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それは呪いの指輪です。~年下王子はお断り!~  作者: ヴィルヘルミナ


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暗影の剣、咆哮に怯える。

 王子と私が目覚めたのは昼過ぎだった。王子は指輪の自動防御反応(オートディフェンス)で防ぎきれなかった私の傷と疲労を自らに移していて、万全の体調とは程遠く。昼食後はティエリーとジュリオに手伝ってもらうことで、抵抗する王子をベッドへ沈めることに成功した。


 シビルとガヴィに昨夜の感謝を述べた後、父に呼び出されて私は部屋の外へと出た。廊下に出ると窓の外から威勢のいい声が流れてくる。日の光と活気に溢れる空気が、とげとげしくなっていた気持ちを少しだけ和らげてくれた。


 廊下で待っていた父は、金褐色の短髪に緑の瞳。上着なしで、生成色のシャツと黒いズボンにブーツという簡素な服装でも、堂々とした体躯と腰に下げた剣が威厳を示している。

「お久しぶりです、父上」

「まぁ、そう硬くなるな。昨夜の剣技は素晴らしかった。あいつも思い残すことは無かっただろう」


「父上、あの騎士と知り合いだったのですか?」

「ああ。同期だった。ある日突然行方知れずになって……三十年近くになるな」

 魔物の封印が解けた後ということだろうか。おそらくは呪いに関与したバルニエ公爵への嫌悪感が増してくる。


「あの騎士が持っていた剣はどうなりましたか?」

「王子の側近が持って行った。呪いは抜けていたようだが、浄化の措置が必要だな」

 それはおそらくジュリオだろう。


「少し歩くか」

 王子が滞在する部屋の扉の前では、辺境伯の騎士が警備に当たっている。聞かれたくない話でもあるのかと察した私は、父の後ろを歩き出す。


 やがて中庭を見下ろせる回廊へと入ると父が振り返り、親指の先程のコイン状の陶器を指先で割った。出現した黄緑色の魔法陣が光を周囲にまき散らすと周囲の喧騒が半減した。魔法光の色から察するに、魔術師ニコラの防音結界だろう。


「何のお話ですか?」

「ああ、ルシアン様の件だ」

 いろいろとありすぎて、どの件なのか答えに迷っていると、父は言葉を続けた。


「ジュディット、お前の意思を確認しなかったのは悪かったとは思っている」

「婚約の件ですか? ……父上、悪いとは思っていらっしゃらないでしょう?」

 父の顔には悪びれた様子は一切見られず、むしろ喜々とした笑顔を浮かべている。


「バレたか。歳は若いが、良い男だろう? 剣の扱いも素晴らしい。お前もきっと気に入ると思った」

「ルシアン様は……我儘過ぎです。何でも思い切りが良すぎて困ります」

 父の軽すぎる言葉に脱力しつつ、良い主君と言い掛けて言葉を替えた。


「我儘? そうか。我儘か」

 目を丸くした父が、相好を崩した。

「父上?」

「ルシアン様は幼少の頃から、聡明なお方だった。ご自分の意思は控え、常に周囲を気遣い、心を砕いておられた。そんなルシアン様が、初めて自分自身の本当の願いを仰られたのが、お前との婚約だった」

「……貴族の娘として王子との婚約は仕方ありませんが、アリシア嬢を犠牲にしたことは許せません」

 アリシア嬢の貴重な時間を奪ったことは絶対に許してはいけないと思う。 


「聞いていないのか? アリシア嬢も幼少からの想い人がいる。ルシアン様との婚約は、バルニエ公爵に強要されてのことだ。ルシアン様はアリシア嬢を護る為に仮の婚約を結ばれた」

「想い人? アリシア嬢に? どなたですか?」

 初めて聞いた話に、驚きは隠せなかった。公爵家の令嬢の想い人とは、一体誰だろうか。兄王子たちにはすでに妃がおり、他の公爵家の令息にも妻や婚約者がいる。……もしも下位貴族だとすれば、王子との婚約解消は都合がいい。


「それは秘密にして欲しいと仰っていた。俺も驚いた人物とだけ言っておこう」

 どうやら父はその相手を知っているらしい。聞き出したいとは思っても、答えてくれないのは知っているから諦めた。


「ところで、魔物退治はいつになる?」

「……わかりません」

 さらりとした問いに、思わず答えそうになって焦る。


「今更隠すなよ。退治方法はわかっているんだろう?」

「何故、そう思うのですか?」

「辺境伯とニコラ、俺たちの勘だな。ルシアン様はお独りで片付けようとしていると感じたが、当たりだろう?」

 父には隠せないし、何らかの助言が欲しいとは思う。


「……お独りで魔物に対処しようとされていたので、私が参戦することを認めて頂きました」

 説得は明け方近くまで掛かったものの、何とか認めさせることに成功した。〝王子妃の指輪〟が王子の居場所を教えてくれることを告げ、何があっても付いていくと宣言してある。


「二人で勝算はあるのか?」

「未知数ですが、現状、魔物の姿が見えるのは王子と私だけです」


 魔物のことで判明していることと、私が持つ〝華嵐の剣〟、私が作った聖具の指輪について話すと父は考え込んだ。


「確かに姿が見えないというのは厄介だな。力のある魔術師と元神官に声を掛けよう。一度で倒そうとせず、初回は様子見という方法もあるぞ。それから……最終手段ではあるが、国家反逆罪でバルニエ公爵と夫人を拘束する手もある」

「様子見という件は賛成できますが、夫妻の拘束を王子は望んではおられません。国家反逆罪にするには物的証拠がないと聞いています」

 バルニエ公爵は、文書等の物的証拠を徹底して残していないことがわかっている。保護しようとした証言者は命を落とし、存在するのは不運に見舞われた貴族たちが有利な条件での金銭の借用証書のみで、証拠がないまま拘束すると王家の信用が失墜してしまう。


「王子の希望は秘密裏に魔物を処理して、バルニエ公爵家には代替わりを要求したいそうです」

 王城では貴公子を演じるボドワンには、人望も領地運営の才覚も無いことはわかっている。ボドワンを公爵に据え、ほどほどに公爵家の影響力を削いだ所で、親族に家を継がせるのが一番平和な処置。


「まあ、それが綺麗なやり方ではあるな」

「父上、王子は血を流すことを希望されてはおりません」

 綺麗なやり方の裏には汚いやり方があることは知っている。


「そうだろうな。人の血ではなく自分の血なら流しても良いとお考えになる方だ。……ジュディット、いざという時は、ルシアン様を止めてくれ。あの方の暴走を止められるのは、きっとお前だけだ」

「……善処します」

 父からの全幅の信頼を感じつつも、私はそう答えるのが精一杯だった。


      ◆


 部屋へ戻ると、ちょうどティエリーとジュリオが扉を開けて出てきた所だった。ジュリオの手には黒い布で包まれた剣のようなものが握られている。

「ジュリオ、それは?」

「昨夜の騎士が持っていた剣です。これから浄化をする予定です」

「私も見学を希望します。王子はお目覚めですか?」

 もう一度、あの奇妙な剣を見ておきたいという欲求に抗えなかった。


「王子はまだ眠っていらっしゃいます。今日はベッドから出られないと思いますので、どうか夕食もお願い致します」

 ティエリーの含みのある笑顔で、羞恥が頬に集まっていく。疲労で動けない王子に昼食を食べさせる姿を、最初から最後までしっかりと見られてしまったのは痛い。


      ◆


 ティエリーの案内で、ジュリオと私は城に複数そびえる塔の一つへと向かった。頑丈な鉄扉を開くと、塔全体が一つの部屋になっていた。家具や魔法灯は無く、今では珍しい蝋燭が床に置かれてぼんやりと室内を照らしている。滑らかに磨かれた黒い石の床、壁は黒く塗られた鉄の板で覆われて、遥か頭上の屋根裏まで続いている。高さとしては十階分は軽くある。


「屋根まで吹き抜けですか。変わった造りですね」

「ええ。ここは魔法の実験場でもあります。何か失敗しても城本体に影響しないように設計されていましてね。私が子供の頃、二度屋根が吹き飛んだのを見たことがありますよ」

 そう言ってティエリーが笑う。魔力爆発等が起きても、城壁への影響を最小限に抑える為、屋根が軽く作られていた。爆風は丈夫な壁を伝い、屋根を破って逃がされる。


 続いて扉を開けて入ってきたのは魔術師ニコラだった。走ってきたのか、息を切らしている。

「おっと、間に合ったようだな。俺も見学させてもらっていいか?」

 ニコラは昨夜と違い、魔術師であることを示す黒いローブを着用していた。


 ジュリオが頷き、ニコラは私の隣へとやってきた。

「お嬢さん、隣で見学を許してもらえるか?」

「どうぞ。昨夜はありがとうございました」

「いやいや、こちらこそ久しぶりに良い戦いを見せてもらって、感謝感謝だ」

 二人で話している間、ジュリオとティエリーは、長い棒の先に付けた白墨で床に巨大な円を描き始めた。


「ジュリオ、二人で魔法陣を描くのは久々だな」

「そうですね。何年ぶりでしょうか」

 陽気なティエリーと静かなジュリオ。対照的に見えても、信頼で繋がっていると思わせる。二人で手分けして描かれた魔法陣が出来上がると、中央に剣が置かれた。


 黒く湾曲した剣は昨夜の禍々しさは消えていても、何故か威圧感がある。

「ほー。成程なー。それは魔法剣だったのか。かなり年代物だな」

「そのようですね。呪いが消えたおかげで、剣も本来の力を取り戻したようです」

 ニコラとジュリオのやり取りで、バルニエ公爵への不快感が増した。騎士と魔法剣に呪いを施して操ったことは絶対に許せないと思う。


「昨夜、ジュディット様の神力での浄化は完了していますが、念の為、魔力でも浄化を行います。……始めます」

 ジュリオの詠唱が始まると魔法陣が紫の光を帯び、蝋燭の火が消えた。中央に置かれた剣がふわりと空中に浮きあがり、液体状の光が剣を包んでは、消えるを繰り返す。何度目かで、剣がくっきりと見えるようになった。長剣よりも少し短く、湾曲した刃を納める黒い鞘には紋様がびっしりと彫られている。


「浄化完了。……ティエリー、準備を」

 指示に応じて優雅な微笑みを浮かべつつ魔法陣の中へと入ったティエリーは、中央に浮かぶ剣を左手で掴んだ。まるで剣が抵抗するように暴風が発生し、黒い雷光がティエリーの左腕を傷つけ、袖が斬り裂かれる。


「お嬢さん、動いちゃダメだ。儀式の邪魔になる」

 反射的に動き出そうとした私の腕をニコラに掴まれ、はっとした。ニコラと私の足元には黄緑色に光る魔法陣が現れて、おそらくは防護結界を張ってくれたと気が付いた。


 側近の上着も騎士と同様に、内側は革で出来た装甲が施されている。ティエリーの左袖が裂け、装甲が破壊されると腕表面に裂傷が走り、血が風に飛び散った。


「ふっざけんなあああああ!」

 自らの血を見て変貌したティエリーの咆哮で、剣がびくりと震えて怯んだように見えた。


「黙れ! へし折るぞ!」

 荒れ狂う暴風に抗い、ティエリーが怒鳴りながら両手で剣を握ると、暴風と雷光がぴたりと止んだ。

「……すげぇな……それで魔法剣黙らせるか……」

 ニコラの呆れた声が、私の心も代弁してくれていた。静まり返った部屋の中、紫色に光る魔法陣が静かに回転し続けている。


「お前の名前は?」

『…………我が名は〝暗影の剣(シャドウ・ブレイド)〟』

 肉食獣の微笑みを浮かべるティエリーの静かな問いに、低い男の声で剣が応えた。


「名称確認。今より、所有者選定に移る」

 ジュリオの宣言後、魔法陣の形状が変化した。円が四角となり、分裂して十二角の星を描く。


「〝暗影の剣〟よ、聞け。私の名はティエリー・モンドンヴィル。今、この時より、私がお前の(あるじ)となる」

 ティエリーの一方的な言葉に反発するように、再び剣から暴風が噴き出した。


「うるさい! お前に選択肢はない! 私が、お前の主だ!」

 ティエリーが鞘から剣を引き抜くと、縦横無尽に暴れていた風が強風へと変化した。


 眼前に剣を掲げると、闇色の光が風に散る。暗い夜の色を含む風に舞うのは、輝く星の煌めき。闇があるから光が輝く。光があるから闇が見える。当たり前のことが視覚化されると恐ろしく美しい。


『……ティエリー・モンドンヴィル。貴殿を我が主と認める。我が力を使え』


「〝暗影の剣〟の新たなる所有者をティエリー・モンドンヴィルと定める。これは魔法契約であり、破棄は認められないが異議はあるか?」

「異議なし」

『異議なし』

 ジュリオの問いに、ティエリーと〝暗影の剣〟は答えた。


「これにて、所有者確定とする」

 宣言と同時に、魔法陣が周囲を強く照らしながら散っていく。魔法陣の光が消えると、蝋燭の火が再び灯り、血まみれのティエリーが浮かび上がる。


「ティエリー、傷の治療をしましょう」

 一転して心配そうな声を掛けたジュリオに、ティエリーが微笑みながら、袖口で頬の傷を拭いて見せる。血の下にあるはずの傷は綺麗に無くなっていた。


「〝暗影の剣〟が治癒してくれた。気が利くヤツだね」

 右手に持っていた剣を鞘へと戻し、ティエリーは優雅に微笑んだ。


      ◆


 夕方になる前に目覚めた王子の口へ、私は焼き菓子を詰め込んでいた。辺境伯夫人が手配してくれた焼き菓子は様々な種類があって、どれも美味しい。王子が他者に知られたくないだろうと、私が甘い菓子が好きだということにしている。


「ジュディット、あーん」

 今は寝室の中に誰もいないからなのか、王子は完全に金色の子犬。ベッドの上に半身を起こして座っているのに、しっぽをぱたぱたと振っている幻影が見えそう。

「こちらはチーズとナッツ入りのクッキーです」

 王子の求めに応じ、少しだけ味見をしてから王子の口に放り込む。甘さの中にほのかな塩味を感じるクッキーは、初めて食べる味だった。酒と相性が良さそうに思える。


「あー、これ、ワインと一緒に食べたいなー」

「お酒はダメです。体調を戻してからです」


「えーっと、転移魔法使って王城に戻ろうかなーって思うんだ。魔力は回復してるから、体調は関係な……」

「寝言は寝てから言って下さい」

 私は問答無用で王子の口にナッツのタルトを突っ込んで黙らせた。


「何度も申し上げておりますが、王城へ戻ってバルニエ公爵の領地へ行くより、ここから行く方が近いです。ここで体調を万全にして満月を迎えればよいのです。それとも、王城へ絶対に戻らなければならない理由がありますか?」

 転移門が使えない状況で、王子の転移魔法は一度に一人のみ。王子が私を安全な場所へと転移させ、自分が死地へと独りで向かう危険があるから、絶対に阻止したい。


「一度で魔物を倒そうとせずとも、半年は時間があります」

「……そ、そうなんだけど……あ、そうだ。きっとシャイエが心配してるよ」

「御心配には及びません。ニコラが魔法で連絡してくれています」

 ニコラはジュリオの報告書を白い鳩に変化させて送り出した。その速度は伝令馬を遥かに超えている。


 しょんぼりとした金色の子犬の目の前に、皿に盛られた菓子を見せる。

「次はどれをお食べになりますか?」

「……そのクリームが乗ったケーキかな。……それはジュディットと半分ずつ食べたいな」

 再びきらきらと目を輝かせる金色の子犬が可愛くて、私の頬が自然と緩んだ。

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