カエムワセトの弱点
ネベンカルが踊り子に魅せられていた丁度その頃。
カエムワセトの忠臣四人は、厨房前の庭に続く廊下に腰を下ろし、仲良く夕食を食べていた。今夜はラムセス二世が家族の宴を開いているため、忠臣四人に渡された食事もいつもより豪華である。
大喜びで鳩肉の塊にかぶりついているジェトとカカルに、豆のスープをパンですくって口に入れたライラは「これ食べたら武器庫で在庫確認しに行くからね」とこれからの予定を二人に告げた。
「残業かよ」
ジェトは不満を漏らした。
今日は朝から地獄の訓練に引き続き、予定外の模擬戦で大いに神経を擦り減らした。出来る事なら夕食を食べたらすぐに宿舎に帰って眠りたいと思っていた。
ジェトの気持ちに同調するように、隣に座るカカルが大欠伸をする。
「仕方ないでしょ。戦争になるんなら、今のうちに出来る事はやっておかないと」
そう言ったライラの声は明らかに緊張していた。
カエムワセトが出兵するとなれば、先の魔物戦や国内の保安活動を除けばライラもこれが初陣となる。魔物戦は正直、ライラにとっては大嫌いなオカルト現象ばかりが印象に残る、てんやわんやの戦いだった。戦争、と呼ぶには少し毛色が違っていたのだ。
それでも仲間と兵士の幾人かが命を落としたのだがら、戦闘の範疇に入れない事はできない。だが今回は確実に、地方の小競り合いとは違う、国同士の、人と人との、血で血を洗うような大規模な争いが起きるのである。
いつもの有り余るほどの元気を失っている上官に、ジェトとカカルは不安げに顔を見合わせた。
「絶対に生き残れる、とは言わねえ。死にたくなければ今のうちに逃げろ。誰も責めねえよ」
これまでの戦争で幾人も仲間を失って来たアーデスが神妙な面持ちで言った。
アーデスは自分が今こうやって生きている事は奇跡だと思っている。無数の小さな灯が突風に吹き消されるが如く、人が当たり前に死んでいく戦場では、生き延びる方が難しい。
ライラはアーデスの忠言に否定も肯定もせず、ただ黙って掌の中のスープに視線を落とした。
カカルが「冗談でしょ!」と声を上げた。
「第六王子から役立たずのレッテル貼られたままなんてゴメンす!」
ネベンカルに『要らん』の一言で拒絶された事を根にもっているカカルは、鼻息荒く逃亡案を棄却した。
「それ以前に、あの人見捨てて逃げたら天罰くらって結局死ぬと思うぜ俺は・・・」
パンをモグモグしながら、ジェトは魔物戦で主人が賜った神々からの助力の数々を思い出していた。見捨てるとなると、それ相応の罰が下りそうである。
戦場でもカエムワセトに付いてゆく意志を示した新米の少年二人に、アーデスは「そうか」と微笑み、その大きな手で二人の頭を順番に掻きまわした。
ライラもほっとしたような笑みを浮かべ、またスープを食べ始める。
「そういえば、今日あの人最後にいきなり優勢になったよな?あれなんで?」
先程のカカルの主張で、カエムワセトの昼間の戦いぶりを思い出したジェトがアーデスに訊ねた。
負ける寸前だったカエムワセトが、何故急に逆転劇のような勝利を収めたのか。ジェトにはあの一連の様子が不思議でならなかったのである。
アーデスは「ああ、あれな」と肉を噛りながら、
「上手い具合に刃の部分がなくなったからだよ」
と答えた。
どういうこと?という顔で、ジェトとカカルがアーデスを見る。
「それじゃあ全然分んないわよ」
ライラに説明不足を指摘されたアーデスは、「すまんすまん」と笑い、主の特性を語る。
「あいつは武器を持ってると攻撃時に、無意識的に“躊躇い”が出るんだ。それが一瞬の遅れに繋がる」
殺傷力の強い武器であればあるほど、その“躊躇い”は顕著になるのだ、とアーデスは加えて説明した。
「要は、相手を傷つける心配がなくなって、遠慮しなくてよくなった、ってことすか?」
武人目線の言葉で語るアーデスの説明はまだ少し分りづらかった。カカルは考えながら、それを噛み砕いて質問し返す。
「そういうこった」
アーデスが肯定した。
実にカエムワセトらしい特性に、ジェトとカカルは「はぁ~」と感嘆する。
「腹の底から善人っつーことか。お優しいね、ホント」
感心と呆れを同時に含んだジェトの感想に、アーデスはため息で返した。
「平和な時代ならよかろうさ。だが今じゃ、それはあいつの弱みでしかねえ」
戦場では、例え一瞬でも攻撃の遅れは命取り。
カエムワセトの甘さが戦場で己の首を絞めるであろうことは、戦歴豊富なアーデスには手に取るように分る。
「お前らも模擬戦で見ただろ。あいつは技術面に関しちゃ申し分ねえ。体力もある。けどそこを直さんことにゃ、あいつの戦いはお遊び止まりだ」
「けどそれって、性格的なもんでしょ?どうしようもないっす」
カカルの意見はもっともだった。
カエムワセトの弱点とも言える特性は、性格が全ての原因である。カエムワセトは武術訓練を嫌ってはいたが、持ち前の真面目さで他の兄弟以上に訓練に労を費やしていた。よって、その特性が体力や技術面に問題があっての事なら、アーデスも簡単に矯正させることができたはずだ。
「そうだ。俺も散々直そうとしたが駄目だった」
カエムワセトもアーデスも、試行錯誤して今の状態なのだ。
半ば諦めていたし、楽観的にも構えていた。人類史上あるかないかの魔物戦を勝ち抜き、これなら今後も何とかなるだろうと思ってもいた。 今日までは。
アーデスは今日、主の模擬戦の戦いぶりを見て、事はより深刻だったと知った。たかが槍先の有無一つで、まさかあれほどに動きに違いが出るとは思っていなかったのだ。
武器同士がぶつかり合う人と人との争いで、カエムワセトの魔術は役に立たない。
戦場を生き残る為に必要なのは、何としてでも生き残る気概、闘志、覚悟。そして殺意。最後の一つは今のカエムワセトにとっては一番難しい。
「真剣勝負になればなるほど、あいつには不利だ」
戦争がおっぱじまる前に何とかしねえとな。
アーデスはそう言うと、頭を掻いた。
困った時に頭や首を掻くのは、アーデスの癖である。
忠臣として、武術指南役として。アーデスには主を守るだけではなく、己を守る力を身につけさせる責任もあったのだった。




