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少年は向かい風を進む4

「そういえば魔獣騒ぎの件なのだけれどね?」


 深く被り込んでいたフードの裾から、微かに青みがかった銀の前髪と乳白色のあまい瞳が覗く。言葉を紡ぐ唇はやけに艶がかかっていて、彼の性別を選ばせないような美貌をほのかに放っていた。


「実は報告に上がるグラディウスの人間と一緒に、シーラセネクの長男が王都にやってくるらしいんだよ」

「……はあ。と、言いますと」

「あれ、知らないかい? シーラセネク家」


 青年は首を傾げ、不思議な魅力の宿る視線をくるくると向ける。それをされるとグレイヴェートもどこか強張ってしまい、言葉と同時に視線を上に外して答えた。


「いえ! 家名は当然聞き及んでいます。王都を支えた歴史ある血筋で、過去に様々な功績を残したと」


 シーラセネクの名を知らぬ者は、王宮に勤めていればまずいない。

 死霊術と歴史の研究で功を築き上げ、その賢明な言葉は幾度も時の為政者を助けてきた。加えて魔術戦においても成果が伝えられており、かつては時代を牽引したほどの英雄と、背中を預けあったこともあるという。


「ですが、先の戦争で当主とその奥方が亡くなられ、今は領地もなく没落した……、そう認識しています。その長男が今になって何を?」


 グレイヴェートは淡々とかの家系の現状を紡ぐ。

 個人的な親交や縁が無ければ、誰がいなくなった、誰が帰らぬ人となったということなど、記録以上の意味を見出されることはない。そう割り切って、過剰に背負いすぎないでいることは人間が当たり前に持つ機能だ。


「実は私、そのシーラセネクとはちょっと関わりがあってね。亡くなった先代には世話になったのさ」


 視線を落とし、青年は手に取った杖に懐かしむように指をはわせる。フードが隠した表情はグレイヴェートには覗けず、そのせいか声色がやたら優しく感じられた。


「それにご子息とも少し縁がある。彼がここで何かを成そうというのなら、手伝ってやりたいと思うのだよ!」

「……なるほど」


 杖を指で遊びながら、青年はにこやかな顔でグレイヴェートを見上げる。その意気揚々とした明るさはあまり彼には見せたことがなかったためか、尊敬する人の思わぬ上機嫌な態度に少し動揺してしまった。


「まっ、まあ、恩義に報いるのは大事なことです。先代との関係はあいにく存じ上げませんが、さぞ立派な方だったのでしょうね!」

「うん? それもあるけど、私は彼に会うのが結構楽しみだったりするんだ」

「……!?」


 グレイヴェートは今まで、家名を使い、実力をつけ、様々な功績を得てようやく『虹の魔術師』から直接役割をもらう立場についた。オプテマギアの名に恥じぬよう努めるのはもちろん、彼の個人的な憧れもあってこそ結実した努力といえよう。

 だからこそ、いくら名家の血筋とはいえ、今の今まで王都に近寄りもしなかった人間が謎の注目を集めているのは、彼にはあまり面白くない。


「……しかし! シーラセネクと聞けば協力を名乗り出る者は少なくないでしょう! 貴方ほどの人が時間を割くような心配は……!」

「そう言うなよ、グレイ。人の繋がりってやつは大事にしておくものだろう?」

「……っそれは、確かに」


 先程自分で言ったことまでは否定できない。グレイヴェートは納得するしかなかった。


「それに、私の見立てが正しければあの子は優秀になるよ。君も侮れないくらいにはね」

「馬鹿言わないでください! そんなポッと出のやつが俺と張り合うなんて!」


 情があるのはまだ飲み込めていた。先代との縁もあるとは言っていたし、そういうものを大事にすることは人としても、王宮で生きていく術としても正しい。

 だが、自分が築いた魔術の腕を軽く見られるのだけは我慢がならなかった。少年の未熟さなりに、背伸びをしてでも積み上げてきたものだ。自信があり、意地がある。ゆえにそれだけは簡単に聞き流すわけにもいかない。


「落ち着け落ち着け、何も君を軽んじているわけではないよ」

「だったら……!」

「君は同年代の中じゃ抜けて優秀だ。だからこそ、磨き合える相手には飢えているんじゃないか?」


 なだめる声色と裏腹に、心の内をぴしゃりと読み取るかのような視線が覗く。ミルクの瞳からは甘さが消え、大理石のような静謐さと厳かな雰囲気を宿していた。


「きっと彼はいい刺激(とも)になる。君とっても悪いことじゃない」


 いかなる時でも、少年はこの瞳にだけは口を挟めないのだ。敬愛する人物の双眸は心を見通すように、あるいは、他人ひとを映し出す真珠のようにじっと向けられている。

 喉を握られたかのようにグレイヴェートが声を出せないでいると、それを納得したと受け取ったのか、『虹の魔術師』は視線を再びフードに隠す。次に表情が現れた時には、先ほどのような超越的な雰囲気はなく、気さくな青年のにこやかな顔がそこにあった。


「おっといけない! 軍部に呼ばれているんだった!」


 悪いね、とグレイヴェートに少し断って、棚から書物を数冊取り出してから忙しそうに青年は部屋を出て行った。

 取り残されて一人、グレイヴェートの中には割りきれない感情が渦巻いている。ねばっこくて熱のこもった嫌なモノが指先にまでつたっていくような気がして、押し戻すように拳を握る。


(そんなに言うなら確かめてやるよ……!)


『虹の魔術師』がここまで高く評価したのだ。よほどの才能を秘めた大層な人間に違いない。

 グレイヴェートは部屋を出、歩きながらも思案を巡らせる。果たしてソレはどんな奴で、何をしてくるのだろうか。そして、叩き潰すに足る力と技はなんであろうか。

 苛立ちを隠しきれていない足早のリズムが、広い廊下に響く。

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