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目覚めの炎 8

『まず、アンタと私の契約関係だけど』


 人間相手に礼儀など必要ないとでも言わんばかりに、机に腰を下ろしたままで光体は話を進める。


『……アンタがどこまで魔術を知ってるのかしらね。"使い魔"って分かる?』

「えっと、魔力で繋がった主従関係、だったかな」


 会話というか、コミュニケーションは一応成立している。だが、光体はたたずんでいるだけだし、声は相変わらず頭の中に響いてくる感覚だ。目の前にいるようでそうでない、奇妙なやり取りが行われている。


『まあそんな理解でいいわ。で、今の私とアンタがそれ』

「え、じゃあ僕、魔王の使い魔なの!?」


 知らず知らずのうちに魔王の手先にされてしまったのかと、リフルは大きく動揺して問い質す。反面、光体の声色は相変わらず呆れたような調子が強い。


『……逆よ、逆。私が、アンタの使い魔になってんの』


 わざわざ言わせるなという風にぶっきらぼうに回答する。心なしか、光体の輪郭も崩れがちになっているようだ。だが、更に予想の上をいく返答に、それでますますリフルは混乱しているようだった。


『本当はねえ、魔力が繋がった瞬間に契約ごと術者を喰らって、私一人で顕現する手はずだったのよ……!』

「え、え!?」


 座っていた机を飛び降り、光体はリフルの目の前にずいと近づく。反射的にリフルは後ずさりをするが、語気に圧されて膝を崩してしまう。

 矢継ぎ早に衝撃的な事実を暴露され、思考は先ほどとは違う形で圧迫される。魔王を使い魔にしている上に、一歩違えば殺されてしまったかもしれない。そんなことを突然言われて混乱は加速する一方だ。


『だっってのに、人間!』

「ぇ、はい!?」

『魔力が少なぁい!そこがイッチ番ワケ分かんないの!』


 光体が足を大きく上げ、尻もちをついているリフルの胸を踏み抜こうと振り下ろす。だが、明確な実体を持たぬ光の塊はするんと胴を貫通し、床に触れても足音さえ立たない。


『アンタ、なんなの』

「いや、えっと、そんなこと言われても……」

『仮にも私を喚び起こせたんなら、それなりにも持ってるはずなの、魔力』


 光体に表情はない。それを読み取れるような顔の部位が全てないからだ。だが、そのまっさらな顔に厳しく睨みつけられているのは感じ取れた。


『なのに、私がまともに顕現する余裕すら今のアンタにはない』

「あ、使い魔の契約関係……」

『察しは良いのね。アンタから魔力を分け与えられて、ようやく私は自分自身を運用できる』


 胸を踏み抜いた足で、そのままリフルの顔を蹴り上げる。やはり光体は体に触れずすり抜け、少し彼の髪が舞い上がったくらいだ。呆気にとられるリフルをよそに放った足を戻し、光体は踵を返す。


『引き出せる魔力が少ないせいで、私はこんなあやふやな体でしかいられない。召喚時の半分以下の量さえ供給できないとかそんなことある?』

「それは僕も、よく分かんない、かな……」


 光体は先ほどと同じく机に腰を据えて足を組み、価値を推し量るようにリフルを見つめる。曖昧な形でしか実体を持てないとはいえ、目の前のそれは魔王を名乗る驚異的な力の持ち主だ。改めて面と向かって、やはり拭えぬ緊迫感があるとリフルは息をのむ。


『……いっそ干からびるの承知で無理矢理引き出そうかしら』

「なっ!? 待ってよそんな!」


 ここまでの横暴ぶりをまともにくらった後では、本当にやりかねないと感じてリフルは焦る。だが、その様子と裏腹に光体は退屈気に頬杖をついていた。


『しないわよ、アンタに死なれたら私まで困るもの』

「あれ…、そ、そうなの……?」

『当然でしょ。契約の主が死んだら縁を辿ってこっちにも損傷が出る』

「でも、最初に"契約ごと喰う"って……」


 光体は、今度は体の動きだけで見て取れるほど大きな嘆息をついた。"それができれば"や"本当にバカ"といった意図が込められているなとリフルは直観的に感じたが、流石に口にするのは憚られた。


『それをやろうとしたら、アンタの魔力が途切れてダメになったの。おまけにそのまま気絶するし、部屋まで連れてくの苦労したんだから』


 そういえば、とリフルは思い出す。あの夜が現実だったならば、屋敷の誰にも気取られずに倒れた自分は部屋に戻されていたのだ。あちらからすれば自身は取るに足らない存在だというのは、ここまでのやり取りで十分痛感している。だからこそ、リフルはその行為に疑問がわいた。


「それは、ありがとうございます……? でもなんで?」

『困るの、私のことが知られると』

「あー…」


 余りの簡潔さに頷くしかなかった。あちらに人間一人の体調を気遣う理由などあるはずがないし、それをわざわざ行動に起こしたということは、自分にとって重要な事なのだろう。嫌な納得感ではあるものの、腑に落ちたリフルは服の裾を軽く払いながら立ち上がる。


『ポンコツな人間と契約させられて、まともに実体も持てない。こんな状態で本職の魔術師連中にでも見つかったらたまったもんじゃないわ』

(……あ、いっそ僕から明かしてしまえばいいのか)


 魔王という名の真偽はともかく、この存在が強力かつ人間に何らかの害をもたらす可能性があるのは想像がつく。ならば、まともに抵抗できないうちに吊り上げてしまうのも手である。そんな考えが頭に浮かんだリフルを咎めるかのように、光体は顔を伏せたまま重く言い放った。


『まあでも、そろそろ、使い勝手も分かってきた』

「え?」

『─────例えば、そうね。"こう"かしら』


 光体はゆっくりと顔を持ち上げると、ゆるりと正面に持ち上げた右手を軽く振り円を描く。数瞬の間だけ耳鳴りが聞こえたかと思うと、突如として軋むような痛みと熱がリフルの頭を襲いだす。

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