少年は向かい風を進む11
がちゃがちゃと戸棚をかき回す雑音に混じって、これじゃないここじゃないと、徐々にうめき声に変わっていくぼやきが絶えず垂れ流されている。リフルへ応じる明瞭な口調との差が激しく、それがかえって不安を掻き立てている。
「だから! その計略ってなんなんですか!」
「それはもう! それは、もう! 大変な未来予想さ!」
堂々巡りになってきた質問に強気の言葉で流れを打ち切ろうと声を張りかけたリフルだが、それより一瞬早くクルステラが声を上げた。
「あった!!!」
あったあったぞと謎の鼻歌を歌いながら、一枚の書類を机に広げる。今さっきまでひっくり返されていた棚を一瞬見ると、全ての引き出しが開け放たれ、無残にも何らかの装飾品や紙束が垂れているなんとも情けない姿に変わっていた。
「読んでみたまえ、君のことが書いている」
紙の白さと見た目の滑らかさから、かなり手の込んだ品質であることが一目でわかる。大方、王宮内の重要書類に使われるような上物なのだろう。
黒いインクで色々と書いてあるが、特に目を引くのは一番下の印だ。この国にいれば見間違うはずもない、王室のものである。そのまま国の意思に等しい名と責任を持って、何らかの事項が許諾されたのだろう。一体何事かと困惑しながら、リフルはその内容に目を走らせる。
「はい、えっと……、『次の者は、王宮軍 王室士官及び魔術総務機関 機関員クルステラ・ウミンヴィターレの下、王室特務兵に任命する。 リフル・シーラセネク』……!?」
一枚の紙には、リフルの王宮での肩書きを決定づける通知が記載されていた。
「ちょちょちょ何ですかこれ!?」
「見ての通りだよ?」
目を丸くして信じられないというように見上げるリフルと反対に、クルステラはしてやったりと満足したような笑みを浮かべている。
「見ての通りって! ていうか、"王室特務兵"!?」
アルブム王国の軍部、王宮軍には大きく分けて3つの区分がある。有事の際に主戦力を担う戦略総隊、日頃から国防に努める警備総隊、国に仕える魔術師たちが集う魔術総務機関だ。
だが、これらのいずれかに属しながらも、王室よりの勅命のみを絶対とする特殊な官職が存在する。それが王室士官、クルステラの肩書である。
「王室特務兵っていうのは、王室士官、今回で言えば私の独断で選ばれる私兵のことさ」
「それは知ってますよ! そうじゃなくて、何で僕が!」
王室士官はもちろん、王室特務兵も、誰だってなれるような役職ではない。王族の直接の警護や諮問を行うために選抜される士官らが、"この者は職務の遂行に必要である"と判断して初めて可能性が開かれる。その基準は士官によってそれぞれであり、明確な線引きが存在しない。良くも悪くも、任命に必要なのは士官が首を縦に振るかどうかだけだ。
「だからそれは、私がそうと決めたから」
「その"そう"の根拠を聞いてるんです!」
ある意味軍部のあらゆる階級よりも上に立つ、王家以外での最高位ともいえる人間の直属の部下になる。異例の大出世であることは間違いないが、その理由もわからずに従事できるほどリフルも単純ではなかった。
「だって─────」
役職には、それに見合った活躍が求められる。それは当然のことであり、できて当たり前と言ったところだろう。ならばこそ、その席は実力が備わったものが埋めるべきだ。
「武術や魔術の腕が目立つわけじゃない、家の後ろ盾なんて残ってない、それが怖くて今まで王都に寄り付きもしなかった、そんなヤツですよ…………」
何かをするにも、相応しくない理由の方がいくらでも挙げられる、リフルはそういう人間だ。自分で言っていて、自虐的な態度が増していくのがよく分かる。
せっかく一念発起してここまでは来たのに、なにも得ずに逆戻りをするのか、そう奮い立たそうとしてみても、気分の崩壊は簡単には止まらない。
「それなら、どうして今更ここに来た?」
厳しい言葉のようにも聞こえた。だが、クルステラは決して心を折るために問うているのではないということを信じる、それくらいの気概は失ってはいない。
「……これまでがどうあれ、今はやりたいってことがあるんです」
「ならば、返事は一つだ」
クルステラは机の上の書状を手に取り、懐から取り出した紀章を添えてリフルに差し出す。それは王室特務兵の身分を得た証であり、この白亜の城で、彼が背負う最初の責任と役割だ。
何が始まるのか、何を期待されているのか、それは正直言って分からない。けれど、こうして気にかけてくれる人がいるのだ。国や世界の危機なんか守れなくても、そういう人たちのために努力する事くらいは、今の自分でもできるはずだ。
「─────やります。頑張ってみます!」
一枚の紙と一つの記章が、やけに手に沈み込むように感じた。
「さて、具体的な話をしようか」
リフルの受諾を確かめると、クルステラは深く腰を下ろし、先ほどとはまた変わった声色で話し始める。
「晴れて君は王室特務兵となったわけだが、当然ながらすべきことがある」
「はい!」
さっきまでの気のいい年上のようなムードから一変して、落ち着きと貫禄のある官職の人間らしくなっていた。その態度の変わり具合に、リフルも襟を正すような思いだ。
「結論から言おう、君には魔族領域に攻め入ってもらいたい」
「はっ……、え?」
冗談と思うには、口調も顔もおどけた気配がなさすぎる。執務机につき、両肘をついて怪しげに口元を隠すクルステラと数秒目を合わせたが、一向に真相を明らかにする言葉は続いて来ない。
「実は王宮内で再びの侵攻作戦が企てられていてね、これに従軍してもらうことにするよ」
「え、ええええええ!?」