く。
「・・・ライラ?大丈夫か?」
いつもならカエムワセトが頼む前に率先して世話役の名乗りを上げて来そうなライラが、今日はカエムワセトが呼びかけても反応せず、終始ぼんやりとしていて一言も発しない。
「おい、ライラ。呼ばれてんぞ」
「――はっ。 はい!なんでしょう!」
アーデスに肘でつつかれて、ようやっと正気を取り戻す始末である。
やはりカエムワセトの呼びかけに全く気付いていなかったライラは、慌てて笑顔を繕った。
快活なライラらしくない呆けぶりに、まさか彼女が、自分とテティーシェリの噂によって受けた精神的ショックからまだ立ち直れていないとは夢にも思わず、カエムワセトは真っ先に体調不良を疑った。
「ライラ、体調が悪いのなら無理せず休みを――」と本気で休暇を取らせようとする。
「いいえっ。大丈夫です!私はいたって元気ですので!」
生まれてこのかた病気など患った事のない健康優良児のライラは、慌てて主の思いやりを辞退した。
「新しい従者の方ですね。諸々はお任せ下さい」
表情を引き締めていつもの頼れる部下に戻ったライラに、カエムワセトは無理をしないよう忠告してからテティーシェリを掌で示した。
「ライラも覚えているかな?子供の頃、メンフィスで会ったヌビア商人の子だよ」
自分と同じ思い出を共有しているはずの幼馴染のライラに、カエムワセトは喜ばしい再会を告げる。
ライラは眉を寄せてヌビア系の美人をまじまじと見ながら「ヌビア商人の子・・・」と呟いたが、やがてぱっと顔を輝かせると「ああ!あの踊りが上手かった人!」とテティーシェリを指差した。
指を指されたテティーシェリは「はい」と花の様な笑顔で頷く。
「確か・・・別れ際、殿下に『次に会えたらお礼をしたい』と言っていた方ですね」
子供心にテティーシェリの存在に少なからずの危機感を覚えていたライラは、続いてテティーシェリが別れ際にカエムワセトに言った言葉を思い出し、笑顔を引きつらせた。
やはりライラもテティーシェリが踊り子として現れた事で、『お礼』の意味を如何わしい方向に解釈してしまったようである。
しかも追い打ちをかけるように、次のカエムワセトとテティーシェリ二人の会話がライラを絶望のどん底に突き落す。
「お礼ならもうしてもらったよ」
「あれは挨拶代わりです。殿下にはきちんと、これから精いっぱいお礼をさせていただきますので」
腕の傷の治癒をお礼と受け取ったカエムワセトに、テティーシェリが家臣として誠心誠意仕える事でお礼を返す、と言っているだけなのだが、不幸にも言葉選びが曖昧だった故に、ライラはまったく別の意味に捉えた。
和やかに会話をする二人を前に、ライラは再び放心状態に陥る。
死刑宣告でもされたような顔で茫然とたちつくす上官をげんなりと見やりながら、ジェトは「勘弁してくれよ」とため息をついた。
「ライラさん、ホントどうしたんスかね?」
カカルが、広い肩を揺らしながら腹を押さえて必死に爆笑を我慢しているアーデスに忍び声で訊ねた。
「さあな。まさかのライバル出現に頭真っ白、ってとこなんじゃねえか?」
アーデスは目に涙を溜めながらカカルに答えた。
これまでカエムワセトは色恋に無縁の生活で、婚活にもまったく興味が無かった。時折姿を見せるリラは、カエムワセトにとってもライラにとっても妹の様な存在である上に、放浪癖があるため恋愛対象にはなりにくい。
そんなぬるま湯に浸かっているような進展のない関係に、ライラはすっかり甘やかされてしまっていたのだ。
面白いから放っておこうぜ。
アーデスはこみ上げてくる笑いに耐えながら、震える声でカカルに言う。
同僚の今後の行動の変化に期待したアーデスは、しばらくは傍観者でいる事に決めた。
さて、今回も2000字程度を目安に投稿させて頂きました。
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