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少年は向かい風を進む21

「んなっ!?」


 リフルの腕から流れ込むありったけの魔力が地面に走り、張り巡らされた亀裂をなぞる。

 それは、今の今までリフルが()()()()()()()()()()()()()()()刻銘術(コード)の印だ。上半身を前に傾けた姿勢は、何も体重で体を無理矢理にでも走らせるためだけではない。引きずった剣の切っ先で、大地に巨大な刻銘術(コード)を刻み込むためでもあった。

 腕から、自分の内側で動くモノが地面へ広がっていくのが分かる。クルステラから与えられた刻銘術(コード)の教本にあった【火】の印。紡がれたその溝へ、自身の生命力が燃料に注がれていく。


『必要なのはできるという確信だ。タガは自分で外したまえ、少年』


 『虹の魔術師』はそう言っていた。

 できるという確信、可能を疑わない盲信、それらは今はまだ、リフルには難しいのかもしれない。


「─────でもっ! 僕は、この力の極点を知っている!」


 目の当たりにした、魔王の振るう原初の火。地平を灰に染める大自然の破滅機構。

 命を脅かし、それ故に命あるものが無条件に恐れる紅蓮の牙。その一端は直接目にした。

 自分にできるかは分からない。あれが魔術で届く領域なのかは分からない。それでも、火がそれほどに強力な現象であることだけは、何より揺るがぬ真実として記憶している。


「有り得ない! 刻銘術(コード)でこれだけの出力なんて!?」


 立ち上がった火柱は、やがて自らの熱量に焦がされるかのように崩れ、周囲に広がった。


「くっ!」


 とっさに魔術で防御を展開する。光の障壁がグレイヴェートを包み、襲い来る熱と光の濁流から彼を守る。

 物理的な影響は完全に遮断している。だが、半透明の壁越しに対面する焔のうねりは、ただそれだけで何か畏怖を覚えてしまうほど強烈だった。


(だが、これではあいつも無事じゃすまないぞ……!)


 炎は無差別に修練場に広がっている。魔術での防御手段を失っているリフルでは防ぐことはできないだろう。

 恐らくは相打ち狙い。今頃はクルステラがリフルを保護し、この緋色の景色が褪せると同時に決着を告げるのだろう。

 炎が流れ、冷めていく。もとより火種も無い中で起きたことだ。そう長く持つはずはない。

 障壁を解除し、その余剰魔力を放出して炎を振り払う。橙色の名残りは徐々に薄れていき─────。


「はああああああああ!」


 その中から、リフルが現れた。


「バカな!?」


 反射的に後ろへ飛びのきながら、即座に魔弾を装填する。機械的に状況に対応しながらも、その頭はまるで別の思考に占領されていた。


(どうやって……! あの炎の中を進んできたというのか!?)


 それこそ一直線に来るなら爆心地を通過したはずだ。息だって切れているはずなのに、滾る熱の中を突破できたはずがない。こんなことは、有り得ない。

 だが、今はその考察は勝利に貢献しない。どうあれ彼は煉獄を駆け抜け、握った剣でグレイヴェートを狙っている。ならば対応は一つだ。


「【撃て(ファイヤ)】ァ!」


 既に目の前まで迫っているが、それでも剣より魔弾の方が速い。この距離だ、回避は間に合わない。弾いて上手く逸らしたとしても、それで突進の勢いは削れる。距離さえ取れれば有利なのはグレイヴェートだ。

 唯一危惧すべき行動があるとすれば、そのまま真っ直ぐ突っ込んでくること。


「いけ、る─────ッ!」


 魔弾が放たれたのと同時、リフルが踏みしめた次の一足は、彼の全身をただ前へと押し進めた。


(避けようがない! 勝った!)


 魔弾が正面から襲い掛かる。リフルは限界まで切っ先を伸ばして進んでくるが、それでもまだグレイヴェートには届かない。最後の足掻きだが、それも虚しく次は確実に当たる。

 その、はずだったが。

 魔弾が刀身に接触し着弾、するのではなく。

 弾丸が剣に貫かれ、そのまま光が吸収された。


刻印工(コーデッド)!?」


 刀身をよく見ると何やら傷をつけたような跡がある。その紋が魔弾に触れた瞬間に怪しく光り、魔力を吸い上げて無効化した。

 走り回る中で、魔弾が舞い上げた砂、先ほどの炎。何度かリフルへの視線が切れることがあった。その数瞬を何度も積み重ねて、彼はこの土壇場で十一個目の【吸収】の刻印工(コーデッド)を生み出していた。


(まさかソレで、あの炎も……!)


 もはや間に合わない。これで勝てると確信したのが決定的な隙、装填された魔弾を発射するより先に、ほんのわずかに速くリフルが届く。


「うらあああああああああ!!!」


 魔弾を貫いた剣を振り、上段から躊躇なく斬りかかる。その刀身は【吸収】による許容量越えでの自壊などうかがわせもしない白銀の閃き。当然だ、オプテマギアの魔術にぬかりはない。


「くっそおおおおおおおお!」


 それでも魔弾を放とうとする。

 だが、決着だ。

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