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それは呪いの指輪です。~年下王子はお断り!~  作者: ヴィルヘルミナ


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王子と王子妃、伝説になる。

 王城に戻ると、王子と私は国を救った英雄として歓迎された。国が長年警戒していた魔物を倒したという話は偉業として広められ、要請を受けて屋根の無い馬車でパレードをしたり、広場には記念碑が建てられ、式典やパーティへの参加で忙殺された。


 魔物を育てたバルニエ公爵の話は王子の意向で一切表にでることがなく、魔術師ギュスターヴという狂人が一人で行った事とされている。幸いにもギュスターヴの名前は世間には知られておらず、ユベールとの親子関係も秘密が保たれている。


 バルニエ公爵と公爵夫人は病死とされ、第一子のボドワンは辺境伯の夜会の後、行方不明のまま。第二子のアリシアは爵位の継承を拒否。親族も何故か拒否をした為、爵位返上の処置が取られた。公爵の領地や貸金等の資産はすべて国が管理するものとなり、大きな混乱もなく領民は日常を暮らしている。


 魔物が倒されたことで王と世継ぎを護る代替魔法は禁呪となり、王子もその責務から解放された。


      ◆


 慌ただしいまま新年を迎え、落ち着いたのは温かい日差しの中、花が咲き始める春先のことだった。

 本当に久しぶりと言える完全な休日に、王子は私を海辺の町へと転移魔法で連れてきた。剣の封印が解けてから、王子の魔力は文句なしに歴代最高という強大さを示していて、転移門無しで隣国まで移動できるようになっていた。


 なだらかな階段状の土地に白い建物が並ぶ港町。春という季節の中、旅人の姿も多く、賑わいを見せている。外国で流行っているという、丈の短い水色の上着に裾の長い生成色のシャツ。黒いズボンにブーツ姿の王子と、薄いピンク色のワンピースに、丈の短い上着、髪に王女から贈られたリボンを飾った私は、人々の中に紛れ込んで馴染んでいた。


「意外とバレないものですね」

「基本的に皆、遠くから見るだけだから、紋章とか付けてなければ気が付かないよ。王都は仕方ないけどね」

 

 私たちの絵姿は多数描かれ、ユベールの姉が書いた物語も異例の速度で出版されてしまっている。おかげで王都は気軽に歩けなくなった。まだ正式な結婚をしていないのに、王子妃としての扱いをあちこちで受けている。


 商店が立ち並ぶ場所に来ると、さらに活気が満ち溢れていて、明るい空気が心を包む。色鮮やかな商品が棚や籠に飾られ、目を楽しませてくれる。


「お兄さん! これとこれとこれとこれ、二つずつ買うから、これ付けてよ!」

「仕方ねえなぁ。これもおまけだ!」

「ありがとー。すっごい嬉しい!」


 そんなやり取りが目の前で行われていて、何故かその女性の声に聞き覚えがあった。銀色の美しい髪を青緑色のリボンで一つにまとめ、青緑色のワンピースに白色のタブリエ。腕には買い物かごが下げられている。


 女性が支払いを終えて商品が入った大きな紙袋を受け取ったところで、王子が気さくに声を掛けた。

「ソランジュ、久しぶり!」

「へ? あ! ル……あわわ……お、お久しぶりです!」

 振り返って慌てる女性の顔にも見覚えがあった。銀髪に水色の瞳。左手の薬指には竜血石が嵌った金の指輪。アリシアの特徴と一致しているのに、全く印象が異なる。清楚な令嬢の印象は覆され、快活で明るい女性へと変貌していた。


「その荷物、僕が持つよ」

「そ、そんなことお願いできません!」

「だって男が手ぶらなんて不自然だし」


 王子は恐縮するアリシアの大荷物を持ち、その後二軒での買い物を終え、私たちは案内されるままに歩いていく。アリシアが住んでいた屋敷に行くのかと思っていたのに、暗く怪しい路地を経て到着したのは珍しい鉄製の扉。吟遊詩人ガヴィの楽器屋の隣。


 鍵を開けて扉を開くと、甘い菓子の香りが漂ってきた。

「店の準備中で狭いですが、どうぞー」

 部屋の壁面には淡い水色の棚や家具が並び、可愛らしいテーブルと椅子。その可愛らしさはまるでお伽話や絵本に出てくる店。

(可愛い……!)

 商品は並んでおらず、白い花瓶に素朴な花が活けられているだけなのに、見ているだけで心がときめく。


「開店はいつごろ?」

「扉を替えるから、まだちょっとかかりそうです。夏までにはなんとかしたいなって。あ、お茶淹れますから、座っててくださいねー」

 アリシアが店の奥へと入って、私は王子がすすめるままに椅子へと腰かけた。淡い水色の小さな丸テーブルに椅子は四脚。少し小さめで可愛すぎる。

 

「王子……彼女は……アリシア様?」

「元アリシア、かな。今はソランジュ。ガヴィの婚約者だよ」

「は?」

 あの清楚な公爵家の令嬢が、吟遊詩人の婚約者。その身分差に驚愕して時が止まった。思い返せば、ガヴィは竜血石のピアスをしていた。身分が違いすぎて、王族でも中々手に入らない希少な宝石を持っているという共通点に注意を向けることがなかった。


 お盆にカップを乗せてソランジュが戻ってきた。生き生きとした表情と仕草が、令嬢でいた時の美しさよりも、可愛らしく感じる。白く可愛いカップに淡い紫色の花茶が注がれ、美味しそうなクッキーを勧められた。


「ソランジュ、君のことをまだジュディットに話してないんだ」

「えっ? そ、そうなんですか? ルシアン様、性格悪くありません?」

 ずばりと言ってのけるソランジュは強い。そう、もっと早く説明しておいてくれても良かったと思う。アリシアが公爵位の継承を拒否したとしか知らなくて、忙しい日々の中で時折気になっていた。


「私、アリシアじゃないんです。ソランジュが本名です。ゼドゥの救護院出身で、髪と目の色が公爵夫人と同じだからって、公爵に引き取られて、娘の演技をしていました」

 救護院とは、孤児と寡婦の為の収容施設。ゼドゥの町は、王都からかなり離れたところにある。公爵夫人が三十年近く前に亡くなっていると聞いて、ボドワンもアリシアも親族からの養子かと思っていた。

 

「逃げ出したり失敗したら処分するって脅されてて……ボドワンも同じです。あの人もどこかの施設から連れてこられて。私は大人しい公爵夫人の真似をすればよかっただけなんですけど、あの人はいろんな勉強をさせられてました。……あの人は、前のボドワンが殺されるのを見せられたそうです」

 今もボドワンが現れないのは逃げたのでは、と思った。公爵家の跡継ぎという身分を捨て、元の自分の生活に戻ったのではないだろうか。


「実は公爵夫人と私、話したことないんですよ。会うのも年に数回、王城とか高位貴族のパーティの時くらいで。公爵夫人は黙って公爵の隣で微笑むだけ。すごい綺麗なんですけど、何か人形みたいだなーって。真似するの楽でしたけどね」

 魔術師ギュスターヴが公爵夫人に化けていたとは知らないのか。……知らない方が精神衛生上、良いと思う。


「公爵家が廃止されて、やっと自由になれました。だから、私のことは気にせず、ルシアン様と幸せになって下さいね」

 私が指輪を嵌めたと知った時に見せた嬉しそうな笑顔は、本物の笑顔だった。どこか心の隅に残っていたもやもやが完全に消え去って、ほっとした。


「ガヴィはまだ帰ってきてない?」

「今日の夕方に帰ってくる予定です。皆で一緒にご飯でも食べます?」

「それはまた今度にするよ。二人のお邪魔はしたくないからね」


 明るく笑うソランジュとの会話は楽しくて、私たちは時間を忘れて過ごした。


      ◆

  

 まだ日が高いうちにソランジュの店を出て、私たちは港町を散策していた。白い街並みと青い海と青い空の対比は美しく、視界が眩しい。


 高台へと登ると、青い海に接する港が眼下に広がる。大きな船が出航していく光景を見送る人々は賑やかで、どこか寂しさも感じる。


「今度は一緒に、秘密の隠れ家を新しく作ろうか。ジュディットの好みを直接聞きたいな」

「……物で釣らないで下さい」

 これはきっと、私がソランジュの店でときめいていたことに気づかれている。今の隠れ家でも十分可愛い部屋を与えられていると思っているのに。王子は本当に私の心を読むのが上手い。


「何も我慢しなくていいよ。剣が大好きで、本を読むのが好きで、ドレスも花も、可愛い物も好き。そんなジュディットだから僕は好きになったんだ。隠す必要はない。自分らしく、自由に生きていいんだ」

「もう十分自由に生きております」

 魔物を倒した伝説の王子妃と言われるようになって、私が何をしても許容される世界が作られていた。どんなドレスを着ても男装しても黄色い声が女性たちから上がり、王子と剣の稽古をすると騎士や兵士たちから歓声が上がる。


「ジュディット、結婚式はいつにする? いつでもいいよ」

「それでは十年後で」

「いいよ。ジュディットが僕を好きになってくれるまで、いつまでも待つ。十年前、ジュディットが呪われた魔鳥を斬り裂いた時から僕の心はジュディットに囚われてるからね。あと十年待つくらい、どうってことはないよ」

 笑う王子は優しくて、すでに好きになっていると告白するのは恥ずかしい。


「王子? 背が伸びていませんか?」

 王子の顔を見上げて、ふと気が付いた。

「伸びてるよ。剣の封印が解けてから、骨が痛いくらいなんだ。きっとすぐに兄上と同じくらいになるから待ってて」

 王族男子は皆、平均よりも背が高い。王子の成長が鈍化していたのは、剣を封印していたからなのか。


「新婚旅行は魔物退治に行こうと思ってるんだ。公務も完全に休めるからね」

「すぐに行きましょう」

 反射的に答えてしまって、羞恥が頬に集まっていく。それでは、すぐに結婚したいと言っているようなもの。


「ジュディットが隣にいてくれたら、絶対勝てそうな気がするんだよね」

 その笑顔に心臓がどきりと高鳴る。私の想いを告げるのは、今しかないような気がする。


「ルシアン。……私も、そう思います。私は……」

 覚悟を決めた私は、王子へ向かって姿勢を正す。王子の笑顔にも、どこか緊張が漂う。


 王女と別れてから、様々な王子の顔を見てきた。悪戯っ子のような顔、凛々しい王族の顔。金色の子犬のような笑顔。私を助けてくれた時の必死な顔。中でも、戦う時の自信に満ちた笑顔がたまらなく好きだと思う。


 好きだから、いつまでも隣にいたい。貴方と共に戦いたい。


「…………やっぱり言えませんっ!」

「ジュディット!?」

 好きというたった一言がどうしても言えなくて、私は全速力で逃げ出した。

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