第八目 バターが溶けるとき
続ければ、続けるほど自分の文章力の無さを痛感します。
いつも呼んでくれている皆さん。ありがとうございます。
「又三郎。何回も聞くが本当にこれが必要なんだな?」
ガサガサと両手に、ロゴ入りのビニール袋を抱えて、火ノ目は又三郎に問いただす。
「しつこい奴だな。これで5度目ぞ。それは確かに要るものだ。」
重たそうに、ビニール袋を提げる火ノ目を後ろに、手ぶらの又三郎は意気揚々と歩いていた。
「まず、牛乳とササミ。これはいい。だけどな、蛍光灯に懐中電灯、塩に酒、電池、花火、ライター。和紙と習字セットに手鏡で、とどめに玩具の野球セット。って買いすぎだろ!」
「五月蝿い奴だな。麗奈には、一言も文句言わん癖に。このマザコンッ。」
「マザコンは関係ないっ。」
声を荒げた瞬間、ピリッという音と共にビニール袋に小さな穴が空いた。
「しかし、今時の市場とは何でも置いとるのだな。あんまり綺麗では無かったが、広かったし。安いしな。」
又三郎に物価の良し悪しが、分かるのかは疑問だが、今の火ノ目には、これ以上突っ込む気力は残されていなかった。
早く帰らなければ、袋の中身を、道端にぶちまける羽目になってしまうからだ。
「ハァ。もういい。ホントに必要な物なんだな。」
「これで6度目だな。心配するな。必ず役に立つ。」
そう言い残し、又三郎は駆けていってしまった。
少しでも早く帰る為に火ノ目も早足で歩き出す。
「あのっ、火ノ目さん。大丈夫ですか?1つ持ちますか。」
麗奈がうつ向きがちに尋ねてきたが、麗奈も既にビニール袋を1つ持っていた。ここで持たす訳にも行かないだろう。
「いや。大丈夫です。」
しかし、一歩進んだ瞬間にビリッという音が響き、買ったばかりの習字セットが、その半身を、あらわにした。
「……まるで僕みたいだ。」
ビニール袋を地面に起きながら、火ノ目は思った。
頑張り過ぎて破けたビニール。
そんなに強くもない無いくせに。
色んな物を背負い込むから。
まるで自分のようだった。
「えっ?」
麗奈の声に、ハッとして麗奈の方を振り返える。
「(もしかして、声にでてた!?ヤバイ。恥ずかし過ぎる。)」
顔が急に熱を帯びる。
他人にかかわらず、人に弱みを晒さないのが火ノ目の強みであった筈なのに。
「……」
彼女が火ノ目の言葉を聞いたことは、今やその沈黙から明らかであった。
「……」
「あっ!そうだ。私の袋に少し荷物を移しましょう。」
そういって麗奈は、何事もなかったかのように、破れかけのビニールから荷物を取り出し始めた。
「(また気を使わせてしまった。)」
破けた部分を指で縛りながら、火ノ目は急いで荷物をしまい直そうとした。
しかし、麗奈の動きが止まっている事に気づく。
「どうかしましたか?麗奈さん。」
「すみませんね。私まで色々買ってもらってしまって。」
麗奈のしみじみとした態度に、火ノ目は戸惑いつつも冷静を装った。
「いえ、そっちのは生活用品ですから。」
確かに財布の中身は、小銭を残してごっそり消えたけれども、食料もしっかり買い込んだので、飢えはしないだろう。
「あの。さっきは、すみませんでした。」
「えっ!?何がです。」
二度も連続で謝られて、火ノ目はさらに戸惑った。今度は声すら上擦っている。
「折角、火ノ目さんが色々、気を使って下さったのに。ヨソヨソしかったですよね。私」
「あっ。いえ……」
改めてその事を指摘されると、恥ずかしくなってしまう。
まるで自分が子供みたいに思えてしまう。
「僕の方こそ、不機嫌になったりして、ごめんなさい。人と話すのに慣れてなくて。今まで逃げてきたから…」
言い訳に聞こえるかな?と火ノ目は不安になり、麗奈の表情を窺う。
麗奈は寂しそうに笑いながら火ノ目に答えた。
「私も同じ様なモノです。遠慮する事で、人と距離を取っていましたから。」
「不思議ですね。」
「えっ?」
「火ノ目さんは人に関わらないように生きてきて、私は人に遠慮して生きてきた。普通なら絶対関わり合わない二人なのに。」
確かに麗奈の言う通り、通常の人間関係において、麗奈と火ノ目は正に
「水と油」であり、知り合うことはあっても今の様な会話を交わす事もなかったであろう。
「そういえば、なんで僕に助けを求めたんですか。」
火ノ目は、そんなに遠慮がちな麗奈が何故、今朝に限って自分に助けを求めたのか気になった。
「それは、切羽詰まってましたし。でも一番の理由は又三郎さんですね。」
「又三郎?」
「ええっ。火ノ目さんを見たとき、何だか隣にいる猫さんと、仲良く話してるみたいだったので、きっと貴方も私と同じ何だろうな。って」
「又三郎か…。」
火ノ目は又三郎の言葉によって、逃げている事を自覚し、
麗奈は、又三郎を見て火ノ目に話しかけた。
つまり又三郎が二人を繋げた。と言うことにもなる。
「あの猫、何者なんだろう?」
ほんの少しだけだが火ノ目は又三郎に感謝した。一見、能天気な猫だが、自分をここまで導いてくれたとも考えられるからだ。
「火ノ目さん。お願いがあります。」
『お願い』の部分が強調されている事から、火ノ目は麗奈が少しだけ踏み出してくれた事を感じた。
「なんですか?」
麗奈は大きく深呼吸すると、一口に言い切った
「シャワーをお借りしてもいいですか?」
「はい?」
「あの、私、3日間お風呂に入れなかったから、帰ったら、使っても良いでしょうか。」
「いいですよ。」
不安そうな麗奈の表情に、何故か安心した火ノ目はそう答えた。
「折角だから風呂も沸かしますよ。」
「いいんですか?」
「さっきのお詫びです。」
風呂を洗う位たいした事もないのに、麗奈は嬉しそうに微笑んだ。
「火ノ目さんって思ったより、優しいんですね。」
「思ったよりって…」
優しいなど、初めて言われた気がする。
いや。初めてではなかったか。
『火ノ目は優しいね。』
「(やっぱりマザコンなのかな。僕。)」
「火ノ目さん? どうかしました?」
「あっ、いえ。麗奈さんは、変わった人ですね。」
「そうでしょうか?」
「そうですよ。さっき、だってー―ー。」
会話の中で、火ノ目は冷たい何かが溶けてゆくのを、その胸の奥で感じていた。
「どうしようワシ。出づらくなっちゃった…」
横から飛び出して、火ノ目を驚かしてやろうと企んでいた又三郎は、今や二人を包む雰囲気に隠れた電柱から出られなくなっていた。
寂しそうに二人を見つめる又三郎。
「火ノ目のヤツ。やっとこ笑いおったの。」いつの間にか又三郎もふんわりと微笑んでいた。
「やっぱり、雪江の子は笑わんとな。」
又三郎は遠い目でそう呟くのだった。