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目覚めの炎 10

「戦闘態勢を整えろ、指揮は兵長に預ける! 俺は領地の防衛機能を叩き起こす!」


 突如発生した脅威に状況は一変した。わずかでも後れをとるまいと兵が行き交い、鎧の足音と怒号が忙しなく響き続けている。

 フラッガは現場に居合わせる最高位として命令を出し、同時にグラディウスの一門として、領地に仕掛けられた魔術機構を起動させに当主の部屋へ向かう。その間にも彼の下には様々な報告のために人員が集い、早歩きの傍らでそれに対応していく。


「フラッガ様、従者一同、既に退避の用意を進めています」

「構わん、だが脱出はまだだ。それと執事長、王都への連絡手段を用意してもらえるか」

「承りました」


 父の執務室に到着し、施錠を解いて扉を開く。部屋の両側に本棚が立ち並び、壁のほとんど一面を使った大きな窓を背に風格ある作業机が設置された厳かな部屋だ。その窓の向こうには、接近中の魔獣の姿が見える。

 ナイフを取り出し、指から少し血を流して机に垂らす。すると、仕込まれた魔方陣が家系の血に反応して魔術が起動した。


「誇りある血に呼応せよ、我が名はフラッガ・グラディウス!」


 家系の人間であると承認され、部屋一面に魔方陣が展開される。中央に巨大な一つの円陣が翠に瞬き、その四方に魔力結晶の塔が構築されていく。それに連動して、領地全体にも浮かび上がった巨大な円陣が同様に明滅する。幾つにも重なった円はそれぞれが独立して回転し、領土全体を覆う結界が組み上がる。


「くっ…、まずは間に合わせるべきか……!」


 部屋の中央に立ち腰に下げた剣を抜いて魔方陣に突き立てると、刀身は流れ込んだ魔力で輝きを帯びる。フラッガの意志と魔術を媒介する役割だ。

 部屋の端の棚から一冊の本が飛来する。それを受け止めて片手に開き、フラッガは剣の柄に手をかざして大仕掛けを調整しにかかった。その背後で扉が叩かれ、再びフラッガに報告が届く。


「失礼します! 兵士一同、戦闘準備を完了しました!」

「従者一同、退避の用意は完了しました。家財は安全です」


 二人の使用人の報告から盤上は整えられたことを知り、フラッガは気を引き締める。迎え撃つ用意が済んだのなら、ここからはいかに動くかの問題だ。


「兵長、状況は!」

「目標、大型魔獣は依然こちらへ進行中! 目的、正体、いずれも不明!」

「魔術顧問は…、そうか、父上と王都か。仕方ない」


 何らかの召喚術が発動されたのは間違いない。だが、今この家にはそれを分析するだけの人材はいなかった。

 状況は明らかにフラッガ側の劣勢だが、だからといって無抵抗に破壊されるつもりもない。結界の構築手順のいくつかを省いて仕上げを速めながら、フラッガは現状で打てる手を思案する。


「結界は恐らく突破される。それに、歩兵でどうにかなる相手ではないな」

「フラッガ様、ここはお逃げになられるのも手かと」

「いや……、執事長。王都に大型魔獣の出現と兵の要請を。討てはせずとも時間は稼ごう。それと、退避の判断は全て預ける」

「では、直ちに」


 指示を受け、執事長は足早に部屋を後にした。

 昨日の街道の件といい、魔除けの済んでいるはずの地域でこれほどたて続けに魔獣絡みの事件が起きることは極めて異常である。これが伝われば王都も状況を重く受け止めるだろう。迅速な対応がなされるのを期待だけして、フラッガは腹をくくる。


「少しでも見失うくらいなら、ここに留まらせた方が国のためにはなる」

「……左様でございますな」

「だが兵長、死は覚悟するな。生き残って伝えることが最も肝要だ」

「兵士一同、心得ております」

「徹底抗戦だ、一瞬でも長くアレの足を止める」


 指示を受け、兵長も部屋を後にする。

 結界は完成した。フラッガは引き続きこの部屋に残り、術式の維持と調整を魔獣の侵攻に合わせて行っていく。

 領地を翡翠の結晶が覆う。この天幕が来訪者から内を守るものになるか、外への逃げ道を断つものとなるのか。一瞬の油断も許すまいと、青年は外の魔獣と、窓に微かに映る自分自身を睨んだ。

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