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第六目 人であらずんば(後編)

更に長くなってしまいました。もう少し文章を削る工夫が必要ですね。反省。

フワフワとした体温を感じ、火ノ目の意識はゆっくりと持ち上がる。


火ノ目は自分が草に寝そべっている事に気づく。


そして自分の体がずっと幼くなっている事にも…


「火ノ目?」


そこには懐かしき母の顔があった。


「母さん…」


「火ノ目。貴方の紅い目はホントに綺麗だね。」


母は優しく微笑んだ。


火ノ目は8年ぶりの母の膝枕の感触を楽しむこともせず、母に謝罪の言葉を告げる。


「母さん。ごめんなさい。僕。


目を!大事な左目を!」

「いいのよ。今は何も言わないの。

私の膝の上でお休みなさい。」


「……はい。」


もう一度母は優しく微笑む。


火ノ目は母の顔をゆったり眺めて、もう一度眠ろうとした。

しかし。




バッと音がするほどの勢いで母の目が開く!


その目は、まるで火ノ目の左目の如く白く濁りきり、目尻から流れ出る血の涙を火ノ目の頬へと垂らし始めていた。


「ああ、イヤだ。嫌だよ。あああぁ!」


火ノ目は恐怖にただ呻くことしかできず、それでも変わり果てた母にすがる様に手をのばした。


「カナメ……」


既に母の声は妖の声そのものとなっており、火ノ目の心をさらに凍りつける。


「カナメ…人デアラズンバ、殺シテイイノカエ?」


「カナメ……カナメ……カナメ……」



『火ノ目っ!!』




ハッと意識が急激に浮上し、火ノ目は現実に引き上げられる。




「(夢?)」


生温かいアスファルトの感触を確かめながら、火ノ目はこめかみを伝う涙を拭った。


「(気を失ってたみたいだ。)」


「火ノ目〜おきたのか?」


「うわっ!」


体の下からの声に思わず飛び退く。急いで地面を見るものの其所には何もない。

「又三郎?」



左目の眼帯をずらしてみると其所には先程、別れた筈の黒猫の妖怪、又三郎がいた。


「もしかして…助けてくれたのか?」

「そういう契約なのだ。とりあえず生きてるならセーフだな。」


又三郎は砂まみれの顔の毛繕いをしながら、そう答えた。


又三郎の手前に倒れている自転車をおこしなが火ノ目は自分の腕時計をみる。


時刻は8時50分。

1時限目の開始まで後10分しか残されていなかった。


「ヤバッ!」


火ノ目は慌てて自転車に跨がり左目の眼帯を元の位置に戻す。


だが。


キュッ。


不意に服の袖を握られて火ノ目は振り返った。

そこには女性がうつ向きがちに立っている。

服装などから考えて、さっき飛び出してきた人物であると、火ノ目は認識した。


「なんですか?」


火ノ目は右目の視線を可能な限り冷たいモノにして女性に向けた。


「おなごに、それはないだろう。」


横から又三郎の野次が飛んできたが、火ノ目は依然として女性を冷たく睨んでいた。


しかし女性のほうも思い詰めた表情で、

ずいっと火ノ目に詰め寄る。

年齢的には火ノ目と同じぐらいか、少し年上といった感じ、地味な服装にエプロンを着け、 髪は後ろで1つ結びにされているが走ってきたのか所々が跳ねている。

顔つきは整っていると思ったが、それよりも目元の隈が疲労を訴えていた。


「あ…あのっ。」


「(面倒な事になりそうだ。)すみませんが急いでいるんで。」


火ノ目は出来る限り女性の目を見ない様にしながら、ペダルを強く踏みこんだ。

しかし車輪はピクリとしか動こうとしない。


「その娘。もうフラフラじゃないか。助けてやれ。」


どうやら又三郎が前輪を押さえているようだ。


車輪が動かないという原因不明のアクシデント。

それは彼女にとって、またとないチャンス。


「私。追われてるんです…」


「(マズイ。)」


今、目の前の女は、確実に自分を面倒に巻き込もうとしている。

それを確信した火ノ目は、一秒でも早くこの場を去るためにはどうすればいいか。を脳の中でシュミレートしていた。


「話を聞いてやれ。」


前輪が呼びかける。


「断る。嫌な予感がするんだよ。頼むから車輪から離れろ。」


女性に聞こえないようにボソボソと前輪に話しかける


「なぜそんなに拒む。この娘、かなり深刻に悩んでいるぞ。」


「俺には関係ない。俺の制じゃないし、助ける理由もない。

誰かに関わってバカをみるのは御免だ。」


「あっ。あの。」


喋ろとした、女性の言葉を遮って、火ノ目は冷たく冷たく言葉を重ねた。

かつて自分がそうされたように。


「悪いんですが。他の人に頼んで下さい。僕には関係ないです。」


「お主、心が欠けておるの。」


呆れたと言わんばかりに、又三郎の言葉が火ノ目に横槍を入れる。


「(何とでもいえ。)」


見ると女性の目は涙で滲んでいる。チクリと心が痛むのは火ノ目もまた心に傷跡を持つ者であるからなのか。


「…」


無言。

誰も喋らない。

又三郎でさえも。

それは火ノ目が悪人であることを訴えかけていた。



「ハァ。わかったよ。話を聞きますから大学まで付いてきてもらえますか?。

せめて2時限目には出たいんです。」


火ノ目は冷徹に成りきれない自分に、嫌悪感を覚えながら女性に提案した。


「よっ、男前!」

前から飛んでくる又三郎の野次が、火ノ目を余計苛つかせたのだった。







大学構内の休憩スポットの中で一番小汚なく、陰気で、人気のない三階休憩部屋 。

この火ノ目のお気に入りの休憩スペースに女性を待たせ、自分は自販機に飲み物を買いに行く。


「あの部屋、人が全くおらんのう。何でだ?」


後ろからは又三郎が問いかける。


「(着いてくるなと言ったのに…)授業中って事もあるけど、昔、あそこで女子生徒が自殺したらしくてね。呪われてるって言って誰も近づかない。」


「ほぅ。」


「でも、あそこには何も居ない。本当なら一階の喫煙スペースの奴の方がずっとヤバイんだけど。普通の人には分からないしな。」


「左目。使ったのか?」


「いいや。でも声がしないしな。」


「…ふぅん。使えば良いものを…」


自販機に硬貨をいれて、コーヒーを買う。


チャリチャリン。


ピッ。


ガコンッ


「………」



チャリチャリン。


ピッ。


ガコンッ。


一応、彼女の分も買ってみた。


「…これは優しさじゃないぞ」

低い声でいって。


「ああ。そうだとも」

高い声で返してみた。


「なにやっとんたオマエ?一人で。」

又三郎の声。


「……何でもない。」


火ノ目は、恥ずかしそうにうつ向いた。

火ノ目には人と接するときに冷徹な人間を装う癖があった。

相手との距離をとり自分を守る防衛本能の様な物だ。


叔母の花江にも、度々注意されてはいたが、今でもほとんど治っていない。


又三郎は

「心が欠けている」と表現したが、

正しくは人に優しくすること、される事に慣れていないと言えた。



下から甘える様な猫なで声が聞こえる。

「ワシは牛乳にする。」


「…ないので却下」

「……」




「アニャ!」


バンバンと自販機から音がする。

又三郎が行き場の無い悲しみを自販機にぶつけているのだろう。


「…行くよ。


又三郎をほったらかしにして、火ノ目は来た道を戻り始めた










「なぁ、火ノ目。」


いつの間に追いついたのか又三郎が問い掛けてきた。


「なに?」


「良いこと教えてやろうか?」


「何だよいきなり。気持ち悪いな。」


不気味がる火ノ目をよそに、又三郎は言葉をつなげる。




「あの娘な。ワシが見えとるようだぞ。」


「えっ!?」



うっかり大きな声を上げてしまった。

他の部屋で講義があっていれば怒鳴られてしまうところだ。


「さっきな。目があった。次いでに名前も聞いてみたぞ。橋野井(はしのい) 麗奈(れな)と言うらしい。ワシは結構タイプだな。お主はどうだ?」


ストライク宣言をする又三郎を無視して、火ノ目は今の情報を心の中で整理し始めた。


「(僕の様に妖が見えて、そして声も聞こえる女性。名は橋野井 麗奈。

その彼女が僕に助けを求めた=彼女は何か妖怪関係の事で困っている。そして僕は既に、彼女に巻き込まれている=僕の生命の危機あり。)」



「…最悪だ…。」


「そうか。タイプじゃないのか。まぁお主はマザコンだしな〜。ニャハ!」


火ノ目は、初めてこの能天気な黒猫に、軽からぬ殺意を覚えてきた。







「3日前の…事でした。」

麗奈はコーヒーをちびりと飲みながら、話し始める。


「私。四丁目のお屋敷で給仕の仕事をしていました。住み込みのお仕事です。」


「ふむふむ。冥土というやつじゃな。」


「……いいから黙って聞け。」


又三郎の微妙な発音で、話が脱線しないように、牽制しながらも、火ノ目は話を進める。


「事件はそのお屋敷で起きたのですね」


「はい。その日私は裏の物置で掃除をしていたのですが…見えてしまったんです。奥さまのお部屋の中が。」


「物置から中を見たって事ですね。」



「あっ、あの。正確に言いますと少し違うのですが。えっと、何ていったらいいのか…」


「?」


訝しげな火ノ目の視線に、麗奈は更に焦ってうろたえた。


「そのですね。えと。左手で…」


その言葉に更に火ノ目は混乱を深める。


「左手で見たんだろ?いや正確に言うと見てしまった。…だな?」



又三郎の言葉に少し驚いた麗奈は。静かに首を縦にふった。


「左手?」


火ノ目は反射的に彼女の左手を見てみる。

肘から手首にかけて包帯を巻いた腕は細からず、太からず 、まぁ健康的と言えた。


「左手がどうかしたのか?」


「左目で見ろ。そうすれば分かる。」仕方なく火ノ目は眼帯を外し、彼女の左手を再度、見つめた。


「あっ…。」


火ノ目と麗奈の二人の声が重なって響いた。


麗奈は火ノ目の左の目が白く濁っていることに。


そして、火ノ目は麗奈の左手と目が合ってしまったことに。


麗奈の左手があるはずの場所には四つの目が不規則に並んで いた。


「…左手に、目が四つあるんだけど。」


「あの。裏側には2つあるんです。」


そう言って、裏返された麗奈の左手には言われた通り2つの目玉がこれまた不規則に並んでいた。


「土百目鬼という鬼を知っているか?」


ポカ〜ンと開いた口が塞がらない火ノ目に対して又三郎が話し始めた。



「土百目鬼はな。鬼の中でも温厚で優しい種だ。だが、体の至る所に目玉が有るため、人間共には忌み嫌われておる。奴らは目玉の数だけ視点を持ち、その目玉で何百里と離れた所を見ることが出来るらしい。」


淡々とと説明をする又三郎を火ノ目は相変わらずポカ〜ンと口を開けて見守っていた。



「つまり、簡単に言うと、土百目鬼には千里眼の力がある。しかし奴ら、見たい場所を選べないらしくてな。突然見えたり。


ずっと見えなかったりと力が安定しない。」


「それって。彼女が人でないって事か?」


火ノ目の言葉に麗奈の肩がビクッ!と唸り、カタカタと震え始めた。


「あっ。ごめん!そんなつもりじゃなくて。」


『人でない。』その言葉が麗奈を傷つけることは少し考えれば分かることだった。

何故ならそれは火ノ目自身が何度となく浴びせかけられた言葉なのだから……。


「本当にごめんなさい。訂正します。あのっ……ごめん。」


路上ではあんなにも冷たくあしらわれた火ノ目の心からの謝罪に、麗奈もまた、火ノ目の過去を何となく感じとっていた。


「いいんです。ちょっと敏感になってただけで…あっ、あの顔を上げて下さい。本当に平気ですから。」


少しだけ二人の関係が良くなった事に、又三郎はニヤつきながらも話を続けた。


「さてと、結論から言うと、彼女は人間だな。その証拠にお主の右目に映っている。ただしこの左手の目玉は異形の力を持っておる。土百目鬼の力だ。」


「つまり観えるわけだな。」


「うむ。昔は『鬼交じり』と言われとったな。お前の耳の様に生まれつきの力だ。原因は胎児の時に交じったとか、祖先が鬼だったとか言われているが、はっきりとはわからん。」


「そうなんですか。」



気づけば麗奈も又三郎の話に聞き入りながら、所々で頷いている。


「とにかく、橋野井さんはその力で、自分の屋敷の奥方の部屋を観てしまった。と言うこと何ですね。」


「はい。あっ、あの火ノ目さん。私のことは麗奈で…いいです。」


「あっ…じゃあ。麗奈…さん。」


眼帯を外している制で又三郎がニヤニヤとしているのが、はっきりとわかった。


ゴスッ



「うにゃ!!」

そして拳骨をすることにも成功した。


「う〜、酷いぞ。火ノ目。」



「(…ちょっと、可愛いかもな。この猫さん。)」


まん丸の目から涙を、にじましている又三郎に触りたい気持ちを、麗奈は必死に堪えていた。


「それで麗奈…さんは、そこに何をみたんですか?」


ギクシャクと言葉を紡ぎつつも火ノ目は話の核心をついた。

それでも火ノ目には、麗奈が何を観たのか、大方の検討はついていた。

昔、自分も一度だけ、それを見たことがあるからである。




「奥さまは、人でない者と契約をしていたようでした。」



火ノ目の読みは当たった。

火ノ目の記憶に6年前の悪夢が蘇る。

「何を契約したんですか。」


「それはわかりません。

私には目が有りますが耳は2つしかないので…。つまり観えている時は音は聞けないんです。」


「そっか。」


言われてみればそうだった。火ノ目は納得する。


「その、奥さまはお飼いになっているハムスターを五匹、影の様な者に渡していました。影の様な者は、それを一匹ずつ飲み込むと、奥さまに何かを教えているようでした。けれど、しばらくして。」


「しばらくして?」


「あの。うっうっ。」


突然、麗奈が泣き出してしまったことに、火ノ目はひどく取り乱してしまった。


「げっ!あっ、あれ?どうしたんですか?又三郎。何とかしろ!」


「火ノ目。お主キャラが変わっておるぞ。」


又三郎は面白いそうに火ノ目をなじると 急に真顔になった。


「気づかれたんだな。奴に。」


ピシッとその場の空気が冷たく張りつめるのを火ノ目は感じた。


「うっうっ。はい。ひっく。急に私の方を振り返って。三言、声は聞こえなかったんですけど…ううっ!はっきりと…」










『ミ・タ・ナ』




キーン、コーン。

鳴り響くチャイムが一時限の終わりを告げる。


泣きじゃくる麗奈を見つめながらも、火ノ目は恐怖で口が聞けなかった。


「それで3日間。ずっと逃げてきたわけか。」


「うっううっ。はい。暗くなると…ひっ。アレがやってきて。だから私。コンビニでずっと、ううっ。」


「(それで目に隈が…)」


火ノ目が避けようとしていた厄介ごとは、正に火ノ目の予想通りに最悪の厄であった。

しかし、今の火ノ目には、この厄災から逃げることは許されない様な気がしていた。


「あのっ。そのっ。僕は…2時限に…行きます。」


今や彼女はテーブルに突っ伏して泣きじゃくっていた。


又三郎がポンポンと彼女の背中を叩く。

火ノ目は彼女のような人を前に見たことがあった。

あれは左目を失った。

孤独な少年だ。


『逃げてはいけない。』


それは又三郎の声ではなく。

火ノ目の中でずっと前に欠けてしまった場所から発せられた声であった。


「あのっ。

二時限が終わるまでは、ここにいてもらえますか?」


「えっ?。」


ふっと麗奈の顔が持ち上げる。

只でさえ充血している目が泣いたことで更に赤くなり、火ノ目は一瞬、それが自分の目で有るような錯覚を受けた。


「家は、広いからっ。そのっ!…本当の両親が残してくれた家何だけど。僕しか住んでないんですが。二階の部屋が空いているしっ。御札も張っているから。だからなんだけど……」


恐らく、赤の他人が火ノ目を見たなら、全く何を言っているのか、わからなかったであろう。

火ノ目自身も、自分が何をのたまっているのやら、よくわからなかった。


ただ『想い』だけがあった。




他人と関係を持とうとする事は、火ノ目 にとっては自殺を意味するのと何ら変わらなかった。

形だけをとりつくろっても、皆、火ノ目の左目の闇を知ると、裏切り、拒絶し、去っていった。

なのに火ノ目はもう一度、その行為を信じようとしていた。

彼女との…人との繋がりをもう一度創ろうとしていた。

又三郎は静かに火ノ目を見つめていた。




「ありがとう…ございます。」


かすれるた声で麗奈は言った。

久しぶりに聞いた言葉だった。


「(花江さんも引っ越すときいってくれたんだったな。)」


「家に来てくれて、ありがとう。」


恥ずかしくてうつ向いたまま出て来てしまった事を火ノ目は今、強く後悔した。


「それでいいかな?又三郎。お前は、ここにいてくれないか?」


又三郎はテーブルの上で、大きな伸びをしながら頷いている 。


「う〜〜〜むにゃ。お主にしては上出来じゃ火ノ目。そんなお前に1つ、ワシから提案がある。」


「?」




「火ノ目。ワシと契約せんか?」


「はっ?」


契約という言葉に悪寒が走る。


しかし又三郎は邪気1つ浮かべずに話を進める。

ただし、その目はランランと輝きを持っていた。


「ワシがお主に、ワシの持つ限りの力と知恵をやる。お前が妖を祓えるようになる為にだ。」


妖を祓う力。

今まで逃げるだけだった。

火ノ目に必要になる力。


「まぁ逃げるのも重要な事だがな、逃げるにしても知恵と力は必要だからな。」


いつしか又三郎の瞳はランランと輝き、その言葉からは、又三郎がワクワクとしている事が伝わってきて、

火ノ目は又三郎もまた妖である事を痛感した。


「…お前がくれるものはわかった。確かに僕が麗奈さんを助ける為には、その力は必要だな。だけど又三郎。それでお前は僕に何を望むんだ。」


知恵と力の代償に又三郎が望むモノ。

きっと軽いモノではない。


「ワシはな……」


黒猫の瞳が更に大きく、光った気がした。


「ワシには、お前の眼帯を寄越せ。新しいのを着けるのを駄目だ。お前は、この契約により、もう二度とワシらを見えないふりが出来なくなる。その左目にも妖気をもう少しいれ、それでワシらは、お前がワシらを見えている事に、気づく様になる。意味が判るか?」


又三郎が火ノ目に問う。


「つまり、僕は二度と、この左目を胡麻かせなくなくなるってことだろ。

見えないフリ、聞こえないフリをしても、妖には必ず気づかれる様になってしまう。今までよりもっと奴らに絡まれる様になるし、奴らからも逃げにくくなる。」


今まで否定し、封印してきた世界で生きる事にもなる。


今回のような事に、ずっと巻き込まれる事になるだろう。


「そうだ。もし契約する気になったら、その眼帯をワシに渡せ。それが契約の印となる。眼帯は外して持っておけよ。麗奈を追っている奴がいつ来るかは、ワシにもわからんからな。」


「わかった。少し考えさてくれ。」


仮にも妖と契約するのだ。即答は命取りにもなりかねない。


火ノ目は眼帯をポケットにしまい。部屋を出ようとした。






「火ノ目。」


又三郎が呼び止める。

しかし、そろそろ行かないと二時限にも遅刻してしまう時間だ。


「まだ何か?」




「ああ。せっかくだから、彼女にも挨拶していけ。」


「彼女?」


「お前も、よく知っている人だ。左目で見ろ。」


言われるままに、又三郎の指す方向を両目で見る。




薄暗い蛍光灯の下に確かに、彼女はいた。


か細い蛍光灯に巻き付けられた重苦しい縄に体を預け、宙に浮かせている彼女。

ユラリとロープが揺れるたび、きぃぃ、きぃぃと蛍光灯が軋む音がし、口元以外を覆う髪の毛も揺れる縄と一緒に踊っている。


「(確かに、あそこの蛍光灯はよく軋んでいたな。)」



それは彼女が噂ではなかったということ。


彼女はずっと、ココに居たのだ。


彼女が自殺した日から、ずっと、ずっと。


「彼女は由良(ユラ)と言うそうだ。ああ。勿論、彼女は良いコだぞ。悪さはしない。ただ五月蝿い輩が嫌いなそうだ。その点お前は静かで気に入ったので、今までちょっかいをかけなかったんだと。」


又三郎が彼女の事を紹介する。


由良は、にんまり微笑むと、動かない筈の手をこちらに向かってパタパタと降り始めた。



又三郎は続ける。


「ようこそ。いや、お帰り火ノ目。これがワシらの世界。歓迎するぞ。」




火ノ目は苦笑いのをしながら、由良に向かって手を降りかえすと、ポツリと言った。


「…ただいま。」




その日、8年ぶりに火ノ目が帰ってきた。


…奴らが見える世界に…


バタバタと急展開し過ぎた事に反省しております。ですがどうにか、カタチに出来て良かった。


ヒロイン登場しました。土百目鬼交じりで左手に目があるという設定は、ヒロインとしてはキモいかな?とか悩みながらも書きました。

許してください。


ではまた!

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