第三目 溶けないバター
なかなか進まないよ。
「うん。わかってる。」
「うん。それも大丈夫。」
「うん。じゃあ。」
「あっ。花江さん。」
「その。心配してくれてありがとうございます。」
「はい。じゃあまた。」
プッ…
「ふぅ。」
花江さんは僕の生活についての一通りの心配をしたあと、
最後に
「いってらっしゃい」と言って電話を切った。
彼女は母の姉で花江さん。たらい回しの自分を唯一救い上げてくれた人だ。
あの人が来た時はびっくりした。
いきなり家に入って来たと思ったら僕の手をとって、
「じゃあ行くから!」
といって僕を連れて行こうとした。
呆気にとられている親戚を押し退けるようにして、助手席に僕を乗っけた後で
「アンタ…目が綺麗だね。」
と優しい笑顔でいってくれた。
それから5年程は花江さんのお世話になったが、大学の為にこっちに引っ越すことにした。
そして3ヶ月、僕は一人暮らしをしている。
食パンをトースターにいれ、冷蔵庫から牛乳を取り出す。
グラスに注いだモノをテーブルまで運び、冷蔵庫からバターを出しに戻った。
花江さんとの5年はギクシャクしながらも、
とても温もりに満ちていた。
しかし冷たい仕打ちに慣れきっていた僕は、彼女の優しさが次第に怖く思えてきた。
…
冷蔵庫からバターをとりだす。
バターは冷たい中でしか形を維持できない。
優しさは怖い。
裏切られるのは痛い。
結局僕は花江さんに全てを話すことは出来ないままここに移った。
でも大丈夫。
「一人で大丈夫。」
「ホントに?」
「あぁ!僕は一人で…」
…寒気がした。
今のは誰が喋った?
いやそんなことよりも、返事を返してしまった。
まずい。
まずいマズイまズいマずイ。
気づかれてしまった。
僕が聞こえるということに。
知られてしまった。僕が彼らを知っているということに。
「ゴクッ。」
唾を飲み下して呼吸を整える。
気づかれた以上振り向くしかない。
左目に意識を集中させ覚悟を決める。
そして僕はゆっくりと後ろを振り返った。
「ミツケタ。」
そこには一匹の猫がテーブルに座って牛乳を飲んでいた。
黒色の毛並に藍色の着物を着て、両手の肉きゅうでコップを抱えている。
そして口元には牛乳で出来た白い髭がしっかり残っていた。
…いや油断しては行けない。
もしかしたら、
これは相手の油断を誘う為の仮の姿かも知れない。
こんなヤツほど牙を剥く。
もしかしたら口から毒を吐くのかも。
「…ゲフッ!…」
ゲップと共に牛乳がキラキラと空中に散った。
僕は……
安堵した
3話まで進みました。
読んで下さっている方。
本当にありがとうございます。