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目覚めの炎 17

 天空に光の柱が立ち、衝撃波が雲を散らす。あの輝きの芯には灰すら焼き尽くす灼熱が渦巻いているのだろう。だが、地表から見上げるそれは大輪の火花のようで、命を奪うにはあまりに美しい紅色(あかいろ)だった。

 恐らくは亜竜だった黒い塊が落下して、衝撃で辛うじて保たれていたカタチが崩れる。後には惨いだけの炭の山が残り、時折風にさらわれて自然の循環に回収されるのだろう。

 ようやく終わった。リフルは決着を悟る。天変地異と見紛うような両者の戦闘でずっと呆気にとられていたが、異変を乗り越えた領地を流れる優しい風に頬を撫でられ、不思議とそれで安堵してしまえた。


「終わったわよ、人間」


 自由落下する体が地表の手前でふわりと減速し、そのまま静かに魔王は着地した。勢いの残った髪だけがさらさらと舞い上がり、陽を浴びて惜しげもなく緋色を煌めかせる。リフルはそのガラス細工のような美しさに一瞬気をとられていたが、すぐに感慨を振り払って答える。


「えっと、ありがとうございました……?」

「別に。私にとっても邪魔だったし」


 そう言いながら魔王はリフルを通り過ぎ、ほっぽり出されていた本を拾い上げる。それを見て何事か思い出したリフルは抜けていた腰に活力を入れ直し、立ち上がって彼女へ向いた。


「あの」

「ん?」


 立って面と向かってみると、むしろ倒れたまま見上げていた時よりも背丈の違いが分かりやすい。自分の身長で、ちょうど肩の位置を少し超えるくらいだろうか。リフルは、目の前のそれがやはり色々と大きな存在であることを認識しつつ、確かめたいことを口にする。


「貴方が、魔王様、ですか……?」

「そうだけど……、一回聞いたわよ、それ」


 不快感など混じらずとも、あの眼と風格で見下ろされるとそれだけですくんでしまう。今までは声だけだったから気を大きく持っていられたリフルだが、先ほどの魔王の戦いぶりも併せて、今や態度を意識せずにはいられなくなっている。


「えと、じゃあ、なんで本になったり……」

「……色々と目的があるの、色々。生きたきゃ変に掘り下げないことね、人間」


 魔王は明かす気はないとでも言うように本を閉じる。なるほど、確かに今のは余計な詮索だったのだろう。魔王や魔族の事情などリフルは知らないし、進んで巻き込まれたくもない。まして余計な怒りを買って先ほどのような暴れ方をされては、せっかく生き残った意味が無い。無駄な口は聞かない方がよいと理解はしつつも、リフルは一つだけ、引っかかった思いを吐いてしまった。


「……リフルです」

「……何?」

「リフル・シーラセネク、僕の名前です。"人間"じゃない」


 自分にこんな意地があったのかと、誰よりリフル自身が驚いている。名前と家名は確かに両親と結びつく数少ない縁だが、今まで遠ざけてきたものの象徴でもあるはずだ。それでも、授かった音をないがしろにされることが不思議と我慢ならなくて、魔王に真っ向から主張をしてしまう。


「へえ、名前。"人間"じゃ不満って言うの」


 やはりまずいことを言ってしまっただろうか、吹き出す後悔に耐え切れず眼を逸らす。しかし、それで事実は覆らない。肩身の狭い思いでどうか逆鱗に触れていないことを祈るリフルだったが、その返答は意外なものだった。


「ロア」

「……え?」

「名前よ、私の。臣にも報いるところがなくちゃ、でしょう?」


 顔を上げると、やはりその表情は一切の心を読み取らせぬ鉄の仮面だ。だが、今までに比べると少しだけ恐ろしさが拭われたように思えた。それは自分の都合の良い解釈だろうか、などとリフルが思案を浮かべようとしたら、急に意識がおぼろげになり始める。


「あれ……、なんか……」

「亜竜から吸い上げた分が尽きかけてるみたいね……。この魔力事情、何とかならないかしら……」


 面倒そうに顔を覆い、魔王がため息をついている。リフルは一言謝っておくべきかと口を動かしたが、意識がもやに包まれてうまくいかない。

 そのまま、限界を迎えたリフルは膝を崩してしまった。地面との衝突を重さに委ねられた体が倒れ、しかし到達はすることなく受け止められた。


「ほんっと手間のかかる……。二度も何させんのよ……」


 抱き止めたリフルを地上に寝かしたところで魔力がいよいよ底に近づき、ロアは肉体を維持できなくなる。体が淡い光に解けていくのを認識しながら、足元で気を失っている人間に視線を投げる。


「リフル……、リフル・シーラセネク」


 聞いた音を反芻し、なぞるように口を紡ぐ。その行為に意味はない。ただ、まだ輪郭のあるうちに確かめておきたい気がしただけだ。


「誰かに名を明かされるなんて、久しぶり」


 どこへ向くでもない言葉を零す。最後の方は肉体が消失して、音にさえならなかったかもしれない。

 完全に静まり返ったグラディウス領には、凄惨な戦いの跡が依然として残る。だが、ひとまず嵐は去ったと言ってよいだろう。


 *****


「見事、と言う他あるまいな」


 領地から遠く、人の手が入らぬ鬱蒼とした森林に、ソレは佇んでいる。


「サンドレークの黒雷さえ、ああも容易くあしらうとは」


 一定の方角を見つめながら呟いている。だが、その方向も当然木に覆われ、何が見えているかはまるで分からない。


「……さて、ここからどう動いたものか」


 踵を返し、どこかへ向かいながら指を鳴らす。すると森の烏が一斉に集まり、先ほどまでソレがいた場所に群がって地面の何かを啄み始めた。歩き去る者は目もくれず、木陰の奥に消えていく。

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