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第七目 帰り路

もしよかったら、感想などを、聞かせて貰えると嬉しい限りでございます。

キーンコーン


二時限目終了のチャイムと同時に火ノ目は休憩室に戻ってきていた。


二時限が、いつもより5分程早く終わったおかげである。


ガラッ

スライド式のドアを開けてガラガラの休憩スペースに足を踏み入れる。


「おっ。帰ってきたぞ。早かったな火ノ目。」


ガランとした休憩スペースの丸机の上で又三郎が座っている。


「講義はどうだった?」

「前の席の人の、守護霊がでかすぎて、白板が見えにくかった。後、左目についてコソコソと…だな。」


説明しながら又三郎に近よっていく。

ブラブラと揺れている由良の方を見ると、パタパタと火ノ目に手を降っているのがわかった。


眼帯が外され、あらわになった左目をみた受講生達は、皆一様に気味悪がり、ヒソヒソと耳打ちしあっていた。


しかし、火ノ目にとっては周囲の冷たい反応こそが日常であり、気を使わない分、下手に動揺せずに済んでいた。


「(麗奈さんは大丈夫かな?)」

火ノ目は麗奈の様子を見ようと机に近寄ったが、うつ向いたまま動かない麗奈は、どうやら寝ている様である。


「お主が行ってすぐ、寝てしまった。」

又三郎は毛繕いしながら言った。


「まぁ3日も寝てなきゃね。その間に何かあったりは?」


「ない。ワシの予想が正しいなら、恐らく明るい内は平気だな。今の内に家に返ってしまうのが良いな。」


「そうか。わかった。」火ノ目は麗奈のコーヒーをゴミ箱に捨て、いつでも帰れる様に準備をしておく事にした。




「お主がおらんで暇だだったのでな、由良と色々と話をしておった。」


又三郎が由良の所に駆けていくと、由良は又三郎を胸に抱き、一緒にフラフラと揺れ始めた。


「彼女、話せるのか?」

「ああ。人に話しかけるのは恥ずかしいらしいが、ワシとなら、ちゃんと喋るぞ。なぁ?」


「……うん。」


微かだか、確かに声がした。


「そんな声なんだ。」


「由良はずっと火ノ目と喋りたかったらしくてな。どうしたら良いか。話し合っておった。」


「ふ〜ん。で、解決したのか?」


「ああ!完璧よ。喋れずとも、筆談ならできるだろうと言うことになってな。見とれよ火ノ目。やれっ。由良。」


由良はコクッ、と小さく頷くと壁の方を指差した。


ジワリッ


ゆっくりとだが壁に文字が浮き上がり始める。

女の子らしい、丸っこく可愛らしい文字だ。


『こんにちは、火ノ目君。私は、園木(そのき) 由良(ゆら)と言います。大学三年生で、趣味は吊り(釣り?)

です。これからも仲良くしてくださいね。』


壁の上に、浮かび上がった言葉を、又三郎が声に出して読み上げた。


しかし、火ノ目は顔は真っ青になりきっている。


「……なんで、血文字?」


由良はもじもじと体をくねっていた。恥ずかしいらしい。



「アーティストだから、これくらいはせんとな。まぁ問題は書くことは出来ても消せないって事にあるな。」


「どうすんだよ…コレ。(また噂が増える。)」


由良の紹介文の中には、きっちり、火ノ目の名前が記されていた。

可哀想だが、火ノ目に対する、何らかの罰則は免れないだろう。


「さてと、遊びは、この辺にして、帰るとするか。お〜い麗奈。帰るぞ。」


欠片も反省せずに、戻って来た又三郎は、肉きゅうで麗奈の顔を ポフポフ と叩き始めた。



「んっ…。あれ?もしかして私、寝てましたか?」

ムクッと起き上がった麗奈は欠伸交じりに返事をした。

「ああ。泣きつかれて、そのままぐっすりじゃったな。」


「そうですか。あっ火ノ目さん、講義は終わったんですか?」


前髪に寝癖を付けたまま、立ち上がる麗奈は火ノ目に声をかける。


「はい。なんとか。そちらの具合はどうです?」


「はい。泣いたのもあるし、少し休めたのでスッキリしました。えっと。今から、お帰りになるのですよね?」


「ええっ。明るい内に帰った方が、いいらしいですから。」

「そうですか。」


麗奈は何か言いたそうに火ノ目を見つめている。


「火ノ目さん。あの…本当に宜しいのですか?」


「? 何がです?」

「そのっ。火ノ目さんの家にお邪魔してしまっても…。

それに、私の問題なのに火ノ目さんを巻き込んでしまいましたし。」


うつ向きがちな麗奈の表情が、火ノ目には少し不快であった。

理由は火ノ目にも、よく解らなかったのだが。


「…麗奈さんが嫌でないなら、僕は別に構いません。確かに他人と接するのは慣れていませんけどね。」


「…ごめんなさい。」


「ああ、いやっ。嫌って事じゃなくてですね。だから……ハァ。」


自分の気持ちが、曖昧にしか届かない事に、火ノ目はため息を1つ、吐き出した。

普段から、他人に意志や感情を打ち明けない火ノ目には、どう言えば麗奈に伝わるのかが、わからない。


麗奈の方も同じで、朝は、あんなにも冷たかった火ノ目が、どうして自分を助けるのかが解らなかった。


「ほれほれ。何をまごまごしとるんだ。早く帰らんと日が暮れるぞ。火ノ目。」

「わかってるよ。」


不機嫌そうに返事をする火ノ目を、又三郎は急かしながらも、見守っていた。


「あの。とにかく僕の事は気にしないで。そういうことです」


「…わかりました。」


「ほら!早く行くぞお前達。みろ。由良が寂しそうじゃないか。」

又三郎に急かされて火ノ目と麗奈は部屋を出た。


部屋の扉を閉める前に、火ノ目は寂しそうに笑っている由良に、手を降っておいた。






「あの娘は、一緒に来れないのか?」



廊下を歩きながら、火ノ目は又三郎に由良について、聞いてみることにした。

部屋に一人残された由良が、寂しそうにしていたからだった。


「無理だな。由良はあそこをでられん。彼女の居場所は、あの部屋だけだからな。」


「それって由良が地縛霊だからか?」

「いや。地縛霊ならば、もっと邪気に、まみれているはずだ。彼女はな。あの部屋に守られておるのよ。」


「守られている?むしろ、彼女が守っている方なんじゃないのか?」


「人の霊はな。そのほとんどが、あまり強くない。

死んだ後も、無理にこちら側に引き留まる者は、その大半が妖怪の餌になる。彼女は、あの部屋によっぽど思い入れが有るのだろう。あの部屋に守られる事でこちら側に留まって居られるのよ。」

「でたら食われるって事か。」


「…寂しいでしょうね。ずっと一人で。」

麗奈がポツリと呟いた。その言い方はまるで、麗奈自身の事を言っているようでもあった。




「そうだな。火ノ目、お前。これからも由良に会いに行ってやれ。心が満たされれば、あちら側に逝けるかもしれんからな。」


又三郎の提案に火ノ目は頷く。

由良は登場の仕方こそ、不気味だったものの、彼女が無害であることは火ノ目にもわかっていた。加えて、入学から3ヶ月、校内に居場所のなかった火ノ目にとって、あの部屋は大切な空間であった。

「…そうだな。僕もあの場所は気に入っている。どのみち、あの血文字を消しに行かないとな。」







正面玄関から出た二人と一匹は、

「スーパーで買い物したい。」という火ノ目の要望を叶えるべく、激安量販店『モッテケバンデット』に向かっていた。


「火ノ目。実はな。ワシにも必要な物があるんじゃ。

お主、ワシの代わりに買ってくれ。」


「なんだよ。必要な物って。」


火ノ目の問いに、又三郎はエヘンッと胸を張り元気よく答えた。


「モ○プチだ。」

「…却下だ。」



火ノ目の即答にショックを隠せない又三郎はモ○プチ獲得の為に熱弁を振るい始めた。


「酷いぞ、火ノ目!お主は、あのキハダマグロの奇跡を知らんから、そんな冷徹な事が言えるのじゃ。だがな火ノ目。お主も食べれば分かる!旨味がギュッとなっておるんだぞ。スゴいんだぞ!」


「…嫌だよ。」

自分が猫缶をモシャモシャと咀嚼する想像に火ノ目は震えた。

仮に一口食べてみて、自分の食事より旨かったりしたら、それこそ やりきれないだろう。


「火ノ目の冷血人間!根暗!」

「ササミで我慢しろ。」

「仕方ないのぉ。じゃあ牛乳は買えよ。低脂肪じゃないヤツだぞ!」

「はいはい…」


火ノ目と又三郎による、即興漫才を見届けた麗奈が会話に入ってきた。


「あッ。じゃあ私は、外で待っていますね。」



「いや、外は暑いですし、麗奈さんにも着いて来て貰わないと…

それに、生活に必要な物を揃えて欲しいんです。」


「でも私。その、お金を持ってなくて…」


「僕が出しますよ。」


「そんな。いけませんよ。そこまでご厄介には慣れません。」


「…高い物じゃないですし、別に構いませんよ。」


「そうでしょうか?すみません。」


再びうつ向いた麗奈に、心が、ちりつくのを隠し、火ノ目は麗奈から目をそらした。


「(なんだかさっき、から、悪者みたいだな。僕は、)」


何が彼女を落ち込ませるのか?

火ノ目自身は出来るだけ優しく接しているつもりだ。


「そうだぞ。ワシのシナリオでは、麗奈がモン○チを火ノ目にねだる段取りに、なっておるのだ。」


「(コイツは逆に図々し過ぎる…。猫だからか?)」


しかし、麗奈がこの態度で話してくれればもっと楽なのに。と火ノ目は思っていた


「大丈夫だ麗奈。マザコンは、女に甘いと相場が決まっておる。必ず墜ちるぞ。」


「…ササミも無しだな。」

「アニャ!ちょっと待て火ノ目。今のは無しだ。」



又三郎は顔を拭きながら、なんとか誤魔化そうと火ノ目の機嫌をとった。


「フフッ。ではご一緒させて貰いますね。火ノ目さん。」



「あっ。どうぞ。」


麗奈の笑った顔をみれた火ノ目は、少しだけ安心する事が出来た。


「火ノ目〜。スーパーとはあれか?」


『モッテケバンデット』の毒々しい色の看板を指差して又三郎が言った。


「ああ、あれだ。この辺じゃ、あそこが一番安いんだ。」


「私も、何度か来たことがあります。」

「そうか。終に、これを使うときがやってきた。」

又三郎は何やら嬉しそうに紙切れを取り出すと、それを麗奈に手渡した。


「頼むぞ。麗奈よ!この台本の通りにやれば必ず墜ちるから。」


「(いつの間に用意したんだ?)」


「そうですか?じゃあ私も頑張りますね。」

「ああ。麗奈は、やれば出来る子だからな。ワシ信じてる!」

又三郎の必死の指導のもと、麗奈も台本を黙々と読み込んでいた。



「(麗奈さんも、変わった人だな)」




「よしっ!じゃあ、リハーサルだ。」


「じゃあ読みますね

火ノ目様。麗奈のお願い聞いて欲しいの(ハート)麗奈、モン○チが食べたいな〜」



「(そんな女の子嫌だよ…)」




火ノ目は静かに店内に入って行った。

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