少年は向かい風を進む12
「いくらなんでも急すぎませんか!?」
突如「戦争に参加しろ」と言われては、誰だって驚くというものだ。王室特務兵への任命、それを受けたときに相応の困難は覚悟したつもりだったが、クルステラの提案はそれをさらに超えてくる。
「そうかい?」
「そうですよ!」
焦りや驚きを隠せないリフルと対照的に、クルステラは笑顔がまるで崩れない。能天気か楽観主義者か、どっちにせよロクなものではないとリフルも心のどこかで感じてしまった。
「だが、それくらいの事が求められるよ。王室特務兵はね」
それを言われては弱い。先ほど"やる"と断言してしまった以上、何であれせめて努力と挑戦はするべきなのだろう。
「安心しなさい。何もそこまで急な話じゃない」
「……というと?」
リフルの混乱と決意が渦を巻いて情緒を振り乱いしているのが余りに表情に出ていたのか、面白がるように微笑みながらなだめる言葉をかけてくる。
「戦略総隊の諜報部が国境付近へ出発したのがつい先日の話だ。開戦はまあひと月か、それ以上先になるだろうね」
「あ、そうなんですね……。それならまだ……」
「ちなみに今の話も国家機密だから、漏れたら私ごと極刑だ!」
「なんなんですかだからぁ!?」
気遣っているのかからかっているのか、掴みようのない態度に一々調子が乱される。それでも、"下手に知られれば相応の処分がある"くらいの話をしなければならないのも事実だ。それならそれなりの雰囲気というものを重んじてほしい、とリフルは内心考えもする。
「……とにかく、分かりました。ひと月ほどの間で、戦えるくらい強くなれってことですね?」
「そういうことさ。そしてそれは、君のやりたいことにもつながってくる」
「そうなんですか?」
意外な一言に関心を寄せるリフル。その反応を予想通りとばかりに、クルステラは語りだす。
「君が王都へ来た理由には、ご両親のことがあるだろう?」
「それは、はい」
「君がここで成果を挙げれば、シーラセネクの名に縁のある者は向こうから寄ってくる。それが友好か、敵対かはともかくね」
「……なるほど」
両親のことを知りたい、というのは確かに、リフルが王都までやってきた大きな理由の一つだ。生前の二人が成したであろう偉業の多くを彼は知らない。ついぞ本人たちからは聞けなくなってしまったが、彼らの記録はこの場所に必ず残っている。
「思い出話を聞きたいというだけなら、いくつか当ては思いつくよ。だけどあの人たちが残したものの中には、相応の位がなければ知ることのできないものもある」
全てを知りたいのなら、それを許される人間という評価を得なければならない。その足掛かりと考えれば、
確かに王室特務兵としての従軍はいい機会と言える。
道は長いだろうが、挑む理由はある。リフルは気を引き締めて頷いた。
「分かりました……、やれるだけやってみます!」
「うん、いい返事だ」
満足げにリフルの決意を認めると、それはそれとして、と仕切り直すように手を合わせて前かがみになる。机に伏して眠るような姿勢でリフルよりも目線が低くなり、斜め下から伺うように乳白の双眸が覗き込んでくる。
「リフル君、魔術ってどれぐらいできる?」
「あー、いや、あんまりですね……」
魔術はてんで駄目だ。グラディウス邸にいた頃にも自主的に何度か取り組んではいたが、初歩で躓くことがかなり多かったことを思い出して、せっかくの意気込みもどこへやらといったように目を泳がせる。
「うむ、まあまずは試してみようじゃないか!」
そういってクルステラが杖を一振りすると、戸棚から数冊の本が飛んできて机に積み重なる。どれも魔術に関する指南書のようで、それなりの分厚さをしていた。
「才能というのは中々気付かれないものだ、まずは挑戦だよ!」
*****
「うん! 才能無いね!」
「言わないでぇぇぇ………」
しばらくして、やたらと晴れやかなクルステラの足元で積み重なった本が端に寄せられ、その横で手を突きうなだれているリフルの姿があった。
「いやー、ここまでとは!」
「うぅ……」
本にはどれも入門の手引きと、初心者向けの簡単な魔術行使が記されている。それらを一通り試してみたものの、どれも満足のいく発動はかなわなかったのだ。
「想創術はまあ当然として、詠唱術も厳しいか。これは難儀だなあ!」
魔術には大きく分けて、三つの分類がある。専用の杖によって自在に魔力を操る『想創術』、呪文詠唱によって魔力を操作し、魔術現象を引き起こす『詠唱術』はそのうちの二つだ。ただし『想創術』の使い手は歴史的に見ても珍しく、使えればただそれだけで歴代有数の実力者に数えられるほど希少だ。世の魔術師の多くは『詠唱術』をメインにしている。
「唯一光明が見えそうなのは刻銘術だったわけだけど……」
「でも刻銘術じゃないですか……」
三つ目の分類、『刻銘術』は特殊な記号を書き記して魔力を通すことで魔術を発動させる。三つの中では最も簡単とされており、魔力を扱えれば誰でも起動できる汎用性の高さは広く利用されている。反面、他二つに比べて影響力や干渉力が低く、記号を刻まなければ発動できないという即効性の悪さもあって特に戦闘場面では活躍の機会が少ない。
「まあやりようがないわけじゃないだろう? 元気出したまえ!」
「でもぉぉぉ…………」
言ってしまえば、最終ラインにどうにか引っかかったというような状況だ。これから先がどんどん不安になっていく、リフルはそんな悲観に暮れていた。




