最強ママ VS 2B
とある国のとある都会にある、とあるビル。そこにロングコートを羽織った2人組の男女がいた。
女はスナイパーライフルを構えている。男はドッグタグを片手に握りしめ、双眼鏡であるマンションを見つめていた。
そのマンションの一室では腰にまで届くくらいまで髪を伸ばしている女性が、炊飯器からカレーとご飯を皿に盛り、テーブルに並べ終えると椅子に腰かける。そのテーブルには男の子が先に席に座っていた。
「ターゲットを確認。7階、左から3つ目の部屋にいる」
男が冷静にそう言うと、女は言われたその部屋に狙いを定める。
「凄い便利な炊飯器だね。ニーニ」
「今は任務に集中しろ。バルビー」
「もう!それは『男』の時の名前!今の私は女で!名前は『アンジェ』!」
アンジェと呼ばれる女はほほを膨らまし、不機嫌な顔になる。
「いい加減覚えてよね!ニーニ!」
「そのニーニと呼ぶのをやめろ!!前みたいに兄貴と呼べ!」
眉間にしわを寄せ、男は怒鳴る。
男の名前はバエル。この2人組は殺し屋で、依頼を受けこの場所にいる。
依頼の内容は今、アンジェがスコープ越しで狙いを定めている女性の暗殺と子供の拉致だ。女性の名前はエリナ・ヒロセと言う名前らしい。依頼主は誰か分からなかったが、バエルはそれを引き受けた。バエルにとって、エリナとは深い因縁があった。
「それにしても、ターゲットは母子家庭なのに結構裕福なとこにいるね。なんの仕事をしてるんだろう?」
「気にするな。殺せばそれもすべてパーになるのだからな」
「ニーニってムジヒ~」
「だから・・・!もういい!早く引き金を引け。子供は巻き込むなよ」
「はーい」
アンジェは深く息を吸い、息を止めて狙いを定める。エリナの頭に照準を合わせ、引き金を引く。
ターン
破裂音が辺りに鳴り響く。
「・・・あれ?」
アンジェは首を傾げる。
「外したか?お前にしては珍しいな」
「外してないよ!ガラスを見て!」
バエルは双眼鏡を拡大し、部屋のガラスを見た。
ガラスには明らかに銃弾を貫いた形跡があった。コースもエリナの脳天に直撃するであろうのコース。だが、エリナは倒れてすらいなかった。それどころか、スナイパー弾の着弾点すらなかった。
中にいた2人は割れたガラスに顔を向ける。
「どういうことだ?」
2人は全く理解できなかった。
「ニーニ、あいつ、こっちを見てない?」
「見えるわけないだろ。ここからターゲットまで2キロあるし、今は真夜中だ。目視などできるわけない」
「ベランダに出て来たよ」
エリナはまっすぐと2人のいる所を見つめている。
「バルビー!対戦車ライフを!」
「ニーニ。それ考えすぎじゃあ―」
「いいから!対戦車ライフルを構えろ!!!!」
目をカッと開き、アンジェに怒鳴る。
彼の額に汗がにじみ出て、それがほほを伝う。
明らかに異常だという事が伝わったアンジェは、スナイパーライフルを払い除けるように脇に置き、隣にある対戦車ライフルを構える。
スコープで覗きエリナを狙う。
バエルも双眼鏡でエリナを見つめる。
エリナはベランダの手すりに立っていた。
「何をするつもり?」
「撃て!」
「でも、様子を見ないと!」
「いいから撃て!」
焦る2人をよそに、エリナは腰深く屈み2人に向かって跳んだ。
「ウソ!」
ズドン
アンジェは焦りながらも引き金を引いた。
跳んできているエリナに弾丸が直撃し、空中で半回転する。
「やったか!?」
「直撃し―」
アンジェが報告している最中に何かが飛んできて、対戦車ライフルに直撃しバラバラに砕け散った。
2人は何があったか理解できず、砕け散った対戦車ライフルを見つめている。
「あなた達ね。私を狙っている暗殺者は?」
2人の後ろにエリナが立っていた。片手には煙が立ち昇っている。
「クソッ!」
バエルは傍らに置いているバッグの取っ手を取ると、その取っ手が外れ、それに繋がれていた小柄な箱がバックから出てきた。箱を素早く展開するとSMGになり、それをエリナに向けて撃った。
ダダダダダダダダ
全弾エリナに向けて放たれているが、彼女の前で弾が止まり、1発も彼女には直撃はおろか、かすりもしなかった。
「バケモノめッ!」
「ニーニから離れろや!オラァ!」
ドスノきいた声でアンジェが余ったスナイパーライフルを構え、腰内で素早くボルトアクションを繰り返しながら弾丸を撃つ。
だが、その弾も彼女の前で虚しく空中で止まる。
その間、彼女は手のひとつも動いていなかったが、突然髪を一本掴み、引き抜いた。引き抜いた髪をアンジェに放り投げると、風も吹いてないのにゆらゆらと空中で漂いアンジェの腕に絡みつく。
その髪は操り人形の糸のようにピンと高く空に向かって伸び、それにつられ彼女の腕も銃を持ったまま上がった。
「え?なにこれ?」
彼女は自分の意志で動いていない腕を見つめる。
髪は銃の隙間に入り込むと、部品を分解しながら銃身を折り曲げた。
「なに!?何が起きてるの!?」
混乱している内にもう片方の腕にも髪が絡まり、アンジェは拘束された。
「この!」
アンジェは髪に噛みつき、食いちぎろうとするが、全くもって千切れる気配はない。
無力化したアンジェをエリナが見送ると、エリナの足元に手榴弾が複数個転がっていた。
「吹き飛びな」
バエルはアンジェを覆うように庇いながら床に伏せた。
「もー危ないでしょ?」
エリナは握りこぶしを作り、それを振り下ろすと空間にヒビが入った。空間のヒビはパラパラと落ち、その先には真っ白な空間が広がっていた。
その空間にエリナは手榴弾を全て投げ入れた。入れ終えると、空間の入り口を撫で下ろす。すると、空間の裂け目は何事もなかったように閉じる。
バエルは軽く舌打ちし、
「バルビー。お前は逃げろ」
アンジェから離れ、太股に差してるナイフとハンドガンを取り出し構える。
「ニーニを置いていけないよ!」
「武器無しでどう戦うっていうんだ?邪魔だ!失せろ!」
「でも!」
「命令に逆らうなら、今ここで殺す!」
バエルはアンジェの額に銃口を押し付ける。
彼の表情は今まで見たことがないほど真剣で緊迫していた。
アンジェはそれを見て察した。
(ニーニは差し違える気だ。私がここにいたらその覚悟が鈍っちゃう)
アンジェはやりきれない気持ちを堪え、下唇を噛み、バエルとエリナに背を向け壊れたスナイパーライフルを持ったまま屋上から去った。
「さて」
バエルは銃口をエリナに向け、ナイフを強く握りしめる。
対するエリナは何も構えず、立っていた。
しばらく睨み合いが続き、張り詰めた空気が辺りに満ちる。
ダンダン
バエルは銃を2発撃つと同時に、地を蹴り教理を詰め始める。
2つの銃弾はエリナの目に向けて放たれるが、彼女はその銃弾に怯むことなく彼にむかって駆け出す。銃弾は虚しくも彼女の前にとまり、転げ落ちる。
2人に距離は詰められ、バエル自身の間合いに入ると同時にナイフを振り下ろした。
エリナは振り下ろされたナイフを掴み止める。
「このッ!」
バエルはエリナの顔の前に銃を突きつけ、弾がなくなるまで引き金を引いた。
「イッターイ!」
銃を払い除け、バエルに顔を見せる。
「なッ!」
エリナの顔には銃弾が貫通せず、めり込んでいた。
ナイフを真っ二つに折りながら、銃の先端を握りつぶす。
顔にめり込んだ銃弾を払い除け、何事もなかったかのように平然な顔を向ける。
「なら、最後の手だ!」
バエルは銃を投げ捨て、エリナに抱き着いた。
「お前は手榴弾の時、『受ける』のではなく、どこかへ『飛ばした』。つまり、爆発には弱いということだな!」
エリナはバエルのロングコート中に大量のプラスチック爆弾が張り付いてるのが見えた。
「ふきとべぇ!!!!」
ナイフの柄の部分がパカッと開き、その中にあった起爆ボタンを躊躇なく押した。
それと同時に、バエルは爆風で吹き飛ばされ、屋上の手すりに飛ばされた。手すりはバエルの体に沿って曲がる。
「ガハッ!」
口から血の塊が吹き出る。
バエルはゆっくりと顔を上げ、エリナを見やる。
「ケフッ」
エリナは口から黒煙を吹きだした。
バエルは静かに驚愕する。
自身の体を触れてみると、先程まで着ていたロングコートが無くなっていた。
一方のエリナは目立った外傷はなく、何故か腹部の方だけ服が破けていた。
「これで懲りたでしょ?それとも、まだ続ける?」
口をへの字にしてエリナが訊く。
「・・・わかった。もう降参だ」
バエルは両手を挙げながらゆっくり立ち上がる。
彼自身、もう武器も何もなかった。決死の自爆も虚しく終わった。
「誰の依頼?」
「俺達はプロだ。そう易々と口にするか」
「まあ、それもそうよね」
「待ってくれ!」
エリナは諦めて、バエルに背を向け帰ろうとすると呼び止めた。
「いくつか聞きたいことがある」
「なに?」
顔半分だけ振り返る。
「爆弾のついたロングコート。どこにやった?」
バエル自身、大方予想はついたが、彼女の口から聞かない限り納得できない。
「あー。コートかー・・・ごめんね。食べちゃった♡」
振り返り、テヘペロと言わんばかりに舌を出した。
バエルは何も突っ込むことなく、質問を続けた。
「対戦車ライフルとスナイパーライフルをお前に撃ったはずだが、何故無事なんだ?」
「対戦車ライフルの時は来た弾を掴んで、投げ返したの。スナイパーライフルは口に含んでたご飯を吹き付けて、ライフルの弾の威力を相殺したの。これがその弾」
エリナはライフルの弾を見せた。
弾丸の先端は潰れ、米粒がべったりとくっついている。
「マジで何なんだ?お前は!」
「質問はこれで終わり?ターくんが待ってるから、そろそろ―」
「次が最後の質問だ!答えてくれ!」
「・・・なに?」
「シャッコという男を覚えてるか?」
その名前を口した途端、エリナは顔色を変え、一瞬殺気を放ち、近くにいた鳥が一斉に飛び立ち、普段吠えない穏やかな犬も吠え、猫はその殺気に思わず毛を逆立てる。
「知ってるんだな?」
「・・・あの男の関係者?」
「俺の先輩だ」
「なら、彼の末路は知ってるよね?」
「ああ、俺がその末路を見届けた」
「そう・・・それが聞きたいこと?」
「いや、俺が聞きたかったのは、何故先輩をあそこまで追い詰めた!!」
「・・・私の子。ターくんに手を出したからよ」
「だからって、廃人にする必要まであったのか!?」
一歩踏み出すが、先程吹き飛ばされた時に骨と内臓にダメージを負ったせいか、その場で崩れるように片膝をつく。
「殺してないだけマシでしょ?」
「あれなら・・・殺した方がマシだ!」
「殺しは私のポリシーに反するの。もし、今後私を狙う人がいるなら教えてあげて。『子供に手を出すと、後悔しかない』って」
エリナはそう言い残し、この場を去ろうと手すりに足をかけた。
「AKが」
バエルが吐き捨てるように言うと、空気が一瞬にして変わった。
先程まで吠えていた犬猫は、エリナのいるビルから遠ざかるように逃げ出した。それは犬猫だけに限らなかった。下水道にいたネズミは大移動を起こし、カラスはそのビル付近に飛び回りだす。人間も不安を覚える人もいれば、寝ていた人も目を覚ます人といったように異変を感じ取った。まるで、大きい地震が来たかのような、大いなる自然の驚異を感じ取ったかのような不安を、周辺にいる動物が感じ取った。
「ウッ!ガッ!」
バエルはエリナに片手で首を絞められ、宙に持ち上げられた。
エリナの髪は逆立ち、一部の髪は髪先をバエルに向ける。
目は大きく開かれ、血走っていた。
「・・・次にその名で呼んだ時は・・・容赦しない」
そう脅迫すると、絞めていた手を解き、屋上から一瞬で飛び去った。
「ニーニ!」
屋上に戻ったアンジェが、首を抑え、息を整えているバエルの傍に駆け寄った。
「大丈夫!?いま、凄い悪寒が走ったけど・・・」
「ゴホッ!ゴホッ!・・・あぁ。俺は何とか無事だ。帰るぞ」
ゆっくりとバエルは立ち上がり、アンジェと共に今いるビルを後にした。
「ママ―!お帰り!」
「ただいまー!ターちゃん!」
ベランダに着いたエリナをターちゃんと呼ばれる子供が迎える。
先程の鬼神のような表情は無くなり、デレデレとしたまさに親バカと言える顔になった。
「大丈夫?ガラスとか踏んでなーい?」
エリナはターちゃんを抱き上げる。
「ダイジョーブだよ!ママ、服が破けてるけど、寒くないの?」
ターちゃんは首を傾げ聞く。
「ママは大丈夫よ~!ほら、早くご飯の続きをしましょう!」
「うん!」
部屋に入る際に、エリナは穴の開いたガラスをそっと撫でると、不思議と穴がふさがった。
とある国のとある都会にあるとあるマンション。そこに住んでいる母子家庭のエリナとターちゃん。エリナは世界中の殺し屋に狙われている謎の多い母親。だが、一度も殺される事はおろか、負けたことすらない最強の母親。この先、どんな殺し屋が待ち受けるのであろうか?