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それは呪いの指輪です。~年下王子はお断り!~  作者: ヴィルヘルミナ


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34/55

砂糖菓子の家、星降る夜に。

 早朝、私は再び自分の寝相の悪さを呪った。何故、就寝前に枕を王子との間に挟まなかったのか非常に悔やまれる。

「ルシアン様、熱がおありなのではないですか?」

 朝食後も王子の顔が赤いままなのを、ガヴィが気が付いてしまった。

「えっ、いや、だ、だ、大丈夫だよ。大丈夫、大丈夫」

 ぶんぶんと縦に頭を振る様子は、まさに金色の子犬。可愛いとは思っては失礼と思いつつ、柔らかな金髪の感触が思い出されて目が泳ぐ。

「スープが熱かっただけだよ! 大丈夫だから!」

 王子が悲鳴に近い声を上げ、にやにやと笑いながら王子の額に手を伸ばしたティエリーを避けて馬上へと逃れた。その動きは素早くて、慣れているような気がする。


 獲物を逃したティエリーは、私に視線を向けた。

「ジュディット様、お身体の調子はいかがですか?」

「ありがとうございます。平気です。むしろとても良いと思います」

 昨日一日乗馬したにも関わらず、私の体に疲労が全くないのは、王子が代替魔法で自らに移しているのだろう。あれ程駄目だと言い聞かせたのに。


「ほほぅ。……ルシアン様は限界を試されているということですね」

 ティエリーが妙な笑顔で呟いた。限界という言葉で代替魔法のことを言っているのかと考えても、それは王族しか知らないはず。実は知っているのかもしれなくても、これは聞こえなかったことにした方がいいだろう。

「早く出発しましょう」

 私の言葉を聞いて、何故か軽く口笛を吹いたガヴィと笑い出したティエリーの頭にジュリオが拳を落とした。


 歓楽街の朝は、独特の気怠い空気が流れていた。人通りはまばらで道端や路地裏で酒瓶を抱えたまま眠り込んでいる者がいるかと思えば、眠そうな女性が窓枠に寄りかかって客に手を振り見送っている。昨夜は目が痛いと感じた煌びやかな色彩も、爽やかな朝の光の中では色褪せて見えてしまう。


 夜闇(やあん)に美しく花開き、暁光(ぎょうこう)に息を潜める。このような世界もあるのだと、言い知れない寂しさと強かさを感じながら手綱を握る。

 王女と共にいた頃には、物語で知るしかなかった世界が目の前に広がっている。不思議と不快感はなく、誰もが自分の居場所で懸命に生きていると感じる。


 この〝王子妃の指輪〟を外して海を渡った先、私もこういった場所で働くことになるかもしれない。甘い考えだとは思っても、用心棒ならできそうな気がしてきた。

「御覧になるのは初めてですか?」

 私があちこちを見ているのに気が付いたガヴィが話しかけてきた。

「朝の光の中で見るのは初めてです。仲間に類似の場所へ飲みに連れて行かれたことはありますから」

 騎士仲間と行った夜の歓楽街は、猥雑で劣悪で忌避すべき場所と強く感じていた。それなのに、この朝の光景を知った今では人の生活の奥深さが胸に響く。


「昨夜の喧騒とは程遠く、寂しさすら感じる光景ですが、何故かしなやかな強かさのようなものを感じます」

 華やかに花開いて輝く為、静かに準備をするつぼみのような生命力。

「しなやかな強かさ。それはこの空気を現すに適した素敵な表現ですね。次回の詩歌に使用してもよろしいでしょうか?」

「ええ。どうぞ」

 私の拙い言葉を吟遊詩人が使うとは思えない。きっとお世辞なのだろうと、私は気楽に答えた。


      ◆


 歓楽街を出て、再び街道を馬で駆け抜ける。貴族の馬車や荷馬車を追い抜き、すれ違い、ただひたすら目的地を目指す。

 これ程の速度で馬を走らせ続けるのは、伝令か特別な荷を運ぶ商人くらいだろう。慣れてくると気が緩みそうになって、慌てて基本動作を思い返す。


 昼食の為に馬を止めた際、ふとした疑問を王子へ尋ねてみた。

「私たちは、一体何の集団と思われているのでしょうか」

 全員が騎士服や兵服ではなく平民の服で旅装用マントを羽織り、一人は吟遊詩人であることを示す竪琴を背負い、誰も剣を携えていない。最も平民が許可なく剣を持っていれば処罰対象になる。ただの旅人と呼ぶには慌ただしい。


「えーっと。そうだねー。宴会に遅れそうになってる招待客と吟遊詩人ってところかな?」

 ほわほわとした笑顔の王子の返答に脱力してしまう。

「そのままではないですか。……正直に申し上げますと、目立ってしまわないか気になっています」


「大丈夫ですよ、ジュディット様。吟遊詩人が馬であちこちを走り回っているのは珍しくはありません。繁忙期には毎日宴の場所が変わることがありますので。私がおりますことで、楽団と思われているかもしれません」

 ガヴィの言葉を聞いて納得した。私たちの着替えが入ったトランク類は、通常の物よりも大きい。馬に下げた荷物を楽器と思っても不思議はないだろう。

「それなら安心致しました。……どうされましたか?」

 ガヴィと話していた私の手を、王子が握りしめて引いていく。久しぶりに握られた手が熱く、胸がどきりと高鳴ると同時に頬へ羞恥が集まっていく。


「早く昼食にしよう。お腹すいちゃったよ」

 そういえば、お腹がすくと王子としての品格が壊れると言っていたと思い出し、私は王子の可愛らしさに頬を緩めた。


 二日目の宿は湖畔の白い建物群。小さく可愛らしい三角屋根の家の一つ一つが宿泊室になっている。傾きかけた太陽の優しい日差しの中、湖を取り囲む森や草原を散策する他の宿泊客は上品で、下位貴族や裕福な商人と見て取れた。


「ここは保養地として有名な場所です。温泉も出ますし医術師も数名常駐しておりますので、長期滞在客が多いですね」

 ガヴィの説明を聞きながら、何故高位貴族がいないのだろうかと不思議に思う。童話に出てきそうな可愛らしい家々と、整えられ散策しやすくなっている森。湖には水鳥が浮かんでいて、草原には花々が咲き乱れている。

 王女ならとても喜びそうだと思うと、寂しさで胸がきゅっと痛くなった。今頃は、ライニール王子と共に幸せな日々を過ごしておられるだろうと思い直して、私は思考を切り替えた。


 事前連絡なしでの宿泊にも関わらず、比較的大きな一軒の家が用意された。可愛らしい白い砂糖菓子のような家の中には居間が一つと寝室が三つ。温泉が引かれた浴室が設置されている。

 かなり早めの夕食の後、勧められるままに温泉に浸かると乗馬の疲れが吹き飛んだ。乳白色のお湯が、酷使した筋肉を柔らかくほぐしていく。身体のあちこちを手で揉むと気持ち良い。


 浴室の窓からは夕焼けの空。もう少し馬で走っても良かったのではないかと考えた所で、私が気遣われていることにようやく気が付いた。夕方までに宿に入り、十分な睡眠時間と休息を取るのは、きっと私の為。目立ってしまう可能性があるにも関わらず、昼間に馬の速度を上げるのも休む時間を作る為。

 そうと気が付くと、皆に感謝の気持ちが沸き上がる。これ以上の足手まといにならないように、体調に気を付けなければと考えながら私は温泉から出た。


 王子が浴室を使っている間、シャツとズボン姿で小さな庭に出るとジュリオが夜空を眺めていた。白金色の髪と水色の瞳が雪や氷を連想させる為か、普段は近づきがたい印象がある。王城とこの旅で数日一緒に過ごしたことで、実際は優しく生真面目な男性だと理解することができた。


「何か見えますか?」

「……星が見えます。……新月の夜には、降るような星が見えますが、今は見えないのが残念です」

 夜空には赤い月と緑の月。そして満月を過ぎて欠け始めた白い月が輝いている。星々は白い月の輝きと競ってはいても、まだその力は弱い。

「……幼少の頃、よくここに連れてこられました。……この一帯はロージェル子爵家の領地です。第三子の私は全く期待されていなかったので、一人の教育係を付けられただけで放置されていました」

 静かに語られた内容で、この宿に高位貴族がいない理由がわかった。下位貴族の領地というだけで見下されているのだろう。


「昔、私は自分が無価値だと信じていました。誰にも必要とされないまま、生きて死ぬのだろうと。そして……星の美しい夜に自決しようとして、あの湖に入り……視察の旅で滞在していた小さな王子に助けられたのです。二人で溺れそうになった時、私に強い魔力があることが判明しました」

 ジュリオの話を聞いて、王子は一体何人の命を救ったのかと尊敬すると同時に心配で心がきゅっと痛む。

「私は王子と貴女を必ず護ると誓います。どうか王子を幸せにして下さい」

 そう言って優しく微笑むジュリオに、私は何の言葉も返せずにただ頷くことしかできなかった。

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