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目覚めの炎 9

「………くっ、がァア!?」

『少ない魔力でも、巧く使えばこれくらいワケないのよ』


 余りの痛みにリフルはその場でうずくまる。頭の中はかぎ爪で荒らされているようだし、加えて喉にもわだかまりが生まれ、うまく声を上げられない。過酷の中で、この存在を甘く見ていた自分を強く後悔した。


(違う……ッ! これ、全然……ッ、さっきのと……!)


 頭蓋が軋み、過敏になった頭の中を激しくめぐる血流の摩擦が火花のようにあちこちで炸裂する。血管が金切り声を上げ、その反響があらゆる知覚を蹂躙していた。

 先刻の部屋をひしゃげるような存在の重圧、それに包まれる息苦しさとはまるで異なる。ただ格の違いを思い知らせるためではない、明確な害意を以てもたらされる痛みの中で、リフルは叫ぶことすら許されない。


『それにここの人間はあんまり魔術は得意じゃなさそうだから…、そんなに手間はかからないかしら』


 痛みに苦しむリフルに、追い打ちをかけるように自身の脅迫じみた企みを光体は開示する。ほとんど何のキッカケも無しに命を脅かしかねない魔術を振るう暴虐の権化は、その気になれば皆殺しもできるとあっさり言い切ったのだ。

 苦しむリフルの様子を無感動にひとしきり確かめ、光体は再び右手を振るう。すると痛みは解け、リフルは必死に呼吸で生存を確かめる。


「……なん、っで! 僕が死んだらっ……、困るんじゃ……!」

『そうよ、私もタダじゃ済まないでしょうね。でも、致命傷って程じゃない』

「……! そんな、そうまでして……!」

『するわよ、それくらい』


 利害関係とか損失回避とか、そんな理屈では目の前のソレを説得などできない。付き従わぬなら滅ぼすまで、と決定的な断絶を言い渡される。


『私も、ただ生き残ったわけじゃないから』


 光体はやはり表情などないままリフルを見下ろす。あれほど美しく見えた光の精が、その時だけは破滅の化身かのように感じられた。


『人間、立場は理解した? 嫌だったらその気にさせないで』

「……っ、分かった……、分かったよ……」


 ただの本一冊でまともに実体を持つこともできないソレが、自身はなおも覆らぬ強者であることを力で示す。上下関係は理解させられただろうと納得したのか、光体の体は徐々にほどけて霧散し、開かれていた本がやはり勝手に閉じた。

 魔王を名乗る横暴で暴力的な存在と、いつ終わるかも分からない共同体関係が始まってしまった。この先自分はどんな目に合うのか、想像もつかない危険に身を投げることになるのだろうかと、リフルはまだ少し痛みの残る頭を労わる。


 *****


「既に覚醒した後か……」


 どこからともなく、一連のやり取りを窺っている者がいた。


「少々手順は踏んだが、まあ悪くない」


 両目ともまぶたに覆われ、視線はどこへも向かわない。だが、その者にとってはむしろ()()()()()()()()()()()


「さて、今後のためにも肩慣らしをしてもらわねば」


 宙に手を走らせる。すると、その軌道上に様々な光の線が奔り、木の枝のように分岐した無数の筋の集合が浮かび上がった。薄暗い空間がぼんやりと照らされる。


「なるほど、ココか。なら予定通り、彼に任せよう」


 数々の線の、ある一点に指を置く。すると指の触れた部分が拡大され、より細かい分岐の枝が描画された。その一か所に光の点がある。指が通じる線をなぞり、その点を弾いた。


「薪は焼べた。火を絶やすかはこの先の運命だ」


 そう言って再び手を振ると光の枝は掻き消えた。乏しい灯りが失われて、空間は再び埃っぽい闇に沈む。


 *****


 ひとしきり状況と立場を叩きこみ終えて、本の状態に戻った超常のソレは完全に沈黙してしまった。ただ眺めていても仕方ないし、自分のためにもあれの事は隠し通した方がいい。そう判断したリフルは諦め気味に普段着へと着替えた。しばらくして、朝食を済ませて部屋に戻ってきたが特に変わった様子もない。


(……まあ、何もないならいいのかな)


 朝の喧騒は鳴りを潜め、すっかりいつも通りの時間だ。今までになかった一冊の本に妙な緊張感を感じること以外は、過ごし方に大きな変化はない。


「……あの、そういえば荷馬車に積まれてたんだよね? 持ち出されてるのとか、気付かれないかな」


 思いついたことを尋ねてみるが、返答はない。自分のことが発覚しては都合が悪いと言っていた手前、一応気にかけた方がいいかと思ったが、そうでもないようだ。彼の杞憂か、それとも、いざとなればここの全員を黙らせることもできるからなのか、できれば後者であってほしくないとリフルが考えていると、不気味な響き方の声がまた聞こえた。


『人間、この近辺に名のある魔術師とかいる?』

「え? うーん……、いや、いないかなあ」

『………そう、なら、そうか』


 何かに納得したかのような呟きが気になったリフルはその真意を問おうとする。だが、それを遮るように、あるいは答え合わせをするように地鳴りが響いた。


「うわっ!? な、何だろ……!?」

『やけに早いのね……。外、見てみなさい』


 窓に駆け寄って言われたように外を確認する。すると、グラディウス領の門のさらに向こう側に、日中でも目立つほどの光源が活性化しているのが見えた。


「なんだよあれ……、何が起きてるんだ」


 間違いなく地鳴りの原因はアレだ、アレは魔法陣で、何らかの魔術が行われいるのだ。知識を呼び起こして、目の前の現象と照合する。だが、リフルが知っている範囲だけでは説明できないほど、その規模や空気を震わせる魔力の感覚は圧倒的である。


『言ってる場合じゃない、ここを離れるのよ』

「え、そういったって……!」

『死なれちゃ困るの。選べるうちは安全をとるに決まってるでしょ』


 言葉には張り詰めたものがある。先ほどまで圧倒的に強者としてふるまっていたその声が、今は明らかにひりついた気配を帯びていた。状況は理解できないが、この存在と、何よりリフルにも脅威が迫っていることだけは確かなようだ。


『見た方が危険が分かるっていうなら、ほら、出るわ』


 胎動する光の渦から四つ足と翼の獣が姿を現す。リフルはそれでようやく合点がいった。

 あれは昨日の夜に見たのと同じ。

 恐ろしいモノを、喚び出す光だ。

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