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目覚めの炎 12

 万全の態勢とはいかぬ中で、いよいよ亜竜が結界の真正面まで近づいた。獣は己の進路を阻む障壁を睨みつけた後、召喚時の地鳴りさえも上回る咆哮を上げて結界へ爪を立てた。

 空気の震動と開いた魔導書から伝わる結界の損傷具合から、ついに接敵した亜竜の脅威度を推し量る。急ごしらえとはいえ元々備えられていた防衛結界というだけはあり、先ほどから幾度も叩きつけられる魔獣の爪を毅然と受け止めている。だが、結界を維持するフラッガは想像以上の劣勢を強いられていた。


「くっ……! これほどとは……!」


 部屋の気流が荒ぶり、魔方陣は悲鳴のように強い光を放つ。通った魔力が回路の中で摩擦を起こし、剣と剣を擦り合わせたような音が断続的に響き渡っている。

 凶爪を弾き、無敵を誇っているかのように見える翠の防壁だが、実際は結界の構築をほとんど魔獣の攻め立てる正面に偏らせている。全体で見れば消耗はかなり激しく、この拮抗があとどれくらい続くかは魔獣の機嫌次第としか言いようがなかった。


(どうする……!? この分では間に合わない……!)


 そんなフラッガの焦燥など知る由もなく、亜竜は目障りな結界に癇癪をぶつけ続ける。大雑把に四肢を叩きつけ、時折苛立ちながら爪を捻じ込もうと突き立て、思うままに暴れる。ただそれだけで、人間には圧倒的な脅威だった。


「─────フラッガさんッ!」


 追い詰められた空気の中で、当主の執務室に駆け込む者の姿があった。ジリジリと削られる一方の結界をどうにか保ち続けるフラッガの切り詰めたような感情が一瞬吹き飛ぶ。


「なっ、リフル!? 何故ここに!」

「だって……ッ、このままじゃ……って!」


 自分のような存在でも、加われば何か変わるかもしれない。その"もしも"に賭けて、一呼吸のうちに体内全ての空気を入れ替えるほど息を切らし、少年はこの部屋まで足を走らせてきた。


「君は退避陣にいたはずだ! 何故来た!」

「今…、ここにいて、魔術に覚えがあるの……、あと僕くらいですから……ッ!」


 再び亜竜の方向が轟く。散々痛めつけられた後の結界では、もはやその振動だけで気を抜けば崩壊しかねない。予想される次の重い一撃に構えるべく、フラッガは剣にかざした手に力を込め直す。


「今……、かなり結界に無理がきてるのは分かってます!」

「ああそうだ! 正直言って、想定よりかなり早く突破される!」

「だから! 僕にも何かできれば、それで、少しでも戦況が変わるなら!」


 結界の管理に集中せねばならないため直接目を合わせることはできないが、この騒音の中でも届く気迫を帯びた声に、フラッガは何か覚悟めいたものを感じ取った。


「……左後方の結晶体、それが破損した個所の修復を担う術式だ! それに干渉して構築手順を逐一修正してくれ!」

「はい! えっと、こうか!」


 リフルも結晶体へ手をかざす。フラッガの側で術者権限が開かれ、リフルの魔力と知覚が結界へと接続された。

 結合論理の定義、骨子の構造統制、本来であれば複雑な工程を目的に合わせ、膨大な規模で執り行う術式だ。だが、今回はひたすらに穴を埋め、強度を維持し、そうやって正面を守り続ければいい。根本的な所は魔術の基礎の一つ、結晶作成の手順と近い。リフルは日々反復した作業を慎重に、そして手早く進めていく。


「よし! これでこちらも少し手が空く!」


 結界を調整する負担がわずかに減ったことで、フラッガは配分と行動予測により専念できるようになる。術式に流れ込む魔力の回路を整理し、魔獣の攻撃と被害位置を予想して部分的に障壁を重ねる。ひたすらに全体の硬度を優先するだけだった先ほどと代わって、かなり的確に対応できるようになってきた。


「いいぞリフル! 結界の維持が追い付いてきた!」

「はい! このまま……!」


 リフルが加わり、防壁は徐々に堅牢さを取り戻していく。

 すると亜竜はとうとうしびれを切らしたのか、尾を激しく叩きつけて天へ吼える。すると、腹の辺りに鈍い輝きが灯り、それが徐々に蠢きながら前足へとなだれ込んでいく。そのまま後ろ足だけで立ち上がり、最も高い位置で誇示するように前足の翼を広げると、流れ込んだ竜の魔力が光の刃を象った。


「─────あれは、まずいッ!」


 結界を固めようと剣を握るが、もう遅い。十分に振り上げられたまばゆい重量は、なんの工夫も無しに叩き落された。


「ぐうっ!?」


 守られていた位置は地割れと見紛うほど派手にえぐられ、砂塵に紛れて翡翠の破片が宙を舞う。その中で、今まで結界越しにしか見えていなかった獣の本来の姿が領内に晒された。

 勝利を宣言するように亜竜が絶叫し、直に震わされた空気はそれだけで暴力となって周囲に襲いかかる。執務室のほぼ一面に張られた窓ガラスが一斉に割れ、フラッガとリフルは破片から身を庇う。だが、その中でもフラッガは突き立てた剣を手放さなかった。


「リフル合わせろ! 最後の足止めだッ!」

「はっ、はい!」


 再び剣から結界に接続し、この為に仕掛けておいたもう一つの術式へ一気に残った魔力を流し込む。すると亜竜の足元に巨大な魔法陣が出現し、先ほどの結界と同様の翡翠の結晶がその巨躯を閉じ込めた。

 胴体のほとんどを覆うほどの結晶体に捕らえられ、亜竜も抵抗しようと吼えながら暴れる。だが、既に結合した透き通る翠の牢の中では体を動かすこともできず、ただ軋む音がするだけだ。


「すごい……、封じ込めた……」

「結界が不十分な代わりに、封印術の方は万全に整えておいたんだ。……だが、魔力を使い過ぎたな」


 封印術を仕上げるための時間稼ぎとしての結界だったが、そこに想定以上の資源をつぎ込んでしまっていた。結果としてほとんど抑え込めたものの、完全には覆い切れず首やつま先、尾などがところどころ露出してしまっている。


「よし、リフル。こうなったらもう魔術の出番はない。退避してもらうぞ」

「……そっか、そういうことだったんですか」


 事実、封印は既に発動されたし、今後の攻撃手段は兵士に任せるべきだろう。魔術の知識はともかく、白兵戦はてんで駄目なリフルの出られる幕は、確かにもうなくなっている。


「分かりました。フラッガさん、どうかご無事で……!」

「ああ、死ぬつもりはないさ」


 依然として状況は芳しくない中で、フラッガは少しだけ微笑んだように見えた。そんな青年の優しい顔に少し心を奪われていたリフルだったが、その視界の奥で、翡翠の結晶の中に煌めきを見つける。

 亜竜の腹が再び光を宿す。だが、先ほどとは違い、光の塊は前足を通り過ぎ、ゆっくりと頭部へ、────正確には、口元へ。

 亜竜の頬が膨れ上がる。溜め込んだ威力が皮膚から透けて存在を示し、今に世界を殲滅せんと熱が脈動する。

 最後に、悠然と口を開くだけで、ソレは遠慮なく解き放たれた。



 ああ。

 太陽が、

 落ちてきたら、

 きっと、こんな風に──────────。

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