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それは呪いの指輪です。~年下王子はお断り!~  作者: ヴィルヘルミナ


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禁書指定の本、辺境伯の書庫にて。

 辺境伯の夜会の最終日、城は完全に年末年始の祝祭のようなにぎやかさに包まれていた。今年の夜会も、かなりの金額の商談がまとまったと聞いた。天候によって大きく左右される農作物に頼りきるより、貴族が自ら商売に関わって安定収入を得ていた方が、領民にとっても良いのではないかと思う。


 晩餐会に王子と私で参加した後、その後の酒宴は成人したばかりの王子には見せられないと辺境伯に謝罪され、二人で滞在している部屋へと戻った。


「僕に見せられないって、何かな?」

 首を捻る王子の横で、いかがわしい宴の光景を思い出す。王子が参加していた酒宴は健全な催し物ばかりだったから、知らなくても無理はないと思う。

「……ご覧にならなくて良いと思います」

 裸同然の衣装を着た美しい女性たちが王子の回りに侍ると想像しただけでムカついてきた。


「義父上からも断られちゃったし」

 私の父とニコラは、辺境伯の騎士数名と、王子が滞在する部屋の前の広い廊下で酒を飲んでいた。

「王子の前で醜態を晒したくないのでしょう。どうかご理解下さい」

 警護対象が目の前にいては酒の味も楽しめないだろう。多少酔っていても全員手練れ。そのうち腕比べが始まりそうで、興味はある。もしも今、普通の賊の襲撃があったとしても、酒の肴になるのは容易に想像がつく。


「……ジュディット……やっぱり、ダメ?」

「ダメです」

 即答。どんなに金色の子犬が可愛くても、それは了承できない。


「ガヴィは見たのに……ズルいよ!」

「王子がわざと捕まらなければよかったのです」

 一昨日、シビルと何気ない会話を交わしていた際に、私が舞姫の衣装で演武を披露したことを王子に知られてしまった。それ以来、見たいとせがまれている。


 戦いの中、土と汗で汚れた衣装はシビルの手で洗浄され、美しさを取り戻している。衣装一式の返却を申し出たのに、シビルが受け取ってはくれなかったから、装飾品と共に私の荷物の中にある。


 もう一度演じてみたいかと考えても、それは難しい。あれはやむを得ない状況での即興であり、王子でなく王女なら見てもらいたいとは思う。王女なら、きっと下手な舞姫でも喜んで笑ってくれるだろう。


「……ロザリーヌに頼もうかな……」

 王子の呟きにどきりとした。私が王女のことを考えているのがわかったのか。

「……ダメです」

 王女なら見せても良いとは思っても、結婚したばかりで忙しいであろう王女の貴重な休息時間を奪うことは避けたい。通常、王族の日々の予定は立て込んでいて、簡単に動かせるものではないと知っている。


「王子、お菓子はいかがですか? 辺境伯夫人が、〝魔女の森〟から新作のケーキとパイを取り寄せて下さったそうです」

 寝室のテーブル上に並べられた皿を覆う銀のカバーを開けると、甘く美味しそうな匂いが広がった。色とりどりの果物で飾られたケーキは目を楽しませてくれる。

「……ジュディットが食べさせてくれるなら食べる……」

「わかりました。どうぞお座り下さい。まずは花茶を淹れます」

 完全に拗ねた金色の子犬が、舞姫のことを忘れてくれるようにと願いつつ花茶を淹れ、私は王子の口へとケーキを運んだ。


      ◆


 翌朝の辺境伯の城は、騒々しい馬車の音に包まれていた。夜会が終わり、商談の成果を持って、それぞれが帰路へと着く。出立の順番を待つ馬車が門前に列を成し、中庭に設置されていた檻の家畜はすっかりと姿を消していて、荷馬車に乗せられた小舟が運ばれている。室内で展示されていた様々な品を運び出す者たちの明るい掛け声が、この夜会の成功を示しているように感じた。


「ジュディット、何か面白い物が見える?」

「特に面白いという訳ではないのですが、皆が楽しそうに見えます」

 バルコニーから中庭を見ていると、子爵や男爵家の当主がシャツにズボンという軽装で人々に交じって荷物を運びながら冗談を交わし、笑い合っている。王城では見ることの無い貴族たちの明るい表情を見ていると心が緩んでいく。


「本当は辺境伯の夜会に参加したいと思っている高位貴族もいると思うよ。表向きは周囲に合わせて貴族がお金を直接稼ぐことは浅ましいって言ってるけど」

 これほどの賑わいを見れば、参加したくなるのも頷ける。王城での祝祭とは違う、気取らない自由な空気がここには満ちている。


「王族の僕が最初から最後まで参加したから、来年から少しは参加しやすくなるといいけどね。まだまだ難しいかな」

「そうですね。王子が来年も参加なされば良いのです。その次も。続けていれば、そのうち同行者が出てくるでしょう」


「それじゃあ、ジュディットも一緒に参加だよ」

 王子の言葉を承諾するには、まだ覚悟が足りてはいなかった。アリシアに想い人がいると知っても、がさつな私が王子の隣に王子妃として立つ光景を想像するのは難しい。護衛騎士としてなら、地の果てでも同行したいと思うのに。


「約束だからね」

「……善処します」

 王子の微笑みから目をそらし、服の隠し(ポケット)に入れた魔術師ユベールのペンダントの重みを感じつつ私は答えた。


      ◆


 大規模な夜会の後始末はやはり大規模になるらしい。朝から夜まで、多くの人々が忙しなく城内を行き交っている。雇われた領民たちが城を隅々まで清掃し、壊れた物を修繕する。出発する馬車は一日では捌ききれず、数日掛かると聞いて驚く。


 荷物運びや掃除を手伝おうとする王子を皆で止め、王子と私は辺境伯自慢の巨大書庫へと放り込まれた。四階建ての建物一つが丸ごと書庫になっていて、壁には防火魔法陣、天井には消火魔法陣が刻まれている。換気用の小さな窓があるだけで、内部は魔法灯が明るく照らしていた。背丈の二倍以上ある書架がずらりと並び、本がぎっしりと詰まっている。


「これは凄いね。……王城の書庫より多いかもしれない」

 書架の間は通路になっていて、単純ではあっても、迷路のように感じてしまう。所々に置かれたカウチは読書をする為のものだろう。


 四階分の内部を歩いてみると、圧倒的な所蔵量だと王子と二人で感心してしまった。特に魔術関連の本や研究書が多い。

「失われたと言われて久しい本もあるね。……これは昔、禁書指定されて焼却処分になった本だ。ちょっと無防備過ぎじゃないかな」

 苦笑する王子が棚から引き抜いた分厚い本は、褐色の革で装丁されていて一目見ただけでも禍々しさを醸し出している。


「あえて隠さないことで重要性を隠しているのかもしれません。……『死者の蘇生と復活』ですか……」

「僕たちが生まれる前に流行ったそうだよ。この本に書かれた死者を蘇らせるという魔術を真似て失敗する者が続出したと聞いてる」

 神話時代の神によるお伽話としてならありえても、我が国でも他の国でも死者の復活を成功させたという話を聞いたことがなかった。


「成功した者はいたのでしょうか」

「この本の著者も成功していないようだから、そもそも無理なんじゃないかな」

 王子がぱらぱらと本をめくると、古い革の獣臭さと古い紙とインクの重い匂いが周囲に漂う。


「成功していないのに、本として出版したのですか? 無責任ですね」

「元々は研究書だったと聞いてる。高価で取引されるようになって、本として広く出版されたらしい……ほら、自分はここまで研究したから、後世の誰かが引き継いで成功させて欲しいって書かれてる」

 王子が開いた最終ページには、確かにそう書かれていた。


「試した者たちは、この一文を読んではいなかったのかもしれないね。ただ、死者を蘇らせたいと願って、上辺だけ真似て実行した……」

 誰かが亡くなった直後なら、この分厚い研究書をしっかりと読む余裕はないだろう。今すぐに蘇生させたいと、書かれた魔術を試すのは容易に想像できる。


「ここに書かれた魔術は、魔力が無い者でも再現できたらしい。ある者は精神崩壊し、ある者は何者かにバラバラにされ、ある者は大量の血痕を残して姿を消した。試した全員が何らかの被害を受けて、再起不能になったから禁書になった。……成程ね。これはある種の召喚魔法だ」

 数ページに渡って、これまで見た魔法陣よりもさらに複雑な魔法陣が描かれていた。王子はざっと見ただけで魔法の種類が判別できるのかと感心してしまう。


「何を呼び出すんだろう?」

「王子、お読みになるのでしたら、あちらのカウチで座りましょう」

 立ったまま本に集中してしまいそうな王子に声を掛けると、王子は迷うそぶりを見せた。

「あ、ごめん。これは部屋に戻ってから読もう」

 それは私への気遣いだろうと察した私は、慌てて周囲の本を見回し、一冊を手に取った。


「私はこちらの『世界の魔法剣』を読ませて頂きます。一緒にいかがですか?」

「そうだね。一緒に本を読もう」

 何故か顔を輝かせた王子と共にカウチに並んで座った私は、本の世界へと誘われた。

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