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目覚めの炎 4

 突如来訪した騎士の報告を受け、事態を重く見たフラッガは即座に領地の私兵から分隊を編成し、応援に向かうと決定した。兵たちが装備を整える様子に目を光らせ、時折急かすよう声を飛ばす。その後ろで、リフルは日常から戦闘へと切り替わっていく兵士の姿と、誰より早く戦闘に心を切り替え終わっているフラッガを見上げていた。これから、この厳格ながらも穏やかな青年は戦いに出るのだ。突如聞こえ出した非日常と金属の足音を耳にし、起きている状況の緊張感に息をのんだ。



 ─────ドクン。


 刹那。


 周りの音が消し飛び、襲来した静寂の中で、何より強く響く一つが脳を鳴らす。


「───え」


 バッと、聞こえたかもしれない方角を振り向く。

 気づくと視界からは色が抜け落ち、輪郭が融け、灰色の荒野に立たされているような錯覚。無限に思えるような地平の際で、ナニカが胎動する気配を見つける。

 呼ばれているのか、招かれているのか、或いは、獲って食わんと双眸を据えられているのか。見えない何かに撃ち抜かれたような感覚だけが全身を満たし、少年は呼吸すらできない。

 ───────────────フル

 景色の臨界で、そこにいる気がするナニカが、ぐにゃり、と影を変える。アレは今に、動こうとしているのかもしれない。ならば次は、しかしこの距離だ、いや逃げだすべきだ、頭が決定するのは早かった。

 ──────────フル

 だというのに、体が動かない。魂はこれほどまでに叫び、暴れ、走りだそうとしているのに、肉体は石のように固まってこれを閉じ込める。

 影は動いている。徐々に形を変えて、ねじれて、小さく、点のように、いや、あれは矢のように、つまり、こちらにめがけて


「─────リフル!」


 肩を揺さぶられ、その振動で体の動かし方を取り戻す。ハァっと無意識に吸い込むのと同時に、世界は色のあふれるいつものそれに戻っていた。


「大丈夫か!?」


 突如として生命活動を再開した反動で、リフルはいくらかせき込む。しかし、その様子で意識が戻ってきたことを理解したフラッガは肩から手を離し、視線の高さを合わせるために折っていた膝を伸ばし、立ち直した。


「どうしたんだ、急に呆然として」

「…あの、えっと」

「意識は戻ってきたようだな……。一応、自室で休んでいた方がいい」


 フラッガに体調を気遣われ、それほどまでに自分の様子がおかしかったのかとリフルは感じる。また、先ほどの、それ以外の一切が認識できないほどの正体不明の存在感についても、どうやら感じ取れたのは自分だけであるらしいとも理解した。

 そういえば、今朝はいつぶりかの、あの夢を見たのだ。リフルにとって、彼の生活に大きく影響を及ぼしたあの日の記憶はずっと遠ざけてきたものでもある。それを今になって、前触れもなく夢に見たことに何かの因果を感じられずにはいられない。だが、それを考えるには、先ほどの幻に精神を削られ過ぎたのだろうか。ロクに思考がまとまってくれない頭で、どうにか空返事を打つのがやっとだった。


「この件が片付いたら改めて体調を見ようか? それとも、急ぎたいなら今から俺が医者に使いだけ出してもいいが」

「いや……、大丈夫、です……」

「しかし……」

「フラッガ様、用意が整いました!」


 兵の一人が、フラッガに出撃準備が完了したことを報告する。それに視線で応えながらも、なおも彼はリフルの身を案じる態度の方が強かった。このままバートの邪魔をすることも気が引けると感じたリフルは、どうにか安心させようと言葉を絞り出す。


「大丈夫、大丈夫ですから……! 一人で部屋に戻っています……!」

「……そうか。何かあれば、また戻ってきてから聞こう」


 それを区切りに、青年は厳しい顔つきを取り戻す。今回の出撃についての情報を改めて配下の兵に告げながら、自身も愛馬に跨った。

 その喧騒を背後に、リフルは自室へと戻っていく。やや足取りがおぼつかないが、今はフラッガに心配させるわけにもいかない。それに、未だ影響を残している幻覚の正体を考える余裕が生まれるには、もう少し時間が要りそうだ。


 *****


 気が付いたころには、空は橙色に暮れていた。

 自身のベッドに倒れこむように伏せていた体に力を入れ、ゆっくりと持ち上げる。部屋に戻ってくる前後の記憶が不明瞭なので、よほど意識が混濁した状態だったのだろうか、とリフルはベッドに座り直しながら体の調子について考察した。


「…あ、もうそんな時間か」


 昼間から夕方にかけて、時間が吹き飛んだかのような錯覚。それだけ深い眠りに、彼は沈んでいたということだ。

 両側の頬を軽く叩き、まだ少し重く感じる頭を覚ます。昼間に見たもぼろしの意味は依然として分からないが、とりあえずこのまま呆けていてよいこともないだろうと倦怠感を振り払う。そうして立ち上がったところに、扉を叩く音が鳴った。


「リフル、起きているか?」

「あっ、はい! どうぞ!」


 返事を確認して、フラッガが部屋に入ってくる。昼間に見た武装や、襟まで閉じられた家系の戦闘服は身に着けていない。相変わらず自邸にしてはいささか過剰なほど身だしなみは整えられているが、出撃前の物々しさは解いていたようだった。


「体は大丈夫か?戻ってきてからも数度部屋に立ち寄ったが、返事がなかったから」

「えっ、そうだったんですか! 僕ずっと寝ちゃってたみたいで……」


 すいません、と不甲斐なさを謝るリフルだったが、無事なら構わないとフラッガは笑って返した。

 話によれば、街道に立ち往生していた荷馬車は無事保護され、兵士も荷物も領地に運び込まれたとのことだ。本来ならば魔除けの徹底されているはずの街道エリアになぜか出現した魔獣の群れは、フラッガら援軍を見て劣勢を悟ったのか、どこかに姿を消したという。


「だが、ただ追い払って終わりというわけにもいかない。本来ならあの周辺ではありえない魔獣の出現だからな」


 王都に報告し、街道は一時閉鎖。正式に調査と討伐の任務が組まれることだろう、とフラッガは語る。


「元々予定も無いとは思うが、君もこの件に区切りがつくまでは、領地を出ない方がいいだろう」

「そうですね…、ありがとうございます」


 ひとまず、状況は落ち着きを見せたようだった。

 リフルの体調を心配する言葉を最後に残し、フラッガは退室した。彼も王都から指示を受けるまでは勝手に動けない。事態は決着したわけではないが、一旦は普段通りの夕暮れ時、そして、普段通りの夜が訪れる。

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