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目覚めの炎 2

「本当はこんなんじゃ、いけないんだけどな……」


 散らばった結晶の破片を手に取ると、それをきっかけにしたかのように形が崩れ、粒となって散ってしまった。殊更に無力を痛感させられるリフルは、無意識に飾ってある腕輪の方に視線を運んだ。


「僕に、何を賭けたって言うんですか?」


 じっと腕輪を見つめて、回答者のいない問いかけを放った。

 幅のある銀色の腕輪は、ところどころ流線型の文字のような彫り物のあしらわれている。それはかつて彼が両親とともに王都に住み込んでいた頃、王国最高峰と謳われる魔術師に出会ったときに受け取ったものだ。

 歴史にも類を見ないとされる『虹の魔術師』から与えられた腕輪はリフルにとって、魔術に励む際のお守りのようなものだった。


『─────これをあげる』

『─────君の道行きに、私も一口乗せてもらえるだろうか』


 改めて思い出すと、なんだか小馬鹿にされているような気がしないでもない。それでも、親の知り合いくらいの接点しかなかった自分に何故か与えられた言葉と一つの腕輪は確かに彼を支えている。そして同時に、それは彼が魔術の道を断ち切れない理由の一つでもある。

 偉大な人から、何かを託されたのに。冗談かもしれなかったけれど、自分に何かを願った人がいるのに。その葛藤は初めこそ彼を励ましていたが、時に呪いとして蝕むこともある。

 更に、そんな人物と付き合いがあるほどに立場や実力のあったであろう両親の事も同様だ。その活躍の全容こそ知る前に死別してしまったが、王宮に頻繁に出入りしていたことはリフルもよく知っている。それほど優秀な人たちに囲まれて、結果を出せない自分に価値などないのではないだろうか。

 今更王宮に入る手もあるわけがないし、『虹の魔術師』にもう一度会うなど、できるはずがないだろう。あそこには両親を知る人物も多いはずだが、それらに近づくことも当然できない。

 ならば、もはや生きている意味さえ─────


「…………っ!」


 浮かび上がった破滅願望を沈めるように勢いよく魔導書を閉じる。頁の隙間から残っていた結晶の残滓がふわりと零れ、きらきらと霧散していった。


「……本でも読むかな」


 へばりついた思考が剥がれ落ちるまで忘れるよう努める。手に取った本は歴史に関する一冊だった。この気分を振り払えるならなんだっていいと、やや厚めのそれを開き文字を注視する。


 それは記録というよりは、魔族と人間の対立を描いた一編の物語。

 突如、地上に現れた魔族の侵攻と、遙か昔にその脅威をはね退け、人々を導いた巫女の活躍から全ては始まる。

 奇跡の巫女、始まりの魔法使い・シミレア。彼女の名は現代においても"始祖"と讃えられ、依然として対立する魔族を相手に人類が結束するための御旗として、厚く信仰されている。

 始めに彼女が人々に魔術を授けて以来、魔族と人間は現代に至るまで、生存圏の奪い合いは繰り返される。様々な戦いが過去に起こり、そして、今もなお彼我は睨み合っているのだ。

 西の聖伐、

 烏山道の衝突、

 陽光大戦、

 地脈逆流災害、

 サイアネウス撤退戦─────

 様々な戦いが起こり、そのたびに人と魔族は消耗を繰り返した。その中でも、リフルにとっても大きな出来事と言える戦いがある。


「"混乱の光と帰らぬ大英雄"、"崩落戦争"……」


『崩落に始まり、崩落に終わった』と、何処かの誰かが口にした。

 魔族の支配地域で未曾有の魔術的災害を観測し、内乱か、事故か、何れにせよ彼方の混乱は好機と王国を軸に打って出た事に端を発する戦争である。王国の最高戦力たる大英雄、ブレイラヴの敗北の報せによって数年前に幕引きとなった。

 魔族の意表をついたはずだったが、その実、思わぬ戦力増強を果たしていた彼方の勢力に動揺を見せてしまった人類戦力は一度大きく傾いた。戦いは多くの犠牲を生み、その中には、リフルの両親も含まれている。

 列挙された魔族との対立の中に、比較的新しい争いであるそれも加えられている。意図的に没頭していただけに、流れるままその文字列を読み上げてしまった後で、リフルは口の中にわだかまりが生まれるのを感じた。


「─────別に、僕が悪いんじゃ、ないだろ」


 書を閉じ、目を逸らし、感情に蓋をする。それでも、自らにも深く傷跡を残す争いの名をただの記録と割り切るには、彼は幼かった。

 現在、リフル・シーラセネクに親はいない。彼の両親は、先の戦いにおいては前線で魔力災害についての研究に従事していた。

 シーラセネクは代々、死霊術(ネクロマンシー)などの霊魂の探求を受け継いでおり、過去を分析する特性はあらゆる痕跡の解読にも長ける。その系譜が培った技術と知識は王宮でも高く評価され、城に家名を聞かぬ貴族はいないとまで言われていた。

 名家の一つとして先の戦いでも大きく期待を寄せられていたが、想定以上の戦力を有していた魔族の反撃に呑まれ、戦線から帰らぬ人となった。

 当時はさらに幼かったリフルは戦場へは連れられず、両親の縁で預けられたグラディウス家で保護されていた。つまり、彼は両親と人ほど長くは過ごせず、そのまま二人の死を誰かの言葉でのみ知ったことになる。

 それが、彼の来歴だ。


 窓から刺す陽の光がすっかり角度を変えている。思いの外、時間をかけてしまっていたことに気付いたリフルは、机を離れ、一度外へ出向くことにした。

 邸宅のすぐ側に整えられた庭園には、やはり華美な装飾や花壇こそ見当たらないものの、凛々しく仕立てられた若緑の散歩道が広がっている。その片隅にはちょっとした水辺があり、そこのほとりがリフルのお気に入りだった。

 いつもの場所へ向かおうとして一階に降りると、扉の向こうが少し騒がしい。客人の来訪も珍しいことではないが、それにしては慌ただしさを感じられる。何事かと気になって足を止めていたリフルに、この騒ぎのために降りてきたフラッガが声をかけた。


「悪い、少し騒がせてしまっている」

「え、いや、そんなことはないですよ」


 フラッガは外套を纏い、ボタンを端から端まで留めている。この格好をするときは、決まって家の者として職務にあたる時だ。それでリフルは、何かしらの事件性を感じ取った。


「えっと、何かあったんですか?」


 フラッガは少し考えるような素振りを見せてから答える。


「まあ、せっかくだ。君に聞かれて困ることも無いだろうし、時間があるなら来るといい」


 リフルはその言葉に乗り、共に事情を確かめることにした。

 玄関を出ると、馬を連れた一人の騎士が屋敷の前まで来ていた。見るからに慌てた様子で、呼吸も乱れているようだ。その騎士がフラッガに気づき、小走りで近づいてきた。


「王宮軍防衛騎士団、輸送管理隊です! まずは、突然の来訪となった事を謝罪いたします!」

「構わない。それで、どういった用だ?」

「はっ、物資の護送任務にあたっていたところ、街道にて魔獣の襲撃を受けました」

「何、街道に魔獣?」

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