少年は向かい風を進む18
魔弾を受けた痛みがまだ全身を苛んでいる。立ち上がろうと力むたびに被弾個所の脇腹や膝が軋み、そのせいで自立することさえままならない。
うずくまる形のまま辛うじて見上げるグレイヴェートは、冷ややかな目でリフルを見下ろすばかりだ。
「……さて、どうする? 降参するなら今が賢いと思うが」
詠唱ひとつでとどめをいつでも刺せる状況、グレイヴェートの圧倒的優位。その実力差を誇示するかのように、彼は眼下へ継戦の意志を問う。
まだやれる、そう答えようとしてせき込む。腹部にくらった魔弾の影響で肺まで思うように動かない。だが、それでも意志は途切れていない。近くに散らばってしまっていた【衝撃】の刻印工に手を伸ばし、残された攻撃手段をかき集める。
「往生際の悪い……ッ!」
「─────ったぁ!」
伸ばした手をグレイヴェートが蹴飛ばした。つま先が手首を突き、そのまま痛みで意識の途切れた手が石を放ってしまう。
「あれで全部だな。【撃て】」
グレイヴェートの後ろに現れた魔弾が連続して三発。散らばった石を正確に打ち抜き、衝撃波と魔力が霧散した。微かに地面が震え、それでリフルも攻撃手段が完全に奪われたことを地に伏しながら理解する。
「【吸収】の方はまだ残ってるだろうが、それではどうしようもないだろ」
手を掲げ、【構え】と口にする。再びグレイヴェートの背後に円を描くように六発、魔弾が出現した。
更にその手がリフルに向けられ、突き出した手のひらの先に一発の光球が発生する。標的とは目と鼻の先、この距離では外すことも、防ぐことも間に合わない。
「諦めろ、終わりだ」
いずれにせよ、この一発を急所に入れてしまえばそれで勝利だ。もはや足搔く理由さえなくなっただろう。
リフルは顔を伏せてこそいるが、聞こえた詠唱と、じんわり伝わってくる空気の熱の変化で自分の窮地は大体予想がついている。ここからとれる行動といったら、顔を上げ、相手にひと言告げてやる余裕くらいしかないだろう。何より相手が、そうすることを待っているのだから。
ならばやることは一つしかあるまい。
顔を上げる。この数刻で少しながら調子を整えた肺に空気を取り込んで、言うべきことを言う。
「まだ、やりますから……!」
その顔は苦痛の中で微かに笑っていたように見える。
「そうか」
返答は、光だった。
至近距離から放たれた魔弾は当然曲がることなどせず、無慈悲に直線をなぞる。
地面が鳴り、土煙が昇る。この一撃で終わらせるつもりだっただけあって中々の威力だ。
足元に破壊の跡が見えた。つまり被弾したのは地面であり、リフルではない。
「ぐぅっ! まだ、まだ……!」
魔弾の威力を利用して、自ら弾かれ横っ飛びに着弾地点を抜け出したリフルが、少し離れた位置で立ち上がっている。未だ感覚が万全でない体を無理矢理起こし上げているせいでかなりボロボロだ。中でも、先ほど吹っ飛ぶため犠牲にした、自ら魔弾に叩きつけた左腕は衣服越しに血が滲み、がくがくと小刻みに震えている。
「往生際が悪いと、言ってるだろ!」
横に振り払った手に呼応して背後の魔弾が連続して射出される。
無疵のグレイヴェートと、立ち上がるだけでも消耗するはずのリフル。これだけの差がついていて未だ決着まで詰め切れない自分に何より苛立ちが起きる。
「そんなこと……!」
右腕から刻印工を数個放る。先行していた弾丸から無力化され、僅かに生まれた余裕で後発の弾を倒れこむように回避する。残っている刻印工は【吸収】が四つ。できる限り回避していかなければならない。
「言われたって……!」
転がる勢いのまま立ち上がる。体を支えようと踏ん張った時に負傷した足が痛んだが、それでも視線はグレイヴェートから外さない。
「まだ動けるのに! 止められないんだよ!」
「─────知るかァ! 【奇襲せよ】!」
先ほど意表を突かれた、虚より現れる奇襲。すぐさま腰をかがめ、いつでも、どっちにでも飛び出せる体勢をとる。
地面の一部が隆起し、その裂け目から光がのぞく。弾丸は地下から現れた。
前後左右、それぞれ角度の異なる魔弾は頭頂部から足首まで一気に叩くべく狙いを合わせている。横はもちろん、しゃがもうが、飛び上がろうが全弾回避は難しい。刻印工を合わせようにも、それぞれを狙っている余裕は許されない。
「だったらァ!」
迷わず飛び出したのは正面。これで左右は考えなくてもいい。
胴体を狙った魔弾を刻印工で消滅させる。そのまま飛び上がって空中で身をひねり、背後の軌道を確認する。足元狙いならこのまま躱せるが─────。
(頭狙い! この高さじゃ当たる!)
飛び上がったせいで丁度首元付近に当たりかねない。仕方なく刻印工でこれを迎撃し、着地と同時に前へ向き直る。
残りは二つ。これを使い切ってでも、接近できれば攻撃のしようはある。魔術が無ければ殴ればいい。
だが、奇襲さえやり過ごされたグレイヴェートに焦りが見えない。一直線に走りながら全方位に警戒を走らせる。
魔弾の気配は感じられない。このままいけば勝利が見えるかもしれない。その刹那で負担をかけ続けた足に激痛が走り、思わず下を向く。
それで気が付いた。
本命は、空より来る。




