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目覚めの炎 6

 ぼんやりと、鳥のさえずりが聞こえる。窓からは陽光が差し込んでいて、その光がちょうどまぶたに重なっていた。覆い切れない眩さと鬱陶しさで目覚めると、寝返りで朝日から顔を隠す。未だ睡眠を求める体を、ベッドは文句の一つも言わずに迎え入れた。


(…………あれ?)


 ベッドで、安らかな眠りについている。リフルにとってはごく当たり前のことだ。だが、それに妙な違和感を覚えて、眼は閉じたまま問いを巡らせる。

 昨晩はいつも通り就寝した。昼間の事もあって疲れを残すまいと寝込んだのだ。だが、夜になって半端に目が覚めた。その後は───。

 そこまで思い出して、リフルは決定的な状況の食い違いにたどり着いた。


「そうだ! あの本!」


 一気に上半身を起こし、すぐさま自身の状態を確認する。記憶が正しければ、最後には屋敷の外にある馬小屋の辺りで倒れたはずだ。だというのに、飛び起きた目で周りを見渡しても、ここは間違いなく彼の自室のベッドでしかない。

 不可思議な状況にリフルが混乱していると、彼の意表を突いたかのようにドアが叩かれた。


「リフル、起きているか?」

「うぇっ!? あっ、はいっ!」

「そうか、入るぞ」


 応答を聞いて入ってきたのはフラッガだった。朝方で食事もまだだというのに、既にどこか気の引き締まった風格を背負っている。相変わらず切り替えの早い青年と対照的に、リフルは慌てふためいた様子で返答している。彼の動転をよそにフラッガは窓を開ける。吹き溜まった夜の空気をささやかな風が押し流していった。


「体調はどうだ?」

「あ、いや、問題ない、です……!」

「そうか、昨日はああだったから心配していたが……」


 その分なら問題なさそうだ、とフラッガは納得したような顔をしてベッドに腰を下ろした。もし、リフルが外で気を失っていたなら彼も耳にしているはずだ。意識が飛びかけたりしていたので気遣われるのは当然だが、真夜中に屋外で倒れていた人間を案ずるにしてはやや穏やかにも思える。"一晩休めば大丈夫だろう"という態度を、リフルは彼の声色に感じていた。

 自身の記憶と現状の齟齬からどこからが事実なのかも分からぬまま、リフルは探るようにフラッガへ問いかける。


「あの……、ちょっと僕も分かんないんですけど……」

「なんだ?」

「昨日の夜って、なんか変わったこととかありました……、か……?」

「変わったこと? ふむ……」


 フラッガは腕を組んで宙を見つめる。そうして思い出そうとしなければ分からないということは、昨晩のリフルの事は知らないのだろうか。


(いや、屋敷での出来事をこの人が聞かされてないなんてことは無いだろうし…)


 使用人に関する事ならともかく、リフルは一応家の人間に近い。そんな彼が夜中に外で倒れていたなどということがあれば、流石に耳にしているはずだ。フラッガの態度から、昨晩の事は現実ではないとリフルは判断することにした。


「何か気になることがあったか?」

「や、なんていうか! 夢だったのかな多分!」


 夢ならそれでいいと割り切ってリフルは誤魔化す。唐突な質問に引っかかる部分の残るフラッガだったが、昨日のリフルの調子であれば妙な思い違いも起きるだろうと考え、特に掘り下げなかった。


「そういえば! あの荷馬車はどうなったんですか?」


 これ以上言及しては返って怪しくなると考え、リフルは別の話題を振る。


「ああ、王都には事情を伝えたが、対処に少し時間がかかるらしい。しばらく輸送兵の彼らもここに滞在することになりそうだ」


 朝日とそよ風とが部屋に舞い込み、朗らかで優しい朝の空気を運ぶ。昨日の不可解な出来事も、この穏やかさに包まれると全てが勘違いのようにさえ思えてきた。


「体調に何もないならそれでいい。落ち着いたら降りてきなさい、直に朝食も整うだろう」


 そういって、青年は部屋を後にした。一連のやり取りで出した結論から、リフルも昨日のことは考えないでいいだろうと切り替える。


(朝にあの夢を見たときから、調子悪かったんだな、きっと……)


 いささか不思議の舞い込んだ日ではあったが、その正体が思い込みだけならば、それまでだ。平穏が続くことを再確認した心のどこかで、落胆に似た感情が芽生えていたことは、リフル自身にも分かっていなかった。


『なに納得してんのよ』


 突如、聞きなれない声が響いた。


「え!?」


 驚いて周りを見回す。だが、部屋に彼以外の人影はない。


『全く、あのままじゃ面倒だからわざわざ部屋まで戻してやったのに』


 だが、声は依然として聞こえてくる。それも、どこか一方から話しかけられているのではない。まるで部屋全体が何か大きな生き物の腹の中かのように、正体の見えぬ声が全身を震わせている感覚がリフルを包む。


『魔王への謁見を"夢だった"なんて、随分と恐れがないのねえ。人間』


 "魔王"。

 昨晩の記憶の、最後の一瞬に引っかかっていた言葉。

 有り得ないと振り払った感触が一気に蘇り、それでも信じられないという気持ちでリフルは声を上げる。


「だっ、誰だよ! どこにいるんだ!」

『どこって……、アンタまさか、自分の魔力も追えないわけ?』


 そういわれた瞬間、視界の端に強烈な気配が発生する。肌で分かるほどに張り詰めた空気はそのまま喉を絞めてしまいそうで、息をすることさえ躊躇われた。しかし、この感覚も三度目だ。必死に理性が絶叫し本能に活を叩きこむ。

 感じ取れる方向を向くと、昨日の夜に触れた本が机の上に鎮座してた。ただの本でありながら、今に地の底まで沈んでゆきそうな重さと存在感を放っている。それに気付いた途端、周囲から響いていた声は一方向から飛来した。


『そう、ここ。やっと分かったの?』

「お前、は……ッ! この感じは…、そんな……!」


 嘘ではなかった。昼間の幻覚も、夜にさまよった記憶も。

 点と点が結ばれていく。目の前の抗いようのない威圧感が、全ての出来事を裏付けていく。これほどの存在が許されるのなら、あれくらいの超常になど何も不可解はない。だって、そこにいるのは─────。


『不遜な人間に教えてやる』

『私が、魔王』


 少年の日々が、捻じ曲げられる。

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