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目覚めの炎 14

 打開し得る策がある、本はそう言い放った。この窮地に至るまでを静観し続けた上、先ほど自分に"お前は死ぬ"と断言した相手にそう言われ、リフルは殊更に驚く。


「え、えぇ!?」

『でも、相当厳しい賭けよ。ほとんど死ににいくようなもの』


 一体この本の言う事をどこまで信じていいのか、リフルは未だに測り切れていない。だが、ここまでに分かっているだけでも魔術や魔力に関しては高い能力と知識があることは間違いない。それに、リフル一人ではどう足搔いたって覆らない状況に光明が差すなら、乗らない手はなかった。


『アンタ、利き腕どっち?』

「右、だけど……」

『じゃあ左腕貸しなさい。直接、私が出る』


 それ以上の問答は時間の無駄とばかりに、声は矢継ぎ早に取るべき行動を指示してくる。"直接出る"という言葉の詳細を問いたいリフルだったが、疑問は口にするより先に押し流されてしまった。

 庭に立ち、先ほど仕上げた魔力結晶の杖を握りながら、少し先で軋む結晶体を見つめる。御守りの腕輪も身につけ、気合は十分だ。声から教わったことを頭で反芻し、一瞬でも後れをとるまいと彼方の亜竜に注意を払っていた。肝心の声の方は集中するからと最後に言い残し、それ以来リフルの脇に抱えられたままで沈黙している。なので、指示こそ受けたものの、実質リフル一人で亜竜に挑むこととなった。

 既に結晶はヒビで白く濁り、元の透き通る翡翠は見る影もない。その最後の抵抗は亜竜の嘶きと共に無情にも砕かれ、宙を舞う光の中で太い咆哮が轟いた。


「……っ!」


 衝撃波のような爆音に身構える。亜竜は自らの体の自由を確認した後、真っ直ぐにリフルを見据えた。比べるべくもない体格差でありながら、獣の双眸は確かに人間一人を捉えている。あるいは、かつてのリフルならばここで怖気づいていたかもしれないが、存在感だけならもっと恐ろしいものを今の彼は知っている。


「よし……、まずは!」


 握った杖を突き立てる。すると接地点から足元に魔法陣に輝きが灯り、結界と封印を行使していた翡翠色が再び光を放つ。

 亜竜と向き合いながら、リフルは与えられた指示を頭の中で繰り返しなぞる。


『アンタと結界の魔術を繋げるから、一人で制御してみせなさい』


 これほどの膨大な規模での魔術行使など経験はないが、元々から土地に溜め込んだ魔力で即時起動できるように調整された代物だ。その流れに少し干渉してやれば、起動することは問題ではない。

 二度もその身を阻んだ翠の輝きが現れ、亜竜は警戒して身をかがめる。その間に、リフルも手を進めていった。


『壁は薄くていいわ、"有る"ことが大事なの』


 術式を操作し、既成の流れに沿って結界を構築する。本来の手順を無理矢理ショートカットしているのでまともな防壁は組めないが、それでいいとリフルは教わった。今はその言葉を信じるしかないと神経を集中させる。

 組み上がった一面の結界を前に、亜竜は明確に不機嫌そうな唸りを上げた。先ほどからずっとアレに苦労させ続けられているのだ。次こそ一息で突破してやろうと足を力ませ、跳躍に備える。


『そうしたらアレは真っ直ぐ突っ込んでくる。まあ、憂さ晴らしね』

(本当だ……、あの体勢は間違いない!)


 予測の的中に感心しながら、気を張り詰めさせて瞬間を測る。蓄積された魔力の重たい渦を杖越しに感じ取り、暴力的な脈を少しずつ意図に合わせて調節していく。星の心臓のような鼓動が地下から全身に響き、その膨大さに自分の形さえ見失いそうだ。だが、必死に杖を握りしめて魔力の激流に意図を与える。


『好機は、最も身を引き切る少し前。最後の緩みを利用して一気にすっ飛んでくるわ』

(まだだ……、多分、あと少し……!)


 余りの集中に、低くうなる亜竜の息遣いが耳元で聞こえるようだ。彼我の間に緊張した一本の糸が、ちぎられるまいと今に両者を引っ張ろうとしているような感覚がある。呼吸を整え、睨み、見据え、共に一瞬の好機を狙う。


『砲身は用意しとくから、アンタはここの膨大魔力の流れる向きを少し助けてやればいい』


 魔力が暴れ、今に四方へ放たれようと檻を叩き続ける。もはや暴走に近い状態だが、リフルはこれを鎮めようとはしない。その流れを、勢いを殺さぬまま、何度も、何度も練り上げて一本の奔流を形作る。

 そもそも術式の規模からして、当然彼には扱い切れない。だったら、それでいい。精緻な操作と自在の射出が叶わないのなら、大雑把に曲げ、速度は奪わず、最後に手綱を離して放り出す。

 その気配を悟ったのか、亜竜も目つきをわずかに鋭くして、仕上げの息を吸い込んだ。


『そして、一気に栓を外すだけ』

「─────今ッ!」


 全くの同時だった。亜竜が大地を蹴り上げ、肉の重さを脱ぎ捨てるほどの突進を放つ。リフルの頭上に強大な魔法陣が現れ、そこから限界まで荒れ狂った翡翠の轟きが力のままに発射される。両者は共に一瞬で距離を詰める速度で接触し、眩い光と炸裂が周囲を震わせた。


「くっ……! うぁああああ!!!」


 リフルは結界を保ちながら必死に衝撃波に耐える。両足と杖で体を支え、抱えた本を手放さぬよう握りこむ。結界にもところどころ亀裂が走っているが、ここで崩してしまうと後につながらない。生き残って、守られた恩の為に、今耐えねば全てが終わると自分で体を締め付けた。

 明滅と振動の止んだ後で、顔を上げると砂塵が辺りを覆い尽くす。今の砲撃で土地の魔力の大半を吐き出したのもあってか、結界には修復しきれぬ亀裂が残り、端から綻び始めている。


「……よし、よし!」


 リフルは辺りの状況から砲撃のクリティカルヒットを確信した。純粋な魔力の指向性を、突進の真正面から余すことなく叩き込んだ。ここまでの事をすれば、流石の亜竜も無事ではいられない。上手く顔面から巨躯を呑み込めていたのならば、この一撃での決着も有り得ただろう。

 それが、できていれば。

 砂埃の向こうから、一つ、地鳴りが響く。次の瞬間、激昂に身を任せた血混じりの絶叫と共に、霧を割いて亜竜が姿を現した。


「─────っ!」


 全身の皮膚が焼け爛れ、筋繊維がほどけている様子さえ目視できそうだ。前足の怪我が特に酷い。恐らくは、砲撃から身を庇うために腕で正面を守ったのだろう。しかし、驚くべきはそれではない。注意して見ると、炭化して燻ぶる表皮の黒は徐々に面積を減らしている。前足の翼も焦げてボロボロだったはずだが、先ほどに比べるとシルエットが戻ってきている。

 治っている。それは実に明白だった。

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