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目覚めの炎 18

 朧げな浮遊感と、温もりのある光。

 自分の吐息だけが、世界を満たす情報の全て。

 自分の輪郭を確かめたくて、手だと思う部分に力を込める。

 すると、微かな笑い声が聞こえた。

 それは遥か上空から聞こえるようであり、耳元に優しくささやかれるようでもあり。

 その声が、微笑み混じりに何かを話しているのが、なんとなく分かる。

 けれど、聞こえてくる音を整理できなくて、その意味までは分からなくて。


「─────」


 それでも。

 その時間が、とても穏やかだったことだけは感じ取れた。


 リフルが次に目を覚ますと、その身は自室のベッドに横たえられていた。丁重にシーツがかけられ、骨董品か何かにでもなったかのように安静を許されている。視界の端に見える窓からは外の晴れやかな気候が見えた。


「あれ……、僕……」


 起き上がろうとして肘を突き立てた時、左腕に激痛が走って思わず支えを崩す。無事な右手で感触を確かめると、皮膚が露出しないほど包帯が巻かれているのが分かり、左腕の方も触られている感覚が鈍い。

 右腕だけで上半身を支えて起き上がり、自分の状態を確認する。確かめた通りに左腕は厳重に覆われており、その厚みで折り曲げることにも支障が出そうだ。


「うわ……、ひどいんだな、これ」


 独り言ち、腕をさする。ふと周囲の音に注意すると、普段に比べてやや慌ただし気な足音がちらほらと聞こえた。屋敷に人が多いのだろうか、そう思いながら一先ずベッドを出ようと無事な右腕で体を起こし、足を下ろす。丁度そのくらいの時に、扉が叩かれ、声がした。


「リフル、起きているか?」

「……! フラッガさん!」


 名を呼ばれて入ってきたのはフラッガだった。服装こそ普段の規律に則った姿だが、おぼつかない足取りを松葉杖で支えて、かつ、かつと歩いてくる。杖をついている方の体には露出した手先や足先まで包帯を施されているのが見え、覗いた裾から衣服の奥まで覆われているのが分かった。


「だ、大丈夫なんですか!?」

「ああ、時間はかかるが、後遺症の心配もないそうだ」


 驚きのあまり立ち上がっていたリフルを再びベッドに腰掛けさせ、自分も座り込む。そうやって横に並ぶと緊張した気配を少しだけ緩め、僅かに背中が丸みを帯びた。


「君の方は?」

「あ、いえ、僕は腕以外はそんなに……。というか、あの事はどうなったんでしょうか……?」


 あの事とは無論、亜竜の一件だ。リフルはその決着の瞬間を見てこそいたが、自分が気絶してから後のことは知らない。だから、フラッガが無事になるまでの経緯や一連の出来事の後始末は尋ねたいところだった。

 リフルの無事を聞いて安心したように一息つくと、フラッガは事後処理の話をし始める。

 亜竜は王宮軍が到着したときには既に消え去っており、代わりに遺骸と思われる大量の灰が散っていた。謎の多い惨状ではあるが、とりあえずは大型魔獣の件に関しては目の前の灰の山を調べることとしたようだ。

 また、フラッガやリフル、その他戦いによって負傷した者は全員、駆け付けた王宮軍によって保護された。その際に負傷のひどい者は魔術隊によって手厚い治療がなされ、皆一命は取り留めている。


「大型魔獣の出現と聞いて大分急ぎ足だったそうだが、空中で謎の爆発が起きたのを見て更に進軍を速めたらしい」


 魔王(ロア)が振るった炎の槍だ、リフルはそう確信したが、当然口には出せない。そんな彼の内情を知るはずもなく、フラッガは今後の話を続ける。

 街道の件と合わせて報告に上がらねばならないし、領地の結界術式もほとんど使い物にならなくなったので魔術顧問に相談しなければいけない。それらの為に、近いうちに王都へ出ることになると青年は語る。


「そうは言っても、王宮軍の調査がまとまるのを待つことになるから、そこまで急ぐ話ではないがな」


 事情を語り終えると、松葉杖で若干ふらつきながらも立ち上がる。その眼は既に自身の責務に思案を巡らせる、いつもの目つきだ。半身をだめにされるほどの傷がまだ残っていながら、青年はもう明日を見ている。リフルも幾度か見てきた横顔が、その時は特に印象的に映った。

 その姿が最後の一押しになったのか、器になみなみの水がとうとう零れだすように、リフルは自身の止められない望みを自覚する。こんな体でも印章ぐらいは使える、そう言って執務に戻ろうとするフラッガの背中をとっさに呼び止めた。


「あの、僕も王都に行きたいです……!」


 フラッガは突然の申し出に驚きを隠せない表情で振り向く。

 以前にも何度か、王都の話を持ち掛けたことはあった。リフルはどうあれ名門の血を引く者であり、ならばあの場所で居場所を築き、亡き両親の後を継ぐのが健全な在り方だと考えたからだ。だが、リフルは今までそれに難色を示し、距離を置くような返答を繰り返してきた。ならば、本人が望まぬなら、それ以上強いる筋合いも無いと、フラッガも口にすることはなくなっていたのだ。


「……理由を、聞いてもいいか」


 松葉杖に体重を半分預けながら、改まった顔つきでリフルに向き直る。その眼差しは厳しいものではあったが、否定する意志を伴っているようには見えない。思いもよらぬ少年の嘆願の真意を確かめ、衝動と理性の割合を推し量るために眼光を鋭くさせる。


「今回の事で思ったんです。僕にはできないことが多くて、それよりずっとたくさんの、やれるようになりたいことがあるって」


 リフルは目の前の痛々しい青年に目を向ける。包帯に覆われているので見えはしないが、きっと未だ傷は癒えてはいないだろう。自分が魔王を連携をとれたおかげで、これで済んだのか。それとも。自分が補助を十分にこなせなかったせいで、こういう怪我を負ったのか。

 そんな話を口にすれば、フラッガはきっと不足を糾弾したりなどしないだろう。だから余計に声にはできずに、やはり勝手な責任感だけを胸中にしまい込んだ。


「でも、今の僕には足りないものの方が、あまりにも大きくて。だから、まずは一度でも王都に出たいんです」


 今まで、自分から特にこういうことをしたいと要望を口にしたことはあまり多くはなかった。欲をさらけ出すことの不慣れを実噛みしめながらも、先走る感情の足跡を辿る。今は形も見えないほど遠いけれど、せめて方角を見失わぬように、いつか、この思いに名前を付けられた時に、肩を叩いてやれるように。


「父さんと母さんがいた場所になら、何か答えが残ってるかもしれないから」


 そう言い切ったリフルの目は澄んでいた。衝動が勝っているようではあったが、ただ闇雲に言っているのでもないとフラッガは理解する。

 目の前の少年の決意を見つめ返しながら、彼が執務室に飛び込んで来た時のことを思い出す。あの時、ただ逃げ去ればよかったのを、他者を案じて戦いに身を投じてきた無謀さと、その決断力は今までのリフルとは違うものがあったと、フラッガは確かに感じていた。

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