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目覚めの炎 1

 カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。その光で開きかけた目を覆い、リフルは呼吸を少し整えてから半身を起こす。全身にはまだ夢の中で感じた気味悪さが残っている。何度か見た内容の夢だが、それにしてもいつ以来だろうか。ぼんやりと浮かんだ思考を、大した意味はないと振り払った。わだかまりを紛らわすように一つ、伸びをしてベッドを出ると、いつもの朝が始まる。


「─────んんっ……!」


 洋館は日差しを正面に受けている。煌びやかな装飾などがあるわけではないが、入念に積み上げられた煉瓦の壁は重厚な威圧感を宿していた。その気迫は武術の名門、グラディウスの家名に恥じることのない景観だ。アルブム王国首都から少し離れた地域に位置する、ここグラディウス領の邸宅がリフルの現在の居住地である。


「……あんな夢、そういえばいつ以来だったかな」


 起き抜けのリフルの黒い髪は緩やかに丸みを帯びており、頭に雲が覆っているような印象だ。ふわりと被さる前髪を軽く振り払い、視線を確保する。すると、水底のような紺碧の眼が露わになった。

 寝間着から、白く襟のたった軽装に着替えて部屋を出、階下に降りると朝食の席が整っている。その席にはグラディウス家の長男であり、若くして王都でも注目を集めるせがれ、フラッガ・グラディウスの姿があった。


「おはよう」

「あ、おはようございます!」


 短く揃えられた黒髪には遊びがなく、鍛錬の作り上げた肉体を垂直に伸ばして席についている。剣の切っ先のような三白眼が視線に緊張感を乗せる、若くして厳格な雰囲気の青年だ。

 フラッガは既に朝食を終えたようで、書類に目を通しながらティーカップを傾けている。食後はしばらく腰を据えて、王都の近況をまとめた情報誌や、自信の任務についての報告書を確認するのが彼の日常だ。


「そういえば、アイツが移籍がどうとかを言っていたか……」


 フラッガは文章に目を通しながら何やら呟いている。記憶に思い当たる節でもあったのだろうか。

 リフルも落ち着いた仕草で朝食を済ませ、同様に食後の一杯にくつろいでいると、紙面から顔を上げたフラッガが話しかけてきた。


「最近はまた王都に出向いていたから、こうして話すのも久しぶりだな」

「そういえば、確かにそうですね」

「調子は良さそうだな、何よりだ」


 少し姿勢を崩して机に肘をつき、とりとめのない話を持ち掛けてきた。名家の生まれ故に礼節にも厳しい育ち方をしてきたフラッガだが、リフルの前では張り詰めた背筋も少しだけたわむ。


「手習いの方はどうだろうか? 講師に何か不満があったりは」

「大丈夫ですよ。知識は好きですし、結構成績良いんですよ?」


 リフルはにかんでそう答える。実際、座学は性分に合っていると感じているリフルだが、フラッガに余計に心配をかけまいと案じた部分も少なからずあった。

 現在他家に世話になっているリフルは、読み書き算術から魔術に至るまで、貴族階級として受けるべき指導をグラディウスお抱えの家庭教師に教わっている。基礎教養は十分に受けられている一方、家柄の都合でどうしても優先度の下がる魔術については、実践はなく知識を説かれるくらいだ。だが、それがリフルには都合が良かった。


「そうか。優秀だな、君は」

「……っ! いや、そんなでも」


リフルは魔術に強い苦手意識を持っている。彼は生来、魔術とか魔力の操作をイメージするのが得意ではないからだ。だが、一方で関心はそれなりに強く、そのモチベーションは知識量に強く反映されている。

 ふわりと、青年の短い前髪が揺れる。物腰の落ち着いていて責務に忠実な彼は、リフルにとっては憧れを覚える身近な年長者だった。


「フラッガさんはまた王都ですか?」

「ああ、いや、騎士団のことなどもあるが、しばらくは領地にいる」

「そうなんですか! じゃあ、また稽古とか……?」

「はは、そうだな。明日辺りに考えておこう」


 黙々と知識を取り込むことが性に合っていると考えるリフルだが、一方で、運動に励むことも嫌いではない。運動に彼の苦手分野である魔術は介在せず、打ち込む間は忘れていられるからだ。それに、拙いながらフラッガに剣術を師事する時間は、二人が一番密接になる共通言語でもある。

 それからいくつか他愛のない言葉を交わし、二人は席を立ってそれぞれの日課に向かった。フラッガは彼の業務を行うため自身の執務室へ向かう。一方、リフルは今日は講義が休みであったため、自室へ戻った。

 部屋に戻り、自室の本棚に入っている一冊を手に取るリフル。それは様々な魔術の基礎について書かれた本であり、魔術の訓練をする際に用いる魔導書だった。


「さて……、今日は上手くいくといいんだけど……」


 魔導書のいつものページを開くと、紙一面に魔方陣が描かれている。これに魔力の流れをつなげるための呪文を、繰り返すうちに覚えてしまったそれを唱え、本にかざした手に意識を集中させる。ぼう、と青白く光り出した紙面の模様に、だんだんと溢れる光が集まり、固められていく。


「掴んで、固めて、形を確かめるように……」


 魔導書に記載されているのは、魔術としては基礎の基礎、結晶作成の魔方陣だ。

"魔力"といういまだ全容の知れぬ力を人知の範疇で扱う技術こそが"魔術"である。その初歩の訓練として、決まった形のない力を現実的なカタチに変換するという特訓が、この魔方陣の趣旨だ。


「……あれ、また駄目か」


 入念に力を込め、精一杯意識したはずの術式の結果を見て、もう何度目かの落胆の息をつく。開かれたページの上には小さくキラキラした石がいくつか転がっており、そのどれも大きさ、形状は不揃いである。端的に言えば、これは失敗だ。この術式が上手くいけば魔力の結晶は一つの塊となるはずで、更に熟練者にもなれば、自在に形状を操って彫刻のような逸品を仕立て上げることもできるという。つまりは、小さな石が散らばるばかりのリフルの魔力制御技術は、初心者にも劣るということだ。



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